思考の停滞都市
「魔晶石一つで夢が叶うはずだった——しかし、世界はいつも代償を求める。」
学術都市アルカディアでは、魔晶石を動力とする「思考加速機」が最新の流行だった。
これは頭に装着する小さな装置で、わずかな魔晶石で思考速度を数十倍に高められるという優れものだった。研究者たちはこれを使い、複雑な魔導式を一瞬で解き、論文を次々と発表した。学生たちは試験勉強を短時間で終え、教授たちは新しい魔法理論を次から次に生み出した。
街は知的ブームに沸いた。
「これで人類は、永遠に進歩し続ける」と、学院長は誇らしげに語った。
ある若い研究者Cは、さらに進化した装置を開発した。
「持続思考加速機」——大きな魔晶石を埋め込み、思考加速を一日中、しかも無意識レベルで継続できるものだ。
価格は高かったが、研究者たちは競って購入した。睡眠中も、食事中も、思考が加速し続けた。
アルカディアはかつてない知的繁栄を迎えた。新しい魔法が毎日生まれ、街の図書館は未曾有の知識で埋め尽くされた。人々は互いに議論し、発見を共有した。
しかし、数ヶ月後、異変が起きた。
思考が加速しすぎたせいで、人々の「決断」が追いつかなくなった。
一つの問題に対して、無限に近い選択肢を考えすぎ、どれを選ぶべきか永遠に迷い始めた。
研究は進むが、論文は完成せず、魔法は発動せず、日常の会話さえ「もっと良い言葉はないか」と止まらなくなった。
やがて、人々は動かなくなった。
街角で立ち止まり、空を見つめ、思考だけが高速で回転し続ける。
食事も睡眠も忘れ、ただ考え続け、身体は徐々に衰えていった。
Cは最後に、自分の装置の取扱説明書を読み返した。
そこには、極めて小さな文字でこう記されていた。
「思考を加速させることはできる。しかし、止める方法は与えていない。世界は、速さだけでは均衡を保てない」
アルカディアは静かな廃墟となった。
研究者たちは今も装置を外さず、立ち尽くしたまま思考を続けているという。
その街は「思考の停滞都市」と呼ばれ、誰も近づかなくなった。
「魔力の均衡は、決して保たれなかった。人間がそれを試すたび、世界は静かに、しかし確実に代償を回収した。」




