59 私がそんなに珍しいか?
いやあ、温泉宿ってのはいいものだ。
就寝前にも温泉に入って、朝食前にも温泉。
そして、素朴ながらも地元の食材をふんだんに使用した朝食。
大変に満足した。
「思いっきり羽を伸ばしたし、そろそろ帰るとするか」
「アタシはもっと泊まりたかったにゃ~」
「私もミユ殿に同意です。ソウジ様、また泊まりに来ましょう」
今度はマナシエ達も連れて来てやりたいな。
そう思ってると、何故かエーシャがジト目で俺達を見ていた。
「どうした? エーシャは楽しめなかったのか?」
「……皆さん、当初の目的をお忘れではありませんか?」
「目的……?」
目的って、なんだっけ?
ミユとフィルデも首をかしげている。
…………あ、思い出した。
「あは、あはははは……冗談に決まっているじゃないか! なあ、ミユとフィルデもそうだよな?」
「うにゃあ! アタシは全然忘れてなかったにゃ!」
「はて? 温泉を楽しむ他に理由なんてありましたっけ……」
こいつ駄目だ。
一番関係してるフィルデの頭から、目的がすっかり抜け落ちてやがる。
そして、俺達に向けられるエーシャの視線が冷たい。
「はあ……流石に私も呆れました。フィルデさんの元パーティーメンバーが関与してると思われる盗賊を討伐しに来たのですよ! しっかりしてください!」
ピシャリと言われ、俺達は反省する。
まあ、温泉と宿が良すぎたのがいけなかったんだ。
そんな訳で、今日から本格的に行動する事になった。
「ええっと、まずは冒険者ギルドに行くんだったな」
ギルマスのニドアールから手紙を託されていたのを思い出す。
このケンベルナの町のギルマスに渡さなければいけないのだ。
ついでに盗賊の情報も入手できれば一石二鳥だな。
「おとうさん、私は本業の方を片づけてきますね」
「分かった。ギルドで待ち合わせでいいな?」
「はい。それでは後ほど」
「エーシャ、またにゃー!」
「お仕事、頑張ってくださいね」
ミユとフィルデに見送られ、エーシャは町の雑踏の中に消えた。
俺達も冒険者ギルドへ向かう。
ギルドの建物は温泉街から少し離れた場所にあり、観光地特有の賑やかさとは無縁の雰囲気だ。
建物の中はどこのギルドもそう変わらないらしい。
そして、待機している冒険者の男達の視線がミユとフィルデに集まるのもお約束だ。
二人とも、普通にしていればかなりの美少女なので、注目が集まるのは仕方ない。
そんな視線を横目にしつつ受付へ向かうと、窓口の受付嬢がにこやかに出迎えてくれた。
「こんにちは。今日はどのようなご用件で?」
「俺達はセービルの町の冒険者だ。ギルマスから手紙を預かってきたのだが」
「あなたが冒険者……? あ、すみません! 手紙を拝見させていただきます!」
なんか、こういう反応も久々な気がするな。
俺みたいなおっさんが冒険者というのは、やっぱり変に思われるらしい。
今度から旅の隠居とでも名乗ろうか。
そんな事を考えていると、受付嬢の確認が終わったみたいだ。
「確かにセービルの町のギルドマスターからの手紙と確認しました。当ギルドマスターの執務室にご案内します。どうぞこちらへ」
受付嬢に案内される途中、ミユが小声で尋ねてきた。
「ねえねえクラタん、ここのギルマスってどんな人かにゃ?」
「さあな。フィルデは知っているか?」
「いえ、存じ上げませんが、ニドアール殿が懇意にしている方ではないでしょうか?」
「だとすると、兄とか……?」
中央の町のサンドアールとセービルの町のニドアール。
その二人の兄といったら、大体想像はつくだろう。
「やっぱり、アタシ達に意地悪するのかにゃ?」
「盗賊の情報を隠して、手柄をひとり占めしようとしているズルい方なのでしたっけ?」
「二人とも、憶測で言ったら駄目だぞ」
先を歩く受付嬢に聞かれないかヒヤヒヤする。
「こちらがギルドマスターの執務室です。マスター、お客様ですよ」
受付嬢はノックして返事を待たないうちにドアを開ける。
随分とフランクな関係なのだろうか。
「……私に客だと?」
執務室のデスクで書類と格闘していたのは、妙齢の女性であった。
ちなみにだが、この場合の妙齢はそこそこの年齢だと称しておこう。
てっきり長男が出てくるとばかり思っていたので、面食らってしまった。
ミユとフィルデも同様に目を丸くしている。
「ふむ? 私がそんなに珍しいか?」
「あ、いや、申し訳ない。ギルマスと言ったら厳つい男を想像していまして……」
「ははは、気にしないでもいい。こういうのは慣れているからな。だが、そちらのマスターだって、厳つい男ではないだろう?」
彼女が歴戦の女戦士という風貌であったら納得だが、理知的な雰囲気なのだ。
ビシっとしたスーツを着ていたら、まさに女上司という感じである。
「セービルの町からご苦労だったな。取り敢えず掛けてくれ。私はケンベルナのギルドマスターのミリアムだ」
「俺はクラタ・ソウジ。こちらは仲間のミユとフィルデです」
ギルマスに勧められて俺達はソファーに座る。
その間にも、受付嬢がお茶の準備を整えてくれていた。
中央の町でのサンドアールの時とは大違いだな。
「それで、ニドアールからの手紙を預かってきてくれたそうで?」
「はい。こちらがその手紙です」
「確かに受け取った」
そう言いながら、彼女はすぐに封を切って中の便箋を読み始める。
俺達の素性や、今回の盗賊討伐の協力要請の件が書いてあるのだろうか。
「フフッ」
便箋に目を通していたミリアム女史が嬉しそう笑った。
何か笑うような事でも書いてあるのか?
「いや、すまない。ニドアールもついに覚悟を決めたのだなと思ってな」
「はあ……」
まったく要領を得ない。
ミユとフィルデはお茶請けの菓子に夢中で、会話に参加する気は無さそうだ。
「ニドアールが一緒に暮らさないかって、書いてきたんだよ」
思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
いきなり何を言い出すんだ。危うく粗相を仕出かすところだったぞ。
「マスター、良かったですね!」
「ああ、我ながら随分と待ったものだ」
受付嬢とミリアム女史は俺達そっちのけで盛り上がってるし。
ミユとフィルデも女の子だ。こういう話は興味があるのだろう。
既に瞳を輝かしている。
「ギルマスはニドアールさんと恋人なのかにゃ?」
「それは気になるところですね!」
「おい、二人ともミリアムさんに失礼だぞ……」
「いや、構わない。私と彼は、私が駆け出しの冒険者だった頃からの付き合いだったのだ」
そう言いながら、ミリアム女史はニドアールとの馴れ初めの話をたっぷりと聞かせてくれた。
正直、他人のそういう話はまったく興味が無いのだが、ミユとフィルデは食い入るように聞いていた。
娘さん達は恋バナってのが好きなのだろう。
それとは別に、サンドアールとの確執の話は聞いていて面白かったが、ドロドロし過ぎていて、わざわざここで語る事ではない。
「いいにゃあ、アタシも素敵な恋がしたいにゃ~」
「私もです。素敵なご主人様に可愛がってもらいたいです!」
二人とも、期待するような目でこっちを見ないでくれないかな。
ミリアム女史の視線が冷たいのだよ。
「こ、こほん。えっと、それはさておき、俺達はこの辺りに最近出没する盗賊に関しての情報を集めにきまして……」
盗賊と聞いて、ミリアム女史の表情が険しい物に変わった。
受付嬢に目配せすると、すぐに受付嬢は頭を下げて退室していく。
ニドアールの情報だと、ミリアム女史が手柄をひとり占めしようとして、情報を秘匿してるという事であったが、そのような事をする人には見えない。
その当の本人は大きく嘆息した。
「ニドアールに余計な心配を掛けたくないから、知らせなかったのだがな……」
「すると、ミリアムさんはニドアールさんの事を思って、情報を隠してたのにゃ?」
「愛する男性の手を煩わせたくなくて、自分だけで解決しようとするとは、流石ですね!」
「二人ともやめてくれ。そんな大層な話ではない」
……なんか、すげえ惚気られている気分である。




