39 私の事を忘れてないよねー?
エーシャとガイラさんから迫られたマナシエが、わたわたと慌ててしまっている。
知識と能力はともかく、この二人がマナシエに何を教え込むか分かったものじゃない。
現に、エーシャはマナシエに薄い本を読ませてるっぽいし……。
そのエーシャが、何故かドヤ顔で微笑んでくる。
「安心してください。マナシエちゃんの知識が偏らないように、腐女子向けの作品も渡しています。実は身内にBL作家がいるので、その辺の事も抜かりないですよ!」
「お前! 小さな子に何を教え込んでるんだよ!!」
「痛い! 痛い! 暴力反対ですぅぅぅ!!」
思わずエーシャにアイアンクローを決めてしまったが、後悔はしていない。
流石にこれ以上マナシエに変な事を教え込ませるのは見過ごせない。この調子でいたら、マナシエが違う意味でエリートになってしまうぞ。
「ふふん、やはりマナシエはエーシャではなく、我の教えを受けるべきであるな。冒険者を罠にはめる方法や心の折り方をレクチャーしてやろうじゃないか」
やっぱ、ガイラさんにも任せられないな。
そもそも心の折り方なんて、小さな子に教えてどうするんだよ……。
嫌だぞ、会話する度に辛辣な事を言ってくるマナシエとか。
「ガイラさん。貴女は知識があるのだから、普通に勉強とか教えてあげられないのですか?」
「お主、それじゃ面白くないだろう」
「面白くしなくていいですよ。そこのエーシャみたいになったら嫌ですよ」
「ふむ。確かにエーシャみたいに育ったら、我も嫌だな……」
ここ最近、すっかりポンコツハーフエルフになってしまったエーシャに視線を向ける。
見た目は美人なんだけど、色々残念な彼女である。
「ちょっと、おとうさんも姉さんも、私をそんな目で見ないでもらえます!? いいですよ! マナシエちゃんには、私の薬学の知識の全てを叩き込んでやりますから!!」
「なんだとう! だったら、我も鉱石の精錬方法に錬金術や古代魔術も教えるぞ!!」
なんか急にやる気を出してきたな。
方向は間違ってないだろうけど、少々極端過ぎやしないかね。
頼むから、普通に読み書きや計算を教えてあげてくれよ。
呆れていると、ルネイアナが身を乗り出してきた。
「はいはーい! だったら、私はマナシエちゃんに男の落とし方を教えてあげるね~!」
「取り敢えず、お前は黙っててくれ」
「痛い! 痛いー! ソウ君がDVしてくるーーーー!!」
ルネイアナもアイアンクローで黙らせておく。
というか、DV以前にこいつとは男女の関係でもないからな。
「なあ、マナシエ。あのお姉さん達から勉強を習いたいか? 嫌だったら断ってもいいのだぞ?」
ポカンとして成り行きを見守っていたマナシエに尋ねると、少し逡巡している様子を見せる。
だがそれも一瞬で、意を決したように俺を見据えてこう答えた。
「わたし……勉強がしたいです。いずれは、中央の町の学院で学びたいです」
なんと優秀な子なのだろう。
俺なんて、前の世界では嫌々勉強していたというのに。
これにはアイニとミユも感心しきりだ。
「マナシエさんは既に冒険者ギルドの書類の読み書きができるレベルですし、商業レベルで通用する算術も修めてます。すぐに学院に入学できる程の学力はあると思いますよ」
なんですと……。
この子って、そんなに優秀だったのか!?
そりゃアイニもべた褒めするはずだ。
「アタシはマナシエに数の数え方を習ったにゃ!」
ミユさんや、流石にそれはどうなのかな。
まあ、ミユも学ぶ機会が無かったみたいだから仕方ないか。
みんなが公平に教育を受けられる様子ではないみたいだしな。
義務教育が存在した、俺の世界が恵まれているのだろう。
そんな事を考えていると、ガイラさんがニヤリと笑った。
この笑顔は、ろくでも無い事を考えているのだろうと思ったのだが……。
「……ふむ。だったら、中央の町などと小さい事とは言わずに、北の大陸の教育機関を目指すのもありではないか?」
「それは良い考えですね、姉さん。マナシエちゃんなら学府も余裕ですよ!」
なんか急にスケールの大きな話になってきたな。
って、このまま流される訳にはいかない。
マナシエはまだ小さな子だ。今は情操教育が大事な時期だ。変に勉強を教え込んで、頭でっかちな子になって欲しくない。
ほら、あれだ。わんぱくでもいい、たくましく育ってほしいってやつだ。
「待ってくれ、マナシエはまだ小さいんだから、そんな留学とかの話はもっと大きくなってからでもいいだろうよ。今はもっと、様々な体験をしてもらいたいと俺は考えてる」
俺の言葉にエーシャとガイラさんが意外そうな顔をしている。
普段からくだらない事ばかり言ってるキャラが、ごく稀に真面目な事を言った風みたいにならないでもらえるかな。心外だぞ。
「ふむふむ。おとうさんの言葉も一理ありますね。姉さんはどう思います?」
「確かにソウジの言う通りだな。あまり急かしても仕方がない。だが、獣人の寿命は人族と同様に短い。あまりゆっくりもしていられないぞ」
「だったら、父みたいに無理矢理に寿命を延ばしちゃいましょうよ」
「それもありだな」
こらこら、うちのマナシエを人外の道へ引きずり込まないでくれませんかね……。
そんなこんなで、マナシエの件は当分の間、二人から教育を受ける事で落ち着いた。
もっとも、この町にも学校はあるのだが、マナシエが学ぶにはレベルが低いそうだ。
うちの娘が優秀過ぎて、思わず涙が出そうになる。
思わず目尻を拭っていると、壁際の方から恨みがましい声が聞こえてきた。
「……なんか話がまとまった風だけどさー。私の事を忘れてないよねー?」
おっと、すっかりリグミナの事を忘れていたよ。
俺が頭突きで吹っ飛ばしてしまったんだよな。
「私抜きで話をまとめちゃってるけどさー、私はアンタ達がここにいるのを認めてないからね」
そう言って、ガイラさんとルネイアナを睨みつけた。
よっぽどドラゴンと夢魔がお気に召さないらしい。これにはアイニやミユも口を出せずに困ってしまっている。
マナシエも母親代わりのリグミナの事を悪く言えないのだろう。
縋るような目を俺に向けてくる。
仕方ない。
ここで丸く収めないと、一家の支柱である俺の立場は無いよな。
「あのさ、リグミナ」
「なによう?」
「これ、ガイラさんから家賃代わりにって貰ったんだけど、龍涎香らしいぞ」
さっきガイラさんからもらって、思わず匂いを嗅いてみたら、それは求愛行動だとか言われたやつである。
そして、龍涎香と聞いた途端に目の色を変えて俺の手から奪い取るリグミナ。
「……こ、これは! クジラの方じゃないわよね!? 本物だったら、霊薬の材料になるんだけど!?」
「ああ。文字通りガイラさんの涎の塊だそうだ」
自分で言ってて、なんだか汚く感じてしまう。
まあ、世の中には美少女の唾液の売買とかあるらしいし、それに比べたらマシなのか……?
リグミナは龍涎香を手にしたまま唸っている。
相当に価値があるらしいので、喉から手が出るほど欲しいのだろう。
だったら、早いところガイラさん達を認めてやれよ。
ここはもう一押しってところだな。
「ルネイアナもリグミナにやれる物は無いのか? 魔石でもなんでもいいからさ」
「ソウ君、そんな事を言ったって、私はギルド職員だったのだから、お宝なんて持ってないわよ~」
「じゃあ、特技とか。男の落とし方は論外だからな」
「う~ん、それじゃ安眠のマッサージとかどう? 私、夢魔だから夢の中でよく眠れるようにマッサージして疲れを取ってあげられるわよ?」
「だそうだ。リグミナ、二人を認めてやってくれよ」
「うーん、うーん……」
まだ悩むのかよ。
だったら、正攻法だ。
「この金、ガイラさんからもらったんだけど」
ガイラさんがアイニの実家から強奪……じゃなくて、頂いてきた金貨の入った袋を目の前に置いてやった。
「ぐわーーーーーー! こんなのズルいわーーーーーーーー!!」
なんか苦しんで、のたうち回っているのだが。
こいつ、一応女神なんだよな? ちょっと己の認識に自信が無くなってきたぞ。
みんなが呆れる中、しばらくしてリグミナがむくりと立ち上がった。
「……もう分かったわよ。ここまでされたら頷くしかないでしょ。……二人ともよろしく」
「ああ、よろしくだ」
「よろしく~」
まあ、なるようになった。
流石にガイラさんもこの家で暴れる訳が無い……と思いたい。
ルネイアナはともかく、ガイラさんにこの家は狭いだろう。
せっかく懐も温かくなった事だし、増築でもするか?




