5.荒野の獣
ミングの村を出て四日。辺りは草木が疎らになり、生き物の気配が少なくなって来た。
「からっからっだねー」
「乾燥地帯に入ったな。水が心許無くなって来た」
シャズが革製の水筒を覗き込みながら空を眺めるが、天候は晴れ渡っている。雨雲はおろか浮雲一つ見当たらない。
「もう集落も無さそうだね」
「だなー」
ミングの村から現在までに3つの集落に立ち寄った。ムガの人々は総じて親切であり、快く寝床を借りる事が出来た。だが、この先は厳しい荒野が広がる空白地帯だ。
「どこか水源を見つけないとまずいな」
「あるかなー」
「なきゃダパの干物が二つ出来上がるなぁ」
「そんなぁー」
いつもの掛け合いだが、状況は思った以上に切迫している。見渡す限りの荒野は高低があまり無く、ダパの移動術も上手く機能しない。そのせいもあり、あまり距離を稼げていないのだ。
「お」
「どうしたの?」
「見てみろよドーナ、あそこ」
そんな足も重くなるような行程だったが、なだらかな丘を越えた際、シャズの目にある光景が飛び込んで来た。
「あ、水だ!」
そこにあったのは小さな池だった。荒野の真ん中にぽつんと存在するそれは、川へ流れ出すでも無く、雨水が溜まっているだけの文字通りの溜め池である。よくよく見れば、周囲の動物達が水を飲みに集まっているようだ。
「行こうシャズ!」
「気を付けろよ。山狗みたいのがいるかもしれないぞ」
「ひえ、分かったよ」
警戒しながら近づいたが大型の肉食獣はいないようだ。
「この水飲めるかな?」
ドーナが水を掬って多少の濁りがあるのを確認する。
「沸かして飲もう。こんな荒野の真ん中で腹下しは嫌だしな」
山で鍋を無くした二人だが、ゴズが鉄器を用意してくれた、二人分の汁物を作れば一杯になってしまうような小さい物だが、二人旅には非常に重宝している。最初は高価な物だから貰えないと断ったのだが、ムガの村には行商人が来る関係上、かなりの鉄や金属製の道具があり、ダパが思うような高級品とは違うとの事だった。道中で拾った適当な枯れ枝に火をつけ、適当な石を組んだ簡単な竈の上に水で満載の鍋を据える。
「ふんふんふんふんおっみずがのめるー」
「危ないとこだったな」
「僕達ついてるねー」
そんな平和な光景の中、シャズの目の端に不思議な物が映った。
「なんだあれ」
池の縁、草むらに何かが倒れ伏している。
「クケェーお助けをー」
微かに助けを求める声が聞こえて来た。
「大変だよシャズ!誰か倒れてる!」
「あ、待てドーナ!」
シャズが止めようとするのも構わずドーナが走り寄る。仕方無くシャズも後に続く。
それは鳥のようだった。ドーナの上半身程の大きさの体に暗い紺色の羽。黄色の嘴に目の上から黒のラインが一房だけ伸びた見たことも無い鳥だ。
「あれ?誰もいないね」
「こいつを置いてどっか行ったのかな?」
そこには人っ子一人いない。二人がきょろきょろと辺りを見渡していると、声が足元からした。
「クケェ……どこ見てやがる」
「え、喋った!?」
「うわぁ!?」
声の主は確かに足元の倒れ伏した鳥だった。驚きのあまり二人は飛び退く。だが、弱った様子のその鳥を見て再び覗き込んだ。
「腹が減って動けねぇ……」
「お腹が空いてるみたいだね」
「はぁ……しょうがないな」
シャズはそう言いながら、道中で確保しておいた縋虫をバッグから取り出す。
「ほら、食べろ」
嘴の近くに持っていくと、突然飛び上がり先程の様子が嘘のように元気に啄みだす。
「ほぅほぅ……クケェ。中々だがもっと美味いもんは無いもんかね」
「なんだこいつ偉そうに」
「あ、じゃあほらライム。美味しいよ」
ドーナが親切にライムを剥いて差し出すと、引ったくるようにして咥えて食べる。
「クケェ!酸っぱい!なんてもん食わせやがる!」
鳥はそう言いながらもライムを一飲みし、満足そうに嘴を舐める。そうして、偉そうに目線を上げると二人にニヤッとした笑みを見せつけた。
「で、お前は何だ?ただの鳥じゃないよな?」
「クケッケッケ。よくぞ聞いてくれた!日陰にいようともこの黒羽は隠しきれねぇ。北はグレートランドから南はトリアンまで世界に名を轟かす瘋癲の渡り鳥たぁこのビーノ様の事よ!」
ビーノは口上を言い切り、両羽を腰につけて胸を張った。
「わぁー」
「どうどうどう」
ドーナは一人拍手をしている。ビーノは嬉しそうにそれに答えている。シャズはビーノの事を置いてさっさとここを立ち去りたくなって来た。偶々助けた奴が頭のおかしい鳥だったなんて……。
「ほう、するってぇとお前らは二人でグレートランドを目指してるってぇ事かい」
「グレートランド?目指してるのはウィズダムだぞ?」
「かぁー知らねんだなぁ。ウィズダムてのグレートランドてでっけー島にある国の名前よ!」
「えーそうなんだぁ」
水を沸かしている脇で三人は少し話をする事になった。ビーノによれば、風向きに沿って東に飛んでいたところ、オアシスを見つけたので立ち寄ったのだそうだ。ところが水を飲もうと水場に近付いたら毒虫に刺され身動きが出来なくなり、三日もここで苦しんだ。そうして飛び立つ体力も無くなり、行き倒れのような状態になったらしい。幸い、痺れは取れ、問題無く動けるようになったようだが。
「まぁこのビーノ様も行った事は無いがな」
「ふーん、そうなのかぁ。それにしても、ビーノってなんだかドドランみたいだね。物知りだし、ぶっきらぼうだし」
「確かに似てるかもな」
「クケェ!やめろいやめろい。このビーノは天下に一人よ。どこぞの何某と一緒にするんじゃあねぇ」
ビーノは羽を振りながら芝居臭い仕草で否定する。そうゆう所もドドランにそっくりだとシャズは思った。
「なぁビーノ、俺達ガラスタイに行きたいんだ。この道を真っ直ぐ行けばいいって聞いたんだけど」
「ガラスタイだぁ?あーそりゃあ……道を間違えてるぜ」
シャズの問い掛けにビーノが歯切れ悪くそう答える。シャズは訝しんだが、ドーナがすぐに食いついた。
「え、この道じゃないの!?」
「こいつはヂマスの街への道だ。内陸のドマ共の住処よ。お前らがこんにちはと行った日にゃあ、美味しく頂かれちまうぞ」
「うひゃああ」
「正しい道はこっちじゃないのか……」
ドマ族がどういった生き物なのか分からなかったが、食べられてしまうのなら、このまま行くのはよろしくない。
「クケ、しょうがねぇなぁ。このビーノ様が案内してやろうじゃねぇか」
「え、本当!?」
「それは助かる。人を助けてみるもんだな」
そう言うとビーノが胸を強く叩いて任せておけと続けた。
「一先ず道を少し戻りゃ正解を教えてやるさ、さぁ水を補給しな、出発するぞ!」
「うん!」
「おう!」
ビーノが空へと飛び上がった。風を切って旋回する様は正しく渡り鳥のそれだ。ダパも空を滑る事は出来るが、あのように自由自在に飛び回る事は出来ない。シャズとドーナは羨ましそうにその姿を眺める。
「見えたぞー!その岩を左だ!」
「分かったー!」
「岩……あれかな?」
ビーノが分かりやすく岩の真上をぐるぐると回るので二人もすぐ分かった。よく見れば道と分かるような獣道が続いている。
「本当にこれか?」
「でもビーノはこっちだよって言ってるよ?」
半信半疑ながらもその道を進んでみる事とする。それは渓谷のような道だった。しかし水気は無く、きり立った断崖が続いている。
「クケェ。こいつは雨季になると川になるのさ、そいつが岩を削ったって訳よ」
いつの間にか地上に戻っていたビーノがドーナの肩に止まりながらそう教えてくれた。
「雨季って事は雨が降るのか?」
「そうさ、そりゃもうたんまり降るのさ。見渡す限りの平地が水の底よ」
「ちょっと想像つかないな」
「こんなにからっからなのにねー」
それから半日、シャズ達は日が暮れる前に野営をする事にした。荒野は不毛な大地だが、枯れ枝には事欠かない。素早く焚き火を作り、夕飯の準備をする。
「「いただきます」」
今日は芋焼きだ。ムガ族が大切に育てていた芋を少し分けてもらったのだ。虫を食べるよりも栄養価が高く、腹も膨れる為、ドーナも好みらしい。
「あつっあつっ」
「冷ましてから食べろって」
「クケェ、お前達は呑気なもんだなぁ。そんなんで大陸を縦断しようとはなぁ」
「ビーノはいいよな。その気になれば、何処までも飛んでいけるじゃないか」
「どこまでもか、そうよなぁ……渡り鳥はそうでねぇとなぁ」
「?」
ビーノが何かを考えるように星空を眺める。彼はライチが気に入ったらしく、先程からいくつか啄んでいたが、その嘴を止めた。
「それはそうと、お前達は何で北を目指してるんだ?」
「大婆様がそう言ったんだよ」
「大婆様ぁ?」
シャズは簡単に今迄の事情をビーノに話した。御神木が枯れ、五人がウィズダムを目指す事になった経緯をだ。
「ほう、知恵の実。クケ、そりゃダビツの事だな」
「え、何か知ってるの!?」
「知ってらあな。タビツてのは神様の恩寵よ。人を人足らしめる魅惑の果実。魂の源とされてる」
「それをウィズダムに取りに行かなければなんないんだ」
「クケェー。中々難儀な旅だねそれは。てぇことは境海を越えなきゃいけねぇ訳だ」
「その為にガラスタイで船を探すつもりだ」
「クケェクケェ、それでガラスタイにねぇ……」
ビーノは聞き上手だった。促されるままにラパラの暮らしや、家族の事、旅の展望についてとめどなく語り明かす。シャズとドーナはこの物知りでぶっきらぼうな渡り鳥がすっかり好きになっていた。
「ビーノは家族はいないの?」
「家族か……」
ドーナの無邪気な問いに陽気な渡り鳥はニヒルに笑う。
「生憎独り身だがよ。可愛い妹ならいるぜ」
「妹か」
「お転婆な奴でなぁ、随分とひやひやしたもんだ」
シャズは弟の事を思い出して少し感傷に浸る。
「故郷に残してきたが、今頃どうしてるか……クケェ、幸せならそれでいいんだがなぁ」
「会いに行ったりしないのか?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ。こんなどうしようもない兄貴なんざ会いたくもないだろうさ」
ビーノは翼をひらひらと振りながら、ライチの皮をぽいと投げ捨てる。その様子にシャズとドーナは顔を見合わせた。仕方無くシャズはバッジの話をする。
「あのさ、俺にも弟がいるんだ。まだこれくらいしか背がないけど、最近生意気言うようになってさ。またそれが可愛いんだけど」
「バッジはちんちくりんで可愛いよねー」
「クケェ。お前にも兄弟がいるのか」
「家の事は任せたぞって旅に出る時に言ったら、泣きべそかきやがって」
「ケケ、慕われてるじゃねぇか」
「でも最後はキリっとした顔で、兄ちゃんが帰って来なくても母ちゃんは僕が守る!って言うのさ。それ見たら、何としても帰らなきゃって思いにさせられたよ。だからじゃないけど……」
シャズはビーノを見て真剣な顔をする。
「ビーノも妹さんに会いに行くべきだと思う」
「なんでぇ、その話はいいんだよ」
またビーノは翼をひらひら振る。
「大切な家族なんだろ?」
「クケェ、少なくもこちらはそう思ってるがな、あっちがどう思ってるかなんて分かりゃしねぇ」
「ビーノかっこ悪いね」
「そうだな」
「クケェ!!なんだと!?」
「だって相手に嫌われてるかもしれないから会いに行かないって男じゃないよ」
「うっ」
ドーナの一言にビーノは憮然とした表情になる。
「いつも自信満々な癖に家族の事になると気弱になるなんて男じゃないな、確かに」
「ク、クケェ……」
シャズの追い打ちに目を瞑って震えるビーノ。
「僕だってシンリーちゃんに告白して断られるかもしれないって思うけど、想いは伝えなきゃ!何もしないより随分いいよ!」
「ドーナの言う通りだ。ビーノは怖がりだ」
「そうだそうだ!臆病渡り鳥だ!」
シャズとドーナの怒涛の責め苦にビーノはふるふると震えて、カッと目を見開いた。
「クケェエエエ!!黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!分かったよ!帰りゃいいんだろ!帰ってやるよ!」
そう叫ぶと、翼を広げて飛び立つ。しばらくそうして周囲を飛び回って、しばらく立つと地上に降りてきた。
「まぁ、ガラスタイまでの案内はしてやらあ。そこでオサラバだからな」
「はは、素直じゃないなぁ」
「また怖じ気づいたら言ってね!僕達が励ましてあげるよ!」
「うるせぃやい」
「ドーナの言う通り、助けてやるよ。頼ってくれよな?」
「ふん!」
シャズは意地悪な笑みでビーノを茶化す。叫び倒したのが恥ずかしいのかビーノはそっぽを向いて寝てしまった。シャズとドーナは笑い合ってハイタッチした。シャズは思う。そうだ、家族が離れ離れなままなのは悲しいじゃないか。だから、ビーノも妹に会いに行って欲しい。そう強く願った。
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