6.故郷の花
ビーノに案内される事二日。食料が心許無くなってきたが、彼が言うにはもうすぐ街が見えてくるとの事だ。しかし、辺りは荒涼としていて街も川も見渡す限りは見当たらない。
「今日はここいらにしとこうや」
「え、もう休むの?」
「がたがた言うない。この先は街道まで一直線よ。明日にはガラスタイが見えるだろうさ」
まだ日も高いのにビーノがそう言うので、シャズとドーナはしぶしぶ従って荷物を下ろすことにする。
「ビーノ様はちょいとばかし道を確認してくらぁ。飯でも食って待ってな」
「はーい」
「早く帰って来ないと飯は無いからなビーノ」
「へいへい」
片翼をさっと上げて、飛び去っていく。
「ビーノ、なんか変な感じだね」
「なんだろうなぁ。昨日あたりからそわそわしてるよなー」
その日は最後の芋を焼いて食べることとする。シャズは律儀に三等分してビーノの帰りを待った。日が暮れ、焚き火の微かな灯りが周囲を照らし始めた頃、闇夜にビーノの羽ばたきが聞こえて来た。
「遅いよー。お芋冷めちゃったよー?」
「いやーわりぃわりぃ。ちいとばかし厄介なのに絡まれそうになってな」
「なんかこの先にいるのか?」
「クケェ、気にするない。ちゃんと撒いてきたからよ。芋貰うぜ」
「どーぞ」
ドーナが差し出した芋を美味そうに啄むビーノはやはりどこかそわそわしている。その様子に何やら胸騒ぎのするシャズであった。
「動くな」
その言葉にシャズが飛び起きたのは夜の帷が降りて随分と立ってからだった。大きな鼾をかいて寝ているドーナの横でうつらうつらしていた時だ。気が付けば目の前に刃先が見える。視線を上げると、宵闇に何人かの人影が見えた。
「見たこと無い種族だな」
「こりゃ久々に売れそうな獲物だ」
「まぁ、売れなくても鉱山行きだがな!」
「ちげぇねぇや」
「「ぎゃははは」」
下卑た笑いが起こり、一人の人影がシャズを抑えつける。抵抗しようとすると、突然殴られた。
「ぐっ」
「おっと馬鹿な事すんなよ?尻尾無しになりてぇか?」
「わあああ何!なんなのー!」
「うるせぇ!」
どうやらドーナがやっとの事目を覚まして、目の前の事態に仰天したようだ。彼もまた無理矢理抑えつけられる。
「た、助けて!シャズ!ビーノ!」
「ドーナ!!」
「早く絞め上げろ!さっさとずらかるぞ」
「おう」
そのまま縄で体をぐるぐる巻きにされ、一団は歩き出す。そうすると一人が松明を点けた。ぼんやりと彼らの顔が見える。先の咎った丸い耳に黒い鼻。笑った口元は横に裂け、牙がのぞいている。その獰猛な瞳は爛々と輝いていた。
「はっ、そうだ、ビーノは、ビーノはどうしたんだ!」
「ああん?ビーノぉ?ああ鳥野郎のことか、ほらそこにいるぜ」
にやにやしながらシャズの縄を持つ男が後ろを示す。シャズが振り返れば、地面を早足で歩くビーノがいた。
「ビーノ!良かった無事で」
「ぎゃははは、こいつまだ分かってないみたいだぜ」
「鳥のおっさん、教えてやれよ!」
「……クケェ」
「なんだ遂に喋れなくなっちまったのか?」
「クケェだってよ!ぎゃはははは!」
「どういう事なんだ?」
「ビーノ!助けてよー!」
「お前らは騙されたんだよ!この鳥野郎にな!」
「え?」
ビーノは下を向いたままとぼとぼと歩いている。シャズは信じられなかった。もしかしたら、もしかしたら道を間違えているのを言い出せないんじゃないか、言うほど近くにガラスタイは無いんじゃないか。それぐらいの違和感だと思っていた。
「嘘だよね?ビーノ?」
ドーナが泣きそうな顔でビーノに向かって呟く。
「……すまねぇなドーナ」
ビーノはそれきり何も言わず、シャズ達は引きずられるように道を行く。夜の荒野は鳴く虫の一匹もおらず、初めての裏切りにあった二人の心のように寒々としていた。
夜が明ける頃には目的地が見えてきた。ギィ族の集落だ。シャズは大人しくついていく振りをしながら情報を集めることにした。歩いている間も犬頭の連中は酒と女の話ばかりだ。その話の中で彼らがギィ族であり、嵐丘周りを縄張りとして悪さをしている一族だと盗み聞いたのだ。そんな事を生業にしている種族がいるなんて思いもよらなかった彼は衝撃を受けた。
「ねぇねぇねぇお腹すいたよー」
「うるせぇ!」
「やめろ!」
ドーナがまた蹴り倒される。シャズが庇うように前に出るとついでと言わんばかりに殴られた。
「うぐ……」
「殴られたくなかったらこいつを黙らせとけ!」
何とか立ち上がり、倒れたドーナの様子を伺う。
「ドーナ、今は従おう。逃げるチャンスは絶対あるから」
「……シャズ、僕負けたくない」
「ドーナ……」
「殴られて従わせられるなんて、そんなの間違ってる」
「俺だってそうさ」
シャズは彼らの立ち振舞いを見ていた。力が全ての種族なのだろう。仲間内でもお互いを警戒している。そこに漬け込む隙があるような気がする。
「行くぞドーナ。絶対に逃げ出してやる」
「うん。分かった」
その様子をビーノは最後尾から静かに見ていた。
「これで借りは無しだぜ」
「おうよ。また獲物を見つけたら知らせてくれや」
「もうそちらさんとは仕事はしねぇや。後味が悪くてかなわねぇ」
「そうかい。ま、構わないがな。どうだ一杯飲んでかねぇか」
「いや、今日中に街に帰る」
「つれねぇなビーノ」
「クケ」
ビーノは族長に挨拶するとガラスタイに向かって飛び立った。ちらっと集落を振り返る。発端は荷運び中の事故だった。ビーノは旅のついでに手紙や軽い荷物を運んで生計を立てている。ある時、ギィ族の依頼で売り上げをガラスタイの元締めに届ける仕事を請け負った。ところが街で目を離した隙に売り上げを盗まれてしまい、その償いとして人攫いの片棒を担いだのだ。
「ふぅ」
しばらく飛べはガラスタイの街が見えてくる。後方に大河を背負った城壁のような造りの街壁に囲まれた要塞のような都市だ。トリアン大陸を代表する街でもある。大河に面した辺りには港町が突き出し、様々な帆船が停泊している。ビーノは街壁を飛び越えるとそちらの方へと降りていく。一軒の宿へと入ると、翼を納めた。
「あ、ビーノさん!おかえりなさい!」
「ナルカ嬢預けてた荷物はあるかい」
「大丈夫ですよ。お部屋はそのままです」
「ありがとうよ」
ビーノは礼代わりに翼を上げ、自分が借りている部屋へと向かう。元々は未開の地を旅する為の拠点のつもりで借りていたのだ。件の失敗があってから何度か立ち寄る必要が出た為、長期で部屋を押さえていた。たが、借りは返した。最早この街に逗まる意味は無い。部屋に入りベッドの下から風呂敷包みを引き出す。荷物といっても本来の着替え一式と小さな巾着しか入っていない。
「クケェ……思ってもみない長居をしちまったな」
巾着だけを取り出し、窓から飛び出した。今日は思いっきり飲みたい気分だった。適当な酒場を見つけてふらっと入る。店員は突然の鳥の乱入に慌てたが、そういう種族だと説明して金を見せれば、バーカウンターに通してくれた。バーテンも気を利かせて葦の茎をグラスにつけてくれた。いい店だなと思いながら、ちびちびと酒を楽しむ。
「お、鳥野郎がいるじゃねぇかー」
突然背後から声を掛けられた。そいつは泥酔しているのか足元が覚束無い様子でビーノに近付いて来る。
「クケェ……マンダか」
馬面のマンダだった。ガラスタイの街で知り合った一人だ。ギィ族共の元締めの下で働いているらしく、情報通だ。お喋りとも言うが。
「なんでぇーとっくに姐さんに焼いて食われちまったのかと思ってたぜ」
「さっき借りを返して来たとこだ。もう狙われる理由は無いんだよ」
「おぉーそうかそうか、じゃあもう会うこともねぇなぁ鳥頭」
「うるせぇな馬面」
マンダは隣に座って来た。今日は一人で飲みたい気分だったビーノは不機嫌になる。
「なぁ、最後にいいこと教えてやるよ鳥野郎」
「クケェ……酒が不味くなる他所にいけ」
「まぁまぁそう言うなよ。お前、上納金がどこいっちまったか知りてぇか?」
その言葉にビーノがはっとマンダを見る。
「ブルヒヒ。気になるよなぁ。そうだよなぁ」
「なんだお前、何を知ってやがる!」
ビーノは思わずマンダに掴みかかるがマンダは鬱陶しそうに手で払いのけた。
「ビーノぉ、お前はよぉ、騙されたんだよ」
「あぁ?」
「お前みたいな鳥一匹に盗人がつくなんておかしいと思わなかったのか?」
「それは……おめぇ……」
「ましてやこの街でレークスの金に手を出して、無事でいられる訳ねぇだろ」
「じゃあ一体……」
「元からおめぇに金を持たせて盗ませる算段だったのよ」
「なんだと!?」
「おかげで美味しい獲物を見つけてくれたみたいだし、一芝居打った甲斐があるってもんだぜ、ブルヒヒ」
「こ、この野郎!」
ビーノは激昂した。マンダは察知していたのかさっとビーノの嘴を避けるとあっという間にその場からいなくなる。
「クケェ!あれが嘘だったんなら借りなんてなかったんじゃねぇか!」
逃げ去るマンダの背中にそう叫び返してその場で項垂れるビーノ。バーテンは何も言わずマンダが残していった硬貨を数えている。
「ちくしょう……」
酒の味も酔いの気分も何も感じなかった。
ビーノはふらふらと宿に戻って来た。その憔悴した様子に宿の店主が心配するが、ビーノは取り合わず部屋に引き込む。しばらくすると、扉をノックする音が響いた。当然無視するが、何回も繰り返す。
「止めろ!」
「私です!ナルカです!お父さんがビーノさんの体調が悪そうだから粥持ってけって」
「……後で食べるから、置いといてくれ」
しかし、気配は去った様子は無い。
「ビーノさん。何かあったんですか?」
扉は施錠されていなかった。ナルカは扉を開けて部屋の様子を伺う。そこには、ベッドに翼を広げて体を投げ出しているビーノがいた。
「何もあるもんか、つまらねぇドジ踏んじまっただけさ」
「よく分かんないですけど……ほら、これお粥です。まだ作ったばかりだから温かいですよ。二日酔いにも効くそうです」
ナルカは湯気の立つお粥を近くのテーブルに置く。
「すまねぇな。本当になんとも無いからよ。大将には礼を言っといてくれ」
「なんだかビーノさんらしくないですよ。あ、そうだ、あの、これ」
ナルカは腰に差していた一輪の花を取り出した。薄紅色の小さな五枚の花弁を持つ可愛らしい花だ。
「こりゃあ……」
「前にビーノさんが教えてくれたサラナの花びらです。ビーノさんの故郷にも生えてるって言ってましたよね」
「クケェ、そう言えばそんなこと言ったかもな」
ビーノはナルカから花びらを受け取った。少し匂いを嗅いでみる。故郷の香りだ。妹が好きで、押し花にして飾っていたのを思い出す。
「パル……」
ナルカはビーノの頬に一筋の涙が流れるのを見た。微笑んで音を立てないようにその場を後にする。一人になったビーノは妹の事を思い出していた。勝ち気な性格だが、いつも家族を第一に考えていた。旅に出る事も彼女にだけには話したのだ。逢いたい。しばらく目を瞑って花の香りに身を任せる。ふと、ビーノは思い出した。
「……そうだよ。約束したじゃねぇか。会いに行くって。あいつらに確かに言っちまった!クケェクケェクケェ!何をやってんだ天下のビーノともあろうもんが。馬鹿野郎にまんまと騙されて、大切な人を思い出させてくれたダチを罠に掛けて、かっこ悪いったらありゃしねぇな!」
ビーノは急いでベッドの下から荷物を取り出し、頬を一つ叩いた。ギィ族は十人はいただろう。あの中から二人を逃がすのは容易では無い。しかし、義理を見て不義理をするのはろくでなしのやる事だ。漢ビーノは違う!まだ間に合うはずだ!
「今いくぞ!シャズ!ドーナ!」
夜も更けたガラスタイの街に一羽の羽ばたきが鳴り響いた。
ギィ族はハイエナです。
ガラスタイはドゥブロヴニクをイメージしています。
毎週火曜日と土曜日更新です。




