38 心配して損したにゃ
さて、そろそろ懐かしの我が家である。
とは言っても、一週間程度の旅であったのだがな。
エーシャとアイニはともかく、ガイラさんとルネイアナまで連れて帰ったら、マナシエは驚いてしまうかもしれない。
あの子は少し人見知りなところがあるから、怖がらないようにしてやらないと。
「ああ、マナシエちゃん成分が枯渇してきましたよ! 帰ったら、思う存分撫でまわしていいですよね? お義父さん!」
エーシャよ、今の今までマナシエの事をすっかり忘れていただろう。
それに、俺はお前の義父じゃないからな。
「むむ? そのマナシエとやらは、エーシャのお気に入りなのか?」
「そうですよ、姉さん。とっても可愛らしい女の子なんです!」
「ほほう。ならば、我も愛でてやるとしよう……」
ガイラさんが迫ったら、絶対にマナシエが泣いてしまう。
早いうちに安全圏に退避させねばなるまい!
「ねーねー。結局さあ、ソウ君の家って誰が一緒に住んでるの~?」
狙いすましたようなタイミングで、ルネイアナの鋭い質問が飛び込んできやがる。
おかげで要らん注目を浴びてしまうじゃないか。
「クラタんの家は、アタシとリグミナとマナシエが住んでるにゃ! ちなみにアタシは愛人でリグミナは奥さんにゃ!」
ミユさんや、そういう洒落にならない冗談は慎もうな。
流石のルネイアナとガイラさんがドン引きしていらっしゃる。
……って、なんでアイニまで睨むのだろう。
君は我が家の事情を知っているだろうよ。
「はいはい、冗談に決まっているだろう。世間体もあって、そういう設定で暮らしてるんだよ。それとミユの愛人ってのは、こいつが勝手に自称してるだけだから、気にしないでくれると助かる」
「な~んだ。てっきり、ソウ君がハーレム作ってるかと思っちゃった~」
「ふふ、流石に我が父程の下衆な男ではなかったか」
ガイラさんの父親って、どれだけ異世界ハーレム展開をしていたのやら。
想像したら怖くなってきたな……。
「と、ところで、クラタさんって、胸の大きい女性が好きなんですよね!? そういう人を囲いたいと思ってるのですか?」
アイニさん!?
いきなり脈絡もなく、何を言い出してくれるのかな!?
「へ~。ソウ君ってば、分かってるじゃん」
「まあ、我も大きさなら、それなりに自信はあるがな?」
そこの人外コンビよ、わざわざ腕を組んで胸を強調するな。
下品だぞ。
「アタシ、胸が小さいにゃ……」
「私もです。この時ばかりは母を恨みますね……」
ミユとエーシャも落ち込まないように。
人の趣味はそれぞれと言うだろう。
「それで、どうなんですか? クラタさん! 前に胸の大きな獣人女性に見惚れてましたよね!?」
中央の町へ出発する際に、奴隷商のアルジットが護衛にと連れてきた女戦士の事だろう。
なんで、この子はそんな細かい事まで覚えてるのかなあ。
「あれは見惚れていた訳ではないぞ。それなりの腕を持っていたみたいだったから、観察していただけだ」
「な~んか、ソウ君が嘘くさい~」
「ああ、そうだな。こやつ、嘘も方便と思っているに違いない」
そこの人外コンビは黙ってなさい。失礼だぞ。
……まあ、図星だけどな。
そうこうしているうちに、我が家に到着してしまった。
自分の家だが、いきなりドアを開けて入ったら、マナシエとリグミナを驚かしてしまうかもしれない。
やはり、一旦ノックしてからの方が紳士的である──
「ただいま帰ったにゃー!!」
……うん、まあ。ミユって、こういうやつだよな。
「あ、お帰りなさい!!」
そう言って、パタパタと足音を立ててマナシエが出迎えてくれた。
なんて可愛いくて健気な子なのだろう。
俺の周囲には、真逆なのが多いので余計にそう思うのだ。
「マナシエちゃん、ただいまー!!」
「先生もお帰りなさい!!」
うむ、美人と美少女が抱き合う姿も尊いな……。
悔しいけど、俺の入り込む余地は無い。
「うわ~、ホントに可愛い子だ~」
「ほほう、我にも愛でさせるがよい」
そこの人外コンビは、ごく自然に手を出さないでもらえるかな。
「おい、そこの二人。マナシエが怯えてるじゃないか。気安く触るなよ」
「んまあ! ソウ君って、失礼よね~」
「人間風情が我の邪魔をするというのか!?」
「だ、大丈夫です! ちょっとビックリしただけですから! 綺麗な女の人達なので、戸惑っただけです……」
なんとよく出来た子なのだ!
初対面の相手にも気を使えるなんて、感動して思わず涙が出てくるぐらいだぞ!
「うわ~、この子なんていい子なんだろう。ソウ君の娘なんて、人生を棒に振るだけだと思うの。ねえ、マナシエちゃんだっけ? 私の妹にならない?」
「いや、我の妹になれ。エーシャなんかより、よっぽど良い妹になるだろう」
「おい、待て! 人生を棒に振るとか聞き捨てならんのだが!!」
「そうですよ! 私なんかより、よっぽど良い妹って、どういう意味ですか!?」
「マナシエがルネイアナの妹になったら、アタシとルネイアナはどちらがお姉さんになるのにゃ?」
「ちょ、ちょっと! ギルドで留守番してた私だけが除け者になってるんですけど!! 皆さん、私の存在を忘れないでくださいよう!!」
そろそろ収拾がつかなくなりそうになってきた頃、二階からリグミナが欠伸噛み殺しながら降りてきた。
「まったく、なんなのよー。騒がしくてお昼寝から起きちゃったじゃない……」
パジャマ姿で腹をボリボリかきながら姿を現したのだが、ガイラさんの姿を見て固まってしまった。
……その直後。
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! なんてもの家に連れてきてるのよぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!」
そのまま階段から滑り落ちて、尻をしたたかに打ち付けたみたいだ。
結構痛かったのだろう。尻を押さえてゴロゴロ転がっている。
半狂乱になって悶絶してるので、ガイラさん以外は、みんなドン引きだ。
「お、おい、大丈夫か……?」
流石に心配になって声を掛けると、いきなり俺の腕を掴んで血走った目で睨んできた。
めちゃくちゃ怖いのだが!?
あまりの形相に、ミユとマナシエとアイニが怯えて泣き出しそうになっているぐらいだ。
「あんた! 何考えてるのよ!? そこの夢魔はともかく、ドラゴンなんて連れてきて馬鹿じゃないの!? 頭湧いてるの!? ねえ!? ねえったら、ねえ!?」
「おい、ちょっと落ち着けよ……」
「これが落ち着いていられる状況な訳ないじゃない!! ドラゴンなんて連れてきて、この町を滅ぼす気なの!? 私嫌だからね! こんなところで死にたくない!! 死ぬならソウジだけ死んでよ!!」
あまりの言い草に、段々腹が立ってきたのだが……。
「早くそこの二人を追い出してよ!! 私が女神だってバレたら、殺されちゃうじゃない!! 早く! 早くったら、早くーーーーーーーー!!」
「うるせーーーーーーー!!! やかましいんじゃぁぁぁーーーーーーーーーー!!」
そのままリグミナに頭突きを食らわせて吹っ飛ばしてしまった。
「ギャァァァァーーーーーーーーーーーーーー!!!」
今度は後頭部を打ち付けたらしく、額を押さえたり後頭部を押さえたりして転がり回っている。
器用な奴だな。
「ほっほーう、母の頭突きを彷彿とさせるスピードとパワーですね!! 私も幼い頃、母から頭突きを教えられましたが、どうしても自分の物にはできませんでした。やはり、流石はおとうさん。さすおとですね!!」
何故かエーシャが絶賛してくれているが、あんまり嬉しくないぞ。
しかし、お前の母親は頭突きが得意技なのかよ。嫌な母親だな。
それはそうと、唖然としているルネイアナとガイラさんにどう説明したものだろうか。
リグミナの奴、自分で女神とか白状してしまったしなあ。
「ねえねえ、クラタん。リグミナが女神って言ってたけど、どういう事なのにゃ?」
「ミユお姉ちゃんの言う通りです。リグミナさんは女神さまなのですか……?」
う……、誤魔化す前にミユとマナシエに詰め寄られてしまった。
異世界関連の事情を知っているアイニはともかく、ルネイアナとガイラさんも疑念の目を向けてくる。
エーシャは全てお見通しみたいな顔してニヤニヤしているけど。
もうこうなったら、適当に言うしかない。
「あのな、リグミナはちょっと可哀想な子で、自分の事を女神だと思い込んでる節があるんだ。みんなも、生暖かい目で見てやってくれると嬉しいのだが……」
こんな苦し紛れの嘘で信じてくれるだろうか。
信じてくれたら、それはそれで、お人好し過ぎて心配になるレベルだぞ。
「う~ん、そんな事情なら追及しては可哀想よね~。そういう事にしておくね~」
うわ、ここに純粋な天使がいた!
魔族だけど天使!
「分かったにゃ! リグミナは頭が可哀想な子にゃ!!」
ミユさんや、少しは言い方を考えような。どっかから怒られても知らないからな。
「リグミナさんはクラタさん達が留守の間、家の家事を手伝ってくれましたよ。きっとお疲れなのでしょう」
うう、マナシエはなんて優しい子なのだ。
というか、家事の手伝いぐらい当たり前なんだけどな?
「色々と事情がおありなのは、存じております。私も興味本位で詮索したりしませんから」
アイニが肩をすくめる。
物分かりのいい子で助かったよ。
しかし、ガイラさんだけは違った。
「我は納得しないぞ。我は完全に気配を隠していたつもりだ。だが、そこの女は我の正体を一目で見破った。こいつが何者なのか、直接その体に聞いてやるとしよう」
なんですと。
流石にそれはマズいぞ。
あれだけガイラさんに怯えていたぐらいだ。ガイラさんが本気になったら、リグミナが痛めつけられてしまうかもしれない。
「ちょ、ちょっと待った。これには深い訳があるんだ! リグミナの事は見逃してやってくれ、頼む!」
「お主は引っ込んでいろ。我はこやつが何者なのかを知りたいだけだ」
ガイラさんの腕の一振りで吹っ飛ばされた。
本気なんてまったく出していないのに、この力の差だ。俺が何人いようと相手にもならないのだろう。
「クラタん、大丈夫にゃ!?」
「クラタさん!!」
ミユとマナシエが心配して駆け寄ってくる。
俺なんかより、リグミナを守ってやってくれと思うが、無理な相談だよな。
「ああ、なんとかな。ミユでもガイラさんは止められないよな……」
「ゴメンにゃ。アタシでは無理にゃ」
「いや、ミユが謝る事ではないよ。マナシエは危ないから外に出ていなさい」
マナシエは俺にしがみついたまま、首を横に振る。
本当は怖いだろうに、リグミナを見捨てたくないのだろう。
ガイラさんが発する威圧に怯えてしまったアイニを支えながら、エーシャが目を伏せる。
ルネイアナも申し訳なさそうに、うつむいてしまった。
……万事休すか。
座ったまま後ずさるリグミナにガイラさんが迫る。
「あ、あんた、私に何をするつもりなの!? こ、こないでよ!!」
「簡単な事だ。我の質問に答えろ。何故、我の正体を見破れた? 我は完全に魔力を抑え込んでいたはずだ」
「何をイカれた事言ってるのよ! あんたドラゴンの気配が駄々洩れなのよ! バカなの!? アホなの!?」
おいおい、なんでそこで挑発するんだよ!
ガイラさんの表情が強張ってるじゃないか!
「ほほう、答えるどころか、我を愚弄するつもりなのだな。ならば、相応の報いを受けるが良い」
部屋の気温が一気に下がったように感じる。
助けに入ろうも、ガイラさんの威圧でまったく身動きが取れない。
ついにリグミナは壁際に追い詰められてしまった。
リグミナはイヤイヤをするように首を横に振っているが、どうしようもない。
無論、ブーストスキルを使って助けたいと思っているのだが焼け石に水である。
むしろ、時間切れの反動で余計に動けなくなってしまった。
「さあ、素直に話すがよい」
ついにガイラさんがリグミナに手を掛けた。
◆◆◆
「あひゃひゃひゃーーーーーー!! やーーーーめーーーーーてぇぇぇーーーーーー!! しぬぅぅぅーーーーーーー!!」
なんと恐ろしい拷問なのだ。
リグミナがゲラゲラ笑いながら転がり回るが、ガイラさんがガッチリ抑え込み、足の裏をくすぐりまくっている。
あんなの俺でも耐えられないぞ……。
他のみんなも、あまりの恐ろしさに顔面蒼白で固まって……いない!?
「心配して損したにゃ」
「ホントホント。アイニちゃんも、こっちでお茶しようよ~。美味しい茶菓子を持ってきたから~」
「はい、いただきますね」
まあ、そうなるよな。
馬鹿らしくなってきたので、マナシエと一緒に茶菓子をご馳走になろうと思ったのだが、マナシエはガイラさんの一挙手一投足を見逃さないつもりなのか、ずっと睨みつけているままだ。
なんと正義感の強い子なのだろう!
感動して、思わず涙が出てきたぞ。
「マナシエちゃん、姉さんの拷問が気になりますか?」
「先生、あのガイラさんという方の拷問は、ダーク団の上級幹部が得意とする拷問方法ですね?」
「流石は私の生徒です。まさにその通りですよ」
なんだか、よく分からないやり取りが始まったのだが。
そして、こちらの会話をガイラさんが聞き耳を立てている様子。
「ほほう! 我の拷問方法を妹以外に知る者がいるとな! マナシエとやら、我の弟子にしてやろう。どうだ、嬉しいだろう?」
リグミナをくすぐり続けていたガイラさんが、ニコニコしながらこちらへやってきた。
解放されたリグミナは、顔中が涙や鼻水とかの汁だらけになってて、ハイライトの無い目で虚空を見て痙攣している。
なんとか生きてるみたいだから、そのままにしておこう。
「姉さん、横取りしないでくださいよ! マナシエちゃんは私の生徒ですよ!!」
「ふふん、このような逸材をエーシャだけに任せるのは惜しい。我が育てよう!」
なんか二人して、マナシエを取り合ってるのだが……。
というか、俺の娘なのを忘れないでほしいぞ。
「あわわわわ……」
そのマナシエだが、どうしたらいいのか分からなくなって、わたわたしているだけであった。




