22 それは邪道にゃ!
「それはそうと、エーシャって従姉妹がいるのにゃ?」
「……よく先程の会話を聞いていましたね、ミユさん」
「聞くつもりは無かったのだけど、聞こえてしまったにゃ。聞いてはいけない事だったら、謝るにゃ」
いやいや、エーシャじゃなくても驚くぞ。
俺なんて、会話の内容はほとんど分からなかったし。
ミユのやつ、とんでもない聴力だな。もしかしたら、獣人はそういう能力に秀でてるのかもしれない。
「謝る必要はありませんよ。ただ、従姉妹というのは世間体に対しての建前というか……」
エーシャが言いにくそうに口ごもる。
あまり言いたくない事なのだろう。何やら複雑な家庭事情もありそうだし。
「言いたくなければ、別に俺達に説明する必要は無いぞ?」
「いえ、なんと言うか、凄く説明しにくい事なのですが、先程の精霊の女性の娘というのは、私の腹違いの姉妹でして……」
「すると、父親が同じって事なのか?」
「はい。正直、私も腹違いの兄弟や姉妹が何人いるのか把握していなくて、その子孫まで含めると恐ろしい事に……。そんなみっともない家庭事情を外で言える訳もなく、従姉妹とか親戚と言って誤魔化してるのですよ」
確かにとんでもない話だな。
エーシャの父親って人は、異世界ハーレムを実現したのか。
これは羨ましい……のか?
「でも、家族が沢山って楽しそうにゃ?」
「ミユさんのおっしゃる通り、確かに楽しかったのも事実ですね」
そう言って、エーシャは困ったように笑った。
「しかし、エーシャの父親も随分と頑張ったというか……」
下世話な話であるが、俺ぐらいのおっさんになれば、若い頃みたいな元気は既に無い。
中には生涯現役なんて御仁もいるだろうが、そんな気概も四十を過ぎた頃から薄れてきてしまった。
「その辺の事は、母が薬学に長けていましたし、周囲の女性に薬に詳しい人もいましたから、頑張らされたというのが正しいかと。娘としては、少々複雑な気分になりますけどね……」
まあ、なんというかノーコメントである。
そんなこんなで、今夜はこのログハウスに泊まる事になった。
部屋は一人一部屋でも余裕だし、広い風呂まであった。
しかも、温泉かけ流しだそうだ。至れり尽くせりだな。
それはそうと、この温泉らしき湯は、どこから引いているのだろう?
一通りの案内を受けた後、エーシャが俺達に注意点を伝えてきた。
「おとうさんとミユさんにお願いがあります。あそこの部屋には絶対に立ち入らないでくださいね。絶対ですからね? 本当にですよ?」
エーシャはリビングに面した扉を指差した。
しかし、そんな念入りに言われたら、逆に入れと言っているのではと疑ってしまうな。
流石に精霊とやらが住んでいる家だ。何が起きるか分からないので、余計な事はしないようにしよう。
「ミユも分かったな? お邪魔している家なんだから、勝手に入るなよ?」
「分かったにゃ!」
こういう事に関しては、素直な子なので安心できる。
これがリグミナだったら、絶対にあの部屋の扉を開けるに違いない。
さてと、後は食事なのだが……。
「私は作れませんよ? 基本、外食派ですし」
流石に俺もそこまで世話になる気は無い。
旅に備えて携行食も持ってきたが、せっかく立派な部屋で寝泊りできるのだ。
何か簡単な物でも作ろうか。
「やったー! クラタんの手料理だにゃ!」
「ミユさん、おとうさんの料理は美味しいのですか?」
「う~ん、そこそこかにゃ?」
そこそこかよ!
「普段はマナシエが作ってくれて凄く美味しいのだけど、クラタんの料理はまた別の味わいがあるのにゃ!」
まったく、生意気な事を言ってくれるな。
調理場を覗くと、普通に充実していた。
腕に自信があれば調理器具も使いこなせるのだろうけど、残念ながら俺は普通のおっさんである。
調理場に土鍋があったので、寄せ鍋にでもするか。
乾物から出汁を取ってる間に持参した野菜を適当に切って、そのまま煮込めば終了と……と思ったが、肉と白身魚が無い!
これって干し肉を入れてもいいのだろうか?
「クラタん、肉ならこれを使うにゃ!」
ミユが食料用の保存袋から生肉を取り出した。
「いつの間に、そんな新鮮な肉を用意したんだ?」
「さっき討伐した魔獣の肉にゃ。ちゃんと血抜きもしてあるから安心するにゃ」
……今更だけど、魔獣の肉って食えるんだよな? 加熱さえすれば大丈夫だよな?
せっかく用意してくれたんだ。ありがたく使わせていただこう。
無事に夕飯が完成したのだが、寄せ鍋にパンは合うのだろうか?
それに、世界観的に寄せ鍋はどうなんだろう。
腹に入ってしまえば同じだと思うが、二人の反応はというと……。
「普通に美味しいにゃ!」
喜んでもらえて何より。
「……これはライスの方が合うかもしれませんね」
うむ。俺も正直そう思う。流石に米は持ってこなかった。
最後のシメに雑炊もしたかったなあ。
そんでもって、翌日。
ちゃんとしたベッドで寝たので、体調は万全である。
当たり前だが、深夜にサービスシーン的な事は何も無かったぞ。
ただ、確実に俺達以外の誰かがログハウス内を移動していた気配はあった。
しかも、一人ではない。朝食時にエーシャに尋ねてみたが、露骨に目を逸らされた。
恐らくだが、立ち入るなと言われた部屋が関係しているに違いない。
それはさておき。
今日も魔導力車で走り続ける。
相変わらず途中に町は無い。せいぜい小さな村を見かける程度だ。
その村で食料を調達するために立ち寄るのだが、やはり米は無かった。
むしろ、ミユが討伐した魔獣の皮や、エーシャが持ち込んだ日用品と魔道具の類が村人に評判で、そこそこの値段で売れた。
「こういった辺境の村では、気軽に買い物に行けなくて喜ばれるのですよ」
「そうなのか……」
欲しい物が通販ですぐ手に入った前世の事を思うと、中々複雑な気持ちになるな。
そう考えると、今のところは生活に困っていない俺は恵まれてるんだな。
再び車を走らせ、今夜も鏡の精霊とやらの家をお借りした。
先程の村で牛乳を仕入れたので、現地の主婦から教えてもらったレシピでホワイトシチューを作る事にした。
恥ずかしながら、カレーは作った事はあるが、シチューは初めてだ。
他の二人は頼りにならないので、頑張ってレシピ通りに作ると、なんとかそれっぽく完成した。
シチューだったら、パンに合うよな。
しかし、ここで思わぬ論争になった。
「こうやってシチューにパンを浸して食べると美味しいにゃ!」
「いえ、シチューの中にライスを入れる方が美味しいです!」
「それは邪道にゃ! エーシャは恐ろしい事を言うにゃ」
「じゃあ、ミユさんはカレーにもライスは合わないとおっしゃるのですね!」
「カレーとシチューは全然別物にゃ!」
……言いたい事は物凄く分かる。
実は前の世界での我が家では、シチューにライス派だったのだ。
子供ながらに、シチューにライスはどうもなあと思っていたのも事実だ。
「だったら、クラタんに決めてもらうにゃ!」
「そうですね。おとうさん、シチューにはライスとパンのどちらが合うと思いますか?」
やはり俺に振ってきたか。
だが、俺の答えは既に決まっている。
「みんな違って、みんないい」
思いっきりパクりだが、ここは異世界だ。
誰も気にしないだろう。
(※駄目です)
「その答えは卑怯にゃ!」
「おとうさん、見損ないました!」
……うむ、食のこだわりは恐ろしいものだな。
そして、三日目も走り続ける。
初日に盗賊団に襲われたが、あれからそういった輩には遭遇していない。
せいぜいが野生の魔獣に遭遇する程度だ。
それもミユとエーシャが率先して倒していたので、二人ともレベルがまた上がっていた。
既に相当のレベルアップを経験しているようだが、どれだけ強くなってるんだろうな……。
しかし、結構な速度で走ってきたのだが、中央の町とやらはどれだけ離れてるんだ。
いい加減、尻が痛い。
「え? 中央までですか? 徒歩なら一ヶ月でしょうか」
車中でエーシャに尋ねたら、とんでもない返事が返ってきた。
そりゃ遠い。馬車ならもう少し早いだろうけど、ほとんど外国に行く感覚じゃないか?
「もっとも、今回はかなりのペースで進んでますので、明日中には到着すると思いますよ」
その割には景色が変わらないんだよなあ。
流石のミユも代り映えのしない景色に飽きてしまったのか、後部座席で寝息を立てている。
せっかく魔法がある世界なんだから、一瞬で転移とかする方法ってないのだろうか。
「うーん、方法はあると言えばあるのですが、秘匿されてるんですよね」
「何かと話題に上る、北の大陸の技術ってやつか?」
「いえ、そちらでも国家機密扱いです。まあ、異世界出身のおとうさんだから教えますけど、エルフの秘術って感じでしょうか。私の叔母が復活させた転移魔方陣が存在するのですよ」
「へえ、それは便利そうだな。簡単に北の大陸にも行けそうだな」
「ですが、移動距離によって、それなりの魔力量が必要なので、長距離を転移するには膨大な魔力が必要なのです。おとうさんが持ち込んでくれる魔石から良質の魔力が引き出せるので、助かっていますが」
そう簡単にあちこち自由に転移できるって訳じゃないのか。
俺も北の大陸に行ってみたかったな。
暇な時に町の図書館でこの世界の事を調べていたのだが、俺達が暮らす新大陸から北の大陸に渡る手段は、飛行艇か船で向かうしか無いそうだ。
船旅なら約三ヶ月かかるそうで、途中で海賊だけでなく、クラーケン等の海の怪物とも遭遇する事もあるとかなんとか……。
飛行艇なる乗り物だと数日の旅だが、相当な金持ちぐらいしか利用できない代物との事。
なので、庶民は北の大陸に行く事など夢のまた夢だとか。
そして、今夜もログハウスに泊まる事になった。
流石に三日目ともなると、夕飯を作るのが面倒になってきたな。毎日作る人には頭が下がる。
さて、今晩はどうするかなあ。
朝と昼は前日の残りで誤魔化していたが、夕飯ともなるとそうはいかない。
こんな時に、スーパーやコンビニのありがたみを痛感する。
……俺の見間違いだろうか。
調理場にレトルト食品が置いてあったのだ。
カレーとパックのライス。一体誰が……。
「あ、これ気を使ってくれたみたいですよ。ありがたく頂いちゃいましょう」
エーシャはまったく気にする素振りもしないが、誰が置いたんだよ!?
あの鏡の精霊とかいう金髪ギャルか? というか、勝手に食っていいのか?
「わーい! カレーライスだにゃ! 物凄く久しぶりだにゃ!」
ミユの能天気さが羨ましい。
まあ、結局俺も美味しく頂いたのだが。
ちなみに、調理は魔導レンジという魔道具で温めた。
もうなんでもありだな。
夕飯後はリビングでくつろぐ俺達。
このまま寝ちゃいそうだなぁと思っていたら、案の定ミユが船を漕ぎだした。
ここで寝たら風邪をひくぞ。後で部屋に連れて行かないとな。
そんな事を考えていると、エーシャが立ち入るなと言っていた部屋の扉が開いて、古めかしいジャンパースカートの制服を着た女学生らしき少女が顔を出した。
思わず凝視してしまったが、少女は顔色ひとつ変えずに『失礼しました』と言って引っ込んだ。
流石にこれは黙っていられない。
「なあ、エーシャ。今の子って誰だ?」
「あー、えーっと……国家機密です!」
流石にその誤魔化し方は苦し過ぎるだろうよ。
「もしかしてだけど、あの部屋ってどこかに繋がってるとか?」
「勘の良いおとうさんは嫌いです!」
もう自ら答えを言ってるじゃないか。
そうこうしているうちに、また別の少女や女性が何人も扉から顔を出しては、こちらに気づいて、気まずそうな顔をして引っ込んでいる。
「……まさかだけどさ、あの部屋に転移魔方陣とやらがあるのか?」
「そ、そんなのある訳が無いじゃないですか! あるのは転移用の鏡です……あっ」
自ら自爆するタイプだったか。
転移用の鏡というと、この空間に入ったようなゲートの鏡でもあるのだろうか。
あくまでも想像だが、転移魔方陣より高性能な物なんじゃないかと思う。
「本当にこれは機密なんです! これ以上言うと私が怒られます!! そもそも、私だって滅多に使わせてもらえないんですから!!」
流石に俺もそこまで鬼畜ではないし、無理に情報を吐かす必要もないが、勝手に喋ってくれるので、なんとなく理解してしまった。
まあ、今回の事は知らなかった事にしておこう。
四日目の昼過ぎ、山道を越えたら眼下に大きな町が見えてきた。
あれが中央の町とやらか。俺達が暮らす町が属する地域の中央に位置するから、中央の町と呼ばれるそうだ。
王都や首都とは違うらしい。そもそもが、この新大陸では国という存在を意図的に撤廃しているらしい。
自治区扱いで、それぞれの領主が各地域を治めているそうだ。
なので、異世界お約束の国王に謁見するイベントも無さそうである。
「わー! 大きな町だにゃー!!」
初めて見る光景にミユは大騒ぎだ。
「私は転移魔方陣で、何度か行き来してますけどね」
だったら、俺達もそれで移動させてくれないかなあ。
なんのために数日掛けて来なきゃいけなのだ。
気軽に使えないからこその転移魔方陣なのだろうけど。




