7.囚われの小獣人
シャズとドーナは粗末な家屋に押し込められた。屋根には所々隙間が空き、糞尿の臭いが鼻を突く。そういった用途の小屋である事は明白だった。縄は巻かれたままだ。
「腕が痛いよー」
「ちくしょう、ガチガチに結びやがって!」
小屋の中には見張りはいないが、外で談笑している輩がいる。逃げ出すのは簡単ではないだろう。
「シャズぅ、僕達食べられちゃうのかな」
「そうなったら真っ先に食べられるのはお前だぞドーナ」
「うえぇ!?」
「そんな心配より逃げる方法を見つけなきゃ」
「そんなの無理だよー。お腹も減ったし」
「腹減ったなんて言ってられないだろ!取り敢えずこの縄をどうにかしないと……」
そこでシャズの腹の虫が鳴った。彼の動きが止まり、俯いてしまう。
「ほら、やっぱりお腹空いてるんじゃない」
「空いてないやい!」
「おい!うるせぇぞ!」
騒ぎすぎたらしい、見張りの男が小屋の入口に顔を出す。
「ひゃあ!僕は食べても美味しくないよ!」
「ああん?おめぇ俺達が食べる為に捕まえたと思ってんのか?」
男は近付くとドーナの腹に足裏を置いて軽く蹴飛ばす。その顔には意地の悪い笑みが浮かんでいた。
「ふっふっふ。いいかぁ?よく聞けよ?お前らはレークスに売られるんだよ」
「レークス?」
「奴らはなぁ、そりゃあ悪名高い連中でな。人身売買から麻薬や果ては殺人まで、何でもござれの非道集団さ。売られたが最後、お前らは皮を剥がれて剥製にされたっておかしくないなぁ!」
「お、俺達は売り物じゃない!」
「ところがどっこい!お前らは俺達に捕まった段階で売り物なのさ。ほいほいと罠に掛かった自分をせいぜい恨むんだな」
男は高笑いをしながら小屋を後にする。シャズは悔しかった。何も出来ない現状も、友だと思った相手に裏切られた事も。何より悔しいのは、旅を終えて故郷に帰る事が出来ないだろう事だ。人より秀でた素早さも、空を滑る自慢の飛膜も何の役にも立ちはしない。
「好きで捕まったんじゃないやい……」
「シャズ……」
自分の至らなさがこんなに歯痒いなんて思ってもみなかった。ラパラでは困難を皆で解決していた。しかし、今この場にはシャズとドーナしかいない。助けは来ないのだ。
「うだうだやってる暇は無いな……ドーナ。あれ見えるか」
シャズが鼻先で示したのは小屋の梁だ。基礎の部分が腐ってささくれだっている。
「俺が縄を切るから、入口から見えないようにしてくれ」
「うん。分かった」
転がって壁際に移動する。縄は思ったより頑丈で中々切れない。それでも諦めずに何度も体を擦りつける。何度か見張りの気配に動きを止めたり、寝てる振りでやり過ごし、しばらくしてやっと縄が緩んだ。
「よし。ドーナ後ろ向け」
「流石シャズ!」
「馬鹿!大きな声出すな」
「あん?」
案の定見張りが顔を出すが、再び寝た振りをしたら訝しみながらも顔を引っ込めた。
「ひえぇぇ」
「ここからは小声だぞ!ほら、縄解いてやる」
無事二人の縄が解けた。既に日が沈み始め、小屋に茜色の光が差し込んでいる。シャズが腐った壁板を崩すと人一人が何とか通れる隙間が出来た。
「ここから出よう」
「でもシャズ。どっちに逃げるの?」
「集落に入る時は朝だったはずだ。その時朝日を背負って歩いていたから、反対の夕日に向かって逃げよう。少なくとも日が暮れれば探し出せないはずだ」
「来た道を戻るんじゃなくて?」
「昨日一昨日と枯れた川を遡上して来ただろ?集落までの道もそうだった。つまり逆に行けば高台に出るはずだ。高さがあれば、俺達のもんだ」
「なーるほど!」
シャズとドーナは外の様子を伺いながら隙を見て飛び出した。幸いな事に夕日に影が伸びて二人の姿を隠してくれる。集落の端まで来た頃、辺りが俄に騒がしくなる。夕闇の中に松明を掲げた人影が増えるのが見えた。
「奴らいないぞ!」
「探せ!まだ遠くには行ってないはずだ!」
その声にシャズが舌打ちをする。
「くそ!ばれるのが早すぎる!」
「わああ!」
二人は走った。今は荷物も無いので前傾姿勢になって四足で駆ける。手が泥だらけになるがそんな事を言っている場合では無い。
「いたぞ!北だ!追え!」
ギィ族の追っ手は早々にシャズ達を見つけた。
「ドーナ、こっちだ!」
シャズは敢えて道を外れ岩山の方角に進路を取る。敷道を行けば小柄な自分達に勝ち目は無い。ならば、小さい方が有利な場所を逃げるべきだ。
「あの岩山だ、頂上まで行くぞ!」
シャズが示したのはごつごつとした岩山だ。頑張って登れば距離を稼げる。匂いを辿ろうとも空中ならば、その術は無いはず。木登りや岩登りはダパの得意分野だ。
「ま、待ってよー!」
だが、問題があった。普通のダパならば、特に苦とする事も無い岩山だが、ドーナがもたもたとしている。
「だから言っただろ!痩せろって!ほら!手を出せ!」
何とか引っ張り上げながら頂上を目指す。すぐ後ろにギィ族が迫っていた。どうやら彼らも岩登りは苦手のようだ。ドーナとどっこいどっこいの速度で登り始める。これなら間に合う!
「大丈夫だ。奴らも上手くいってない。だから頑張れ!」
「精一杯がんばるー!」
垂直方向の追いかけっこはどうやらシャズ達に軍配が上がりそうだった。飛ぶのに十分な助走が取れるだけの広さのある場所が石の上にはあった。ドーナが最後の段差に手を掛ける。シャズは引っ張り上げようとその手を取り、その時視界に鈍い輝きが映った。咄嗟にドーナを横に投げ飛ばす。
「危ない!」
「うわぁ!」
飛んできたのは短剣だ。何とか回避したが、ドーナを下に落としてしまった。ダパならば落下程度では死なない。それを見越しての行動だったが、問題はその落下地点だ。
「残念だったな。このぽっちゃりさんの腹に穴を空けたくなかったらこっちに来い」
シャズの目の前にドーナを捕まえたギィ族の男が登って来た。
「ドーナ!おい!ドーナを離せ!」
「やめとけやめとけ、ほら、この柔らかい腹が裂けちまうぞー」
「待て!分かった!分かったから、その剣を下げてくれ」
男はドーナの腹部に剣を添える。シャズは両手を上げて降参の態度を示す。悔しかったがドーナの命には代えられない。
「そうだ、最初からそうすりゃいいんだ、よ!」
「ぐはっ」
シャズは蹴り倒された。その威力に目が霞む。横倒しになって頭を押さえつけられる。男の他にも何人か近くに寄って来た。
「くっそう……」
シャズは涙を流した。力の無い自分がどうしようもなく虚しかった。こんな人を人とも思わない連中にいいようにされる自分に嫌気が差した。地平線に太陽が隠れ、夕焼けだけが残った。辺りは微かな明かりに照らされている。
「クケェ……間に合ったか」
その微かな光の中に男が一人降り立った。
「ああん?なんだおめぇ!」
「悪党共に名乗る名前はねぇが、聞かれたならば教えてやろう。生まれはテトリア、烏谷。世に名を馳せる瘋癲の渡り鳥たぁ、このビーノ様の事よ!」
「ビーノだぁ?お前があのちんちくりんの鳥野郎だってのか!?」
「ビー……ノ?」
シャズは彼を見た。かなりの大男だ。ギィ族よりも頭一つ大きいその口元には立派な嘴がある。紺色の頭髪と額から美しい一筋の黒髪が伸び、背中に翼がはためいている。衣装も黒で統一されており、その異様は夕闇によく映えていた。
「すまなかった。シャズ、ドーナ。許してくれとは言わねぇ。だが、もうお前達には指一本触れさせねぇ」
「おいおい何言ってやがる。百歩譲ってお前がビーノだとしよう。しかしな、こいつらはお前が差し出してきたんだぞ?今さら助けようなんざ、虫がよすぎやしねぇか?」
「何とでも言え。こちとら、てめぇらがビーノ様を騙したのはとっくにご存じよ。その不義理、軽く見られちゃかなわねぇな」
「ちっ、おいやっちまうぞ」
「「おう!」」
説得は無理だと悟ったのだろう。ギィ族の男達は手に剣や短剣を持ってビーノに襲い掛かった。ビーノはと言うとその攻撃をひらっと躱して少し距離を取る。
「おっと、丸腰を襲うたぁ、誇りってもんが無いのかね」
「しゃらくせぇ!」
剣を持った男が横薙ぎの切り払いを仕掛ける。ビーノは翼でそれを受ける。刃先がもろに羽に当たっている。
「ビーノ!!」
シャズが思わず声を上げるが、ビーノが手で制した。彼の翼が払われ、男がたたらを踏む。
「心配御無用。このビーノ様の体は自由自在。鋼なんぞに負けはしねぇ」
「なんだこりゃ!どうなってやがる!」
「おい!プラクマだ!こいつプラクマ使いだ!」
よくよく見るとビーノの翼が青白い燐光を纏っている。シャズは場違いにもそれが美しいとさえ思った。
「さてさて野蛮な猫野郎共、この翼の餌食になりたいやつからかかってきやがれ!」
ビーノは直立すると、その青白く光る両翼を開き、これでもかとばかりに見せつける。
「ひぃ!やってられっかよ!」
「引けぇ引けぇ!」
ギィ族は正に蜘蛛の子を散らすように岩山を飛び降り始めた。その顔は恐怖に引きつっている。恐慌と言う言葉さえ似合うような態度がどのギィ族の男達にも見えた。やがて誰もいなくなり、ビーノがゆっくりと翼を下ろす。
「クケェ。正直助かったぜ。攻めは得意じゃねぇからな」
「あんたは、ビーノ……なのか?」
シャズのおずおずといった問いにビーノは首肯する。
「そうさ、シャズ、ドーナ。改めて悪かったな。辛い思いをさせちまった」
「いや、それはいい……いや、よくないのか?」
「ビーノかっこいいね!」
ドーナは平常運転だ。ビーノに近付くとその翼にぺたぺたと触り出す。
「そうか、かっこいいか」
「うん。なんか光ってたし」
「あー雑魚共にプラクマまで使っちまった。自己嫌悪するぜ」
「プラクマって何?」
「そう、それだよ。あいつらがプラクマ使いだあって言ってたよな?」
「クケェ……まあ不思議な力だと思っとけ。ビーノ様のプラクマは自由自在なもんよ。こいつを使えばこんな事も出来らぁ」
そう言うとビーノが青白い光を放ちながらたちまち元の渡り鳥の姿に縮んでしまった。
「わあ!」
「一体何がどうなって……」
「世の中道理で説明出来ない事もあるのさ。ほれ、完全に暗くなる前にひとっ飛びするぞ」
ビーノは嘴で器用に服を畳むとひょいと背負い、空へと飛び立つ。シャズとドーナも慌てて後を追って身を投げ出した。暗い茜色の空に三つの影が躍る。するとドーナが滑るようにビーノに近付いて顔を覗き込んだ。
「でもどうして助けてくれたの?」
空中でドーナの問いを受け、ビーノは少し間を置いてこう答える。
「そりゃあ瘋癲の渡り鳥は友を裏切らねぇからよ」
その口振りは恥ずかしそうに、しかし、ほんの少しだが、嬉しそうに見えた。
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