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21 私のパパになってくれるはずの人だったのに……!

 いきなり出てきた車の存在に、その場の全員が目を剥いている。

 流石に世界観を無視し過ぎだろうよ。

 呆然としていると、リグミナが肘で俺を小突きながら、小声で聞いてきた。


「ちょっと、ソウジ! なんでここに車があるのよ!?」


「俺が知るかよ!」


 一応女神であるリグミナが知らないのだから、俺が知る訳がない。

 しかし、アルジットと情報屋のオヤジの反応は違う。


「いやはや、まさかこの辺境で魔導力車を目にするとは思いませんでしたね……」


「ひひひ、店主のねえさんが、こんな物を隠し持ってるとはあなどれないですぜ」


 二人は車の存在を知っているみたいだな。

 都会辺りだと、普通に走っているのかもしれない。

 一方、マナシエとミユの二人は固まってしまっているので、初めて目にしたのだろう。


「えっと、これは母から餞別せんべつ代り持たされたのだけど、実は動かし方が分からないのですよね……」


 当のエーシャは頭をかいている。

 というか、こんな物を餞別代りにくれる母親も凄いな。


 それはさておき。

 これが俺の知る車と同じなら、運転できるかもしれないな。


「少し中を見させてもらって良いか?」


「ええ、どうぞ」


 早速車内を確認すると、元の世界の車とほとんど変わらない作りのようだ。

 きっとこれを設計した異世界人は、俺と同じ世界か似た世界の出身なのだろう。


「多分、これなら運転できそうだ」


「そうなのですか!? 流石おとうさんですね!」


「……お父さん?」


 リグミナ達が首をかしげている。

 あー、これは変な誤解されてるなあ。


「断っておくが、変な意味は無いぞ。エーシャが勝手に言ってるだけだ」


「ホントに? ソウジったら、ミユちゃんだけでなく、テルエーシャちゃんにも手を出そうとしてるんじゃないわよね?」


「そんな訳あるかい!」



「くっ! ソウジさんは、私のパパになってくれるはずの人だったのに……!」


 アルジット、お前はどこに向かっているんだ?


「旦那……奥さんと愛人に飽き足らずに、そんなマニアックな道に……! 流石のあっしもついて行けませんぜ」


 大丈夫だ。俺もお前達の思考について行けないから。

 呆れて溜息も出ないわ。



「あのう、クラタさん……」


「ん? どうしたマナシエ」


「わたしがクラタさんをお父さんと呼べないばかりに……。そこまでして、お父さんになりたかったのですね……ごめんなさい」


 この子もかよ! 勘弁してくれ!


「クラタん、大人気にゃ!」


 ……もう何も言うまい。



「それで、エーシャ。こいつの動力はなんだ? すぐ動かせるのか?」


 流石に燃料って訳ではあるまい。

 恐らく魔力等の類で動くのだろう。


「はい。これの動力源は蓄魔石ちくませきに貯めた魔力です。私もよく分かりませんが、空間魔力吸収装置なるもので、周囲の魔素を魔力に変換しながら充填するみたいですよ」


 すまん。俺もサッパリ分からん。

 まあ、充電しながら走る車って事なのだろう。


 百聞は一見に如かずって事で、取り敢えず走らせてみよう。

 運転席に座って見る限り、前の世界の車とほとんど同じである。

 足元のペダルは二つなので、オートマ操作なのだろう。


「気をつけてください。母が言うには、操作の間違いで頻繁に商店等に突っ込む事故が多発していたそうですよ」


 どこの世界にも同じような事故があるんだな……。

 そういえば、前の世界で会社勤めをしていた時の事を思い出した。


 休憩室で一休みをしていると、外から文字通り『どんがらがっしゃーん』と音が聞こえてきたので、何ごとかと思って見に行くと、隣のアパートに車がバックで突っ込み、慌ててアクセルを踏んだのか、今度は前方の家に突っ込んでいた事があったのだ。

 運転していたのは高齢の男性で、車外で呆然と立ち尽くしていた姿をよく覚えている。


 いくらなんでも、ここでそのお約束は洒落にならないぞ。


「しかし、そんなに事故が多発していたのなら、何か防止策は考えなかったのか?」


「最新型の魔導力車は操縦者の思考を読み取り、自動で運転してくれるらしいので、操作ミスは無くなったみたいです」


 おおう、異世界の技術は凄いな。


「エーシャの車には、その機能は無いのか?」


「ええ、これは旧型の簡易タイプですので……」


 それは悲しいな。

 まあ、普通に走れば問題は無いだろう。

 狭い道や、人通りの多い往来を避ければいいだろうし。


 そんな訳で、早速試運転をしてみる。至って普通の乗り心地である。

 いや、舗装していない道なのに、大きな振動等も無いので、むしろ足回りはしっかりしているな。

 これなら普通に長時間の運転も大丈夫そうだ。


「クラタん! アタシも乗りたいにゃ!」


「あ、ズルい! ソウジ、私も乗せて!」


「わ、わたしも乗りたいです!」


 そう言いながら、ミユとリグミナとマナシエが乗り込んできた。

 よっぽど車が珍しかったみたいだな。

 シートベルトを締めたのを確認して、その辺を一周してみる。


「凄いにゃー!」


「まあまあの乗り心地ね!」


「は、早いです!」


 三人とも大騒ぎだ。

 まるでテーマパークのアトラクションに喜んでるみたいだな。

 それからアルジットと情報屋のオヤジも乗りたいと言うので、試運転も兼ねて走り回ったのだった。






 翌日、俺達は町外れから出発する事にした。

 流石に町中だと、色々目立ってしまうからな。

 見送りに来てくれたアイニだが、流石に領主の娘だけあって、魔導力車には乗った経験があるそうだ。

 それでも羨ましそうに見てくるので、帰ってきたら乗せる約束をしてやる。


「絶対に乗せてくださいよ! 私、クラタさんの運転で乗りたいんですから!!」


 よく分からんが、領主の車の方が高級で乗り心地が良いのではなかろうか……。

 それはそうと、アルジットが念のためと言って、旅の道中を護衛する奴隷を連れてきてくれた。


「どうですか? 胸板が厚いでしょう? 包まれて眠ると、それはそれは素晴らしい寝心地で……」


 その奴隷は、巨乳の獣人奴隷の女戦士だった。

 確かに違う意味で胸板は厚い。アルジットの奴、こんな隠し玉を持っていたなんて……。


 うむ。旅に護衛は必要だよな!


「ひひひ。クラタの旦那も好きですねえ」


 うるさいぞ、情報屋のオヤジ。


「よし、せっかくなので護衛を頼──」


「護衛はいらないにゃ! アタシとエーシャがいれば十分にゃ!」


「まさか、おとうさんは巨乳だから採用とか考えてませんよね? いくら私が母に似て胸が無いのをバカにしたりしませんよね? あんなのは戦いに邪魔な無駄肉です!」


 二人に速攻で却下されてしまった。

 無駄肉と言われた女戦士が悲しそうな顔をしている。

 大丈夫、俺は無駄だと思わないからな!


 そして、何故かアイニやリグミナが俺に冷たい視線を向けてくる。

 って、マナシエまでもか!?


「ま、まあ、とにかく行ってくるぞ!」


 その場の空気が居た堪れなくなってきたので、逃げるように出発した。


 しかし、さっきの獣人の女戦士は勿体なかったなあ……。

 断じて巨乳が気になった訳では無いぞ。普通に戦力になりそうだと思っただけだからな。本当だぞ。


 そんなこんなで、魔導力車を走らせる。



「おとうさん、街道沿いをそのまま進めば大丈夫です」


 助手席のエーシャの指示で進むが、この辺りでは車は目立つらしい。

 何度も道行く人達に振り返られたりしている。

 このままトラブルに巻き込まれなければいいのだが……。


 などと考えていたら、周囲に何も無い人気ひとけの無い場所に差し掛かった途端に盗賊達に取り囲まれてしまった。


「おうおう、おっさんよう。護衛も付けずにいい車に乗ってるじゃないかよ。黙って有り金を全部と車と女も置いて行けば、命は助けてやるかもしれないぜ?」


「ヒャッハー! 上玉が二人もいるじゃねえかよ!」


「ぐへへ、獣人とエルフか。おっさんも好き物だなぁ」


 もはや、テンプレ状態である。

 それにしても、今時モヒカンでトゲ付きの肩パットしてる奴なんて、お目にかかれるとは思わなかったぞ。


「クラタん。あいつら思いっきり叩き潰していいかにゃ?」


「風月刃で一人残らず首を刈った方が早いですよ」


 二人とも大変に物騒である。


「一応、人間相手だから殺しちゃ駄目だぞ。手加減してあげなさい」


「そんな事を言われても難しいにゃ~」


「殺さなければ、手足の一本や二本は大丈夫ですよね」


 俺の出る幕は無かった。

 一方的な蹂躙じゅうりんで、盗賊達に同情さえしたくなったよ。




「ずっと座ってたから、いい運動になったにゃ!」


「長時間、同じ姿勢でいるのも良くないそうですよ」


 なんだろうな、この緊張感の無さは。

 盗賊達は人数もそこそこ多かったので、わざわざ町に連れて行くのも手間だ。

 金目の物等を頂いて放置しておいた。

 断っておくが、盗賊を追い剥ぎしたのは俺の指示じゃないからな。エーシャの提案だ。


「こんな輩は生かしておく必要ないですよ。どうしてもと言うのなら、せめて身ぐるみ剥いでおきましょう」


「賛成にゃー!」


 俺は見なかった事にした。まあ、その場にいるので同罪だろうけど。

 運が良ければ誰かに助けてもらえるだろう。

 運が悪ければ魔獣に食われるだろう。健闘を祈る。


 ちなみにだが、戦利品の中にガントレットと呼ばれる籠手があった。

 格闘術メインのミユにピッタリの装備で、早速お気に入りになったみたいだ。


「これいいにゃ! 凄く使いやすいにゃ!」


 そう言いながら、嬉々として巨大なイノシシの魔獣を一撃で殴り殺す姿は、年頃の娘さんとして、どうなのかなと。


「ミユさんを見ていると、母の昔の仲間を思い出しますね」


「エーシャのお母さんの仲間って、どんな人なのかにゃ?」


「そうですね……。北の大陸に獣人の国がありまして、その再興の祖として語り継がれる猫耳獣人の女王ですよ」


「そんな凄い人がいたんだにゃ……」


 車中で二人の会話を聞きながら街道を進むのだが、途中に町はおろか村すら無い。

 既に日が暮れ始めているし、このままだと車中泊か野宿だぞ。



「二人とも、大変に言いにくいのだが、そろそろ日が暮れる。泊まる場所を探したいのだが人里が無い。最悪の場合は車中泊になる。流石に俺は同じ車内で寝るのはどうかと思うので、野宿だが……」


 年頃の娘さんには酷なお知らせだが、俺にはどうしようもない。

 車のそばにテントを張って寝るのは不安であるが。


「アタシは別に野宿でも構わないにゃ! クラタん、一緒に寝るにゃ!」


「おいおい、そういう訳にはいかんだろ」


「あ、心配しないでください。ちゃんと泊まれる場所は確保してますから」


「エーシャ、そんな事を言ったって、近くに村も無いじゃないか」


「大丈夫ですって。あ、おとうさん。魔石を一ついただけませんか?」


「これでいいか?」


 さっきミユと一緒に仕留めたイノシシの魔獣の魔石だ。


「十分すぎるぐらいです! では、見ててくださいね」


 そう言って、エーシャが腹部の異次元ポケットから大きな姿見を出した。

 こんな鏡を出して何をするつもりなのだろうか?


「お二方、自分の荷物は持ちましたか? では一旦、車を回収しますね」


 そのまま車を収納してしまった。


「では、ついて来てください」


 呆気に取られていると、エーシャがいきなり姿見の中へ入って行った。

 どうすんだ、これ。


「クラタん、アタシ達も行くにゃ」


「あ、おい、待てって!」


 いきなりミユに腕を掴まれて鏡の中へ連れ込まれた。


 鏡の中は外だった。

 自分で何を言ってるのか分からないが、とにかく外だ。

 周囲は森で、空には満点の星々が瞬いている。


「凄いね、クラタん」


「ああ……」


 思わず固まってしまっていると、声を掛けられた。


「お二人とも、こっちですよー」


 少し離れた場所にエーシャが俺達を待っている。

 慌てて向かうと、その先には明かりがともるログハウスが建っていた。

 というか、ここってどこだ?

 よく分からないまま、エーシャに続いてログハウスにお邪魔すると、中に住人がいた。


 いたのだが……日焼けした金髪のギャルが何故ここにいるのだろう。



「あれー? エーシャとか久しぶりじゃん。どうしたの?」


「お久しぶりです。少し旅をしていまして、今夜泊まってもいいですか?」


「別に構わないよー。じゃあ、アタシは娘のところに泊まるから。今度娘のところにも顔を出してあげて。あの子、他の従姉妹と会うの楽しみにしてるから」


「分かりました。あと、これはお礼代わりです」


「わお、いい魔石じゃん! ありがとね! それはそうと、あの男って誰? なんかアイツに雰囲気似てない?」


「あー、やっぱり分かります? 外界の人ですよ」


「そうなんだー。アンタも母親と同じ趣味してるねー。じゃあごゆっくりー」


 日焼けした金髪ギャルの住人は、俺達に手を振ってどこかへ行ってしまった。

 というか、娘がどうのこうのって言ってたな。ギャルママなのだろうか。

 それにしては若過ぎるような……。


 こうやって呆然とするのは、今日何度目だろう。


「お待たせしました。彼女は古い知り合いで、鏡の精霊です。ここは彼女の鏡空間なのですよ」


 ……うん、深く考えるのはよそう。


「凄いにゃー! 本当に精霊なんていたんだにゃー!」


 そして、ミユの単純さが激しく羨ましかった。

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