鏡の亡都
「魔晶石一つで夢が叶うはずだった——しかし、世界はいつも代償を求める。」
ある商業都市シルバーンでは、魔晶石を動力とする「自動魔導具」が大流行していた。
特に人気だったのは「願いの鏡」だ。小さな魔晶石一つで、鏡に向かって願うと、短時間だけその願いが叶うという便利な道具だった。王族や商人たちは高価な大魔晶石版を使い、庶民は小さな魔晶石で日常の小さな願いを叶えていた。
商人Bは、市場で安価な「願いの鏡」を大量に仕入れ、店を構えた。
「たった一つの魔晶石で、疲れを癒し、商品を美しく見せ、客の心を掴む。こんなに簡単な商売はない」
店は大盛況だった。客たちは鏡に向かって「今日の売り上げを倍に」「競合店が潰れますように」と願い、鏡は淡々とそれを叶えた。都市全体の商売は活気づき、シルバーンはかつてない繁栄を迎えた。
Bはさらに考えた。
「鏡の効果を永続的にすれば、もっと儲かる」
彼は魔導技師と組んで、「永続願いの鏡」を開発した。大きな魔晶石を埋め込み、一度願うと効果が数ヶ月続くようにしたのだ。価格は高かったが、商人たちは競って購入した。
都市はますます豊かになった。誰もが願いを叶え、争いも減り、笑顔が溢れた。
しかし、数ヶ月後、異変が起きた。
願いが重なりすぎたせいか、鏡の効果が干渉し始めた。
ある商人は「売り上げを倍に」と願い、別の商人は「客が自分の店だけに来るように」と願った。結果、街中の商品が同時に「最高の品質」になり、誰もが「最高の客」になった。
価値の基準が崩れ、物々交換さえ意味を失った。
さらに悪いことに、鏡は「願いの代償」を少しずつ蓄積していた。
最初は小さな頭痛、次に眠れぬ夜、そしてある朝、街中の鏡が一斉に割れた。
割れた鏡の破片から、黒い霧が溢れ出した。
人々の願いが実体化した「影の欲」が、街を徘徊し始めた。
「もっと儲けたい」「もっと豊かになりたい」という欲望が、怪物となって商人たちを襲った。
Bは最後に気づいた。
願いの鏡の説明書に、極めて小さな文字でこう書かれていた。
「鏡は願いを叶えるのではない。願いを『映す』だけだ。映しすぎれば、世界は歪む」
シルバーンは繁栄の幻に飲み込まれ、廃墟と化した。
今ではその街は「鏡の亡都」と呼ばれ、誰も近づかなくなった。
「魔力の均衡は、決して保たれなかった。人間がそれを試すたび、世界は静かに、しかし確実に代償を回収した。」




