9話 魔王城の椅子は硬すぎる
玉座の間。
黒い石。
高い天井。
重い静寂。
魔王は玉座に座っている。
その姿は威厳そのものだった。
だが。
「……」
ほんのわずかに、身じろぎした。
ごり、と石が鳴る。
参謀が顔を上げる。
「魔王様?」
魔王は低く言った。
「背が、痛い」
沈黙。
幹部たちの表情が固まる。
その場にいた全員が、
今、聞いてはいけない言葉を聞いた気がした。
メウラだけが、普通に答えた。
「硬いからだと思います」
玉座の間が凍る。
参謀が咳払いをする。
「それは玉座である」
「はい」
「魔王様の象徴だ」
「石ですね」
「そうだ」
「硬いです」
魔王は小さく体を動かす。
背中がわずかに反る。
「……確かに」
幹部が慌てる。
「三百年前より変わらぬ玉座でございます!」
「三百年、同じ姿勢ですか」
「魔王とはそういうものだ」
メウラは玉座に近づく。
そっと肘掛けに触れる。
冷たい。
「冷えています」
「石だ」
「血流が悪くなります」
参謀が言う。
「血流など関係ない」
「あります」
「なぜだ」
「腰が固まります」
魔王が小さく呟く。
「……確かに、立ち上がるとき重い」
沈黙。
幹部の一人が小声で言う。
「玉座に立ち上がる補助台を設けますか」
「違います」
メウラは首を振る。
「椅子の問題です」
「玉座だ!」
「椅子です」
沈黙。
魔王が静かに言う。
「違いは何だ」
メウラは少し考える。
「長時間座るかどうかです」
「……座る」
「六時間以上ですね」
参謀が報告書を確認する。
「平均、七時間」
玉座の間がさらに静かになる。
「長いですね」
「決裁がある」
「途中で立てばいいです」
「立つ?」
「はい」
「玉座の間で?」
「血流が良くなります」
魔王はゆっくり立ち上がる。
マントが床を擦る。
しばらく、立ったまま黙る。
「……軽い」
小さな声だった。
幹部たちが顔を見合わせる。
メウラが続ける。
「座面が固いです」
「固いことが威厳だ」
「疲れます」
「疲れることが威厳だ」
「疲れます」
魔王が玉座を見下ろす。
黒い石。
鋭い角。
冷たい表面。
「……我は三百年、この上に座っていたのか」
「はい」
沈黙。
メウラは提案する。
「布を敷きましょう」
「不敬だ!」
「黒い布にします」
「……黒いのか」
「城に合わせます」
参謀が迷う。
「……見た目は変わらぬか」
「ほとんど」
しばらくの協議ののち。
黒い布が運ばれる。
薄いが、柔らかい。
玉座の上に、そっと敷かれる。
魔王がゆっくりと座る。
全員が息を止める。
「……」
数秒。
魔王が小さく息を吐く。
「……これは」
「……悪くない」
玉座の間に、目に見えない衝撃が走る。
参謀が震える。
「威厳は」
メウラが言う。
「姿勢が安定しています」
魔王は背筋を伸ばす。
確かに、以前より自然だ。
「……足が冷えぬ」
「温度が保たれます」
沈黙。
幹部が呟く。
「魔王様の腰が守られた……」
魔王がゆっくり言う。
「戦とは、痛みに耐えることだと思っていた」
メウラは首をかしげる。
「痛くないほうがいいです」
沈黙。
外では兵士が昼寝から起きている。
静かだ。
魔王が玉座を軽く叩く。
「……この城の椅子は、すべて石か」
参謀が答える。
「はい」
「兵士もか」
「はい」
メウラは静かに言った。
「それは、硬いです」
玉座の間に、深い沈黙が落ちる。
魔王が窓の外を見る。
整然と動く兵士たち。
以前より疲れた顔が少ない。
「……強い軍とは、硬い軍だと思っていた」
「違います」
「では何だ」
メウラは少し考えた。
「座っても痛くない軍です」
沈黙。
参謀が膝をつく。
「魔王様……」
魔王はゆっくりとうなずいた。
「城内の椅子を調査せよ」
幹部たちが一斉に頭を下げる。
その日。
魔王城では、
初めて「座り心地」が議題になった。
そして、
玉座の間は、ほんの少しだけ柔らかくなった。
そのとき。
参謀が静かに口を開いた。
「報告がございます」
「言え」
「勇者軍の偵察が、三倍に増えております」
沈黙。
「理由は」
「我が軍が――」
参謀は報告書を差し出す。
「疲労していないためです」
魔王はゆっくり窓の外を見る。
静かに動く兵士たち。
「敵は、眠らぬ」
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