4.ムガ族
夢を見ていた。ラパラに帰る夢だ。長い旅を終えて帰って来たシャズ、しかし誰も迎えてくれない。不思議に思いながら家に帰ると誰もいない。シャズは家族を探しに森へ行く。そこに一匹の小動物が現れた。人懐こく寄って来る。思わず抱き上げ、その耳に飾りが付いている事に気付いた。それは母さんがよく着けていたお気に入りの……。
「……うわぁ!」
目が覚めた。一刻過ぎて、今のが夢であった事に思い当たる。
「なんて夢だ……」
シャズは麦藁の上に寝かされていた。簡単な木組みのベッドだ。
「おう、目が覚めたかい」
シャズの叫び声が聞こえたのだろう、顔を見せたのは一人の男。右の角の骨飾りが特徴的な立派な体格のムガだ。
「ここは……」
「ミングの村のはずれさ。おいらはゴズ」
「ゴズ……あんたが助けてくれたのか?」
「そうさ、森を歩いてたら、あちこち傷だらけのお前さんが落っこちてたんだ。聞いたぞ、シャズてんだろ」
「なんで知ってるんだ?」
感謝を口にする前に警戒が前に出る。シャズはムガ族の村に入った事は無い。
「お前さんの連れが見舞いに来たからな」
「見舞い……はっ、俺は何日寝てた」
「三日ってとこか?連れの連中は先に行くって言ってたぞ」
「そう……か」
いつ目覚めるか分からないシャズを待つより先を急ぐ事を優先したのだろう。しかし、皆無事で良かったとシャズは胸を撫で下ろす。
「いてて……」
「無理をするな、肩の出血と全身の打ち身だけでも重傷だ。しばらくは動けないぞ」
体を起こそうとすると全身に痛みが走った。シャズは大人しく体を横たえる。
「なぁゴズさん……ありがとな。見ず知らずの俺を助けてくれたばかりか、こうやって面倒見てくれて」
「なに、出てった息子のベッドくらいいくらでも使ってくれ。それより、お前さんらは山を越えて来たんだろう?」
「そうだよ。途中で山狗に襲われて……」
「そりゃ時期が悪かったな」
「え?」
「雪が解けると山狗は徘徊して獲物を探すのさ、長雨があったろう」
「ああ、あった。丸二日降った」
「あれが夏の終わりの知らせでな。しばらくするとまた雪が降り積もる。その短い間を狙って山狗は縄張りを変えるんだ」
つまり襲われるべくして襲われた。助かったのは運が良かっただけ、そうゴズは言っているのだ。
「ゴズさーん。薪置いとくよー」
シャズがもう一眠りさせて貰おうと、積み藁に体を預けていると、表から非常に聞き馴染みのある声がした。
「おーう。ありがとよ。それよりこっち来い。相棒が目を覚ましたぞ」
「え、ほんと!!」
そのずんぐりむっくりの体を精一杯揺らしてドーナが現れた。顔を合わせると感極まった表情で飛びついてくる。
「しゃずー!良かったよー!」
「いて!いてて!ドーナ痛い痛い!」
「山狗に向かっていくなんて、僕もうシャズが死んじゃったと思って!」
「分かった!分かったから!」
執拗に抱擁をしようとするドーナを引き離し、何とか落ち着かせる。
「それより、どうしてドーナがいるんだ?先に行ったんじゃなかったのか?」
「二人は先に出るって言ったけど、僕は残ったんだ。だって僕の相棒はシャズだもん」
「そうか……ありがとなドーナ」
「どういたしまして。だからさ、早く治して出発しなきゃね!」
「まぁ今日のところは安静にしときなさい。ほら、虫煮を作るからドーナも手伝ってくれ」
ゴズが居間から声を掛けてくる。確かに腹は空っぽだ。認識した途端腹の虫が鳴いたのをシャズは感じた。
ゴズの虫煮は絶品だった。柔らかく煮られた縋虫はほくほくで、シャズとドーナは取り合うように鍋を空にする。
「それだけ食い気があるなら大丈夫だな。だが今日の内は寝てるに越したことはない」
「美味い虫煮だったね!」
「ああ、ゴズさんありがとう」
「はっは!ダパは虫煮が本当に好きだな。ムガのやつらはあまり食わんのだがな」
「あんなに美味しいのにねー」
ゴズはどうやら独り身らしい。子供達が一人前になり妻には先立たれ村の外れで果樹を育てて暮らしているらしい。
「どんな果物を育ててるんだ?」
「ふっふー。僕は見せて貰ったもんね」
「この時期はライチだな。ほら、食後に一つ食べるとさっぱりするぞ」
ゴズはシャズにライチの実を投げ渡す。真っ赤な実を手で剥くと瑞々しい真っ白な果肉が現れる。頬張れば微かな酸味と香るような甘味を感じた。
「うっま」
「そうだろうそうだろう。今年は出来がいいからな。村の皆も楽しみにしとるんだ」
その日はゴズの言う通りベッドで大人しくしている事にした。その夜、虫が鳴く声を聞きなかがら、シャズは助かった事実に感謝したと同時に旅立ちで早速躓いてしまった事に落ち込む。
「二人はもう随分先に行ったのかな……」
ロンズとドドランはきっと上手くやるだろう。だからと言ってシャズ達がウィズダムを目指さない理由にはならない。
「よし。行ける所まで行ってやる」
翌日の朝、ドーナと合流したシャズはゴズの案内でミングの村へとやって来た。ミングは長閑な景色が広がる農耕の盛んな村だ。丘を覆うように麦畑が広がり、丘上にはいくつかの民家が建っている。初めて見る他種族の村にシャズは感動しながら歩を進める。そんなシャズの背中には新しいバックパックが備えられていた。ゴズの好意で一つ譲って貰ったのだ。本当に気前の良い男である。ちゃんとダパの体に合わせて、首下げ式の立派なやつだ。
「あれが村長の家だ」
「おっきな家だねー」
ゴズに村長を紹介して貰う事にした。シャズとドーナにはダパラ以外の地理は分からない。その知恵を借りに来たのだ。
「村長!客人だ!」
ゴズが家の扉を叩くと角の無いムガが姿を表した。
「おや、可愛らしいダパの子達だね。ゴズもいらっしゃい」
「メグさん、村長はいるかい」
「沐浴しに泉に行ってるよ。中で待っておいで」
「悪いな。これ村長に土産だ」
「ほお、今年のライチは中々大振りじゃないか」
ゴズが籠一杯のライチをメグに渡すと嬉しそうに笑みをこぼす。
「失礼しまーす」
ドーナは遠慮せずに村長の家に上がり込む。シャズもメグに礼をしながら入らせて貰う。村長の家は天井の高い平屋だった。家の中央に竈門と食卓を兼ねた大台が置かれ、その周りに土椅子が盛られている。ラパラでは見ない造りの家屋だ。
「ほら、そこに座りな」
そう言いながらメグが竈門に茶釜をかける。ムガはリザの葉を粉末にして、それに熱湯を注いだものを好む。
「いただきます」
彼女の淹れてくれたリザ茶は濃い味だった。落ち着いた一同が他愛ない会話をしていると、立派な角のムガが家に入ってくる。何故か上裸なので、その逞しい体をこれでもかと見せつけている。
「今、戻ったぞ!」
「おかえりなさい。あんたお客さんだよ」
「おお、お前さんが死にかけてたダパだな!?」
大柄なムガは笑顔を浮かべてシャズに近寄る。小柄なシャズと比べるとその大きさが一層際立つ。
「えっと、あんたが村長さん?」
「おうよ、ミング村のカムラだ。よく来たな」
「俺はシャズだ」
「シャズ、歓迎しよう。あの玄祥山脈を越えて来たのだろう?立派なもんだ!」
カムラはがははと笑いながらシャズの怪我していない方の肩を軽く叩くとメグが差し出した上着を羽織る。どかっと音を立てながら、土椅子に座り込んだ。
「さて、おいらに話があるんだろ、言ってみろ」
「ねぇ村長さん、僕達北に行きたいんだ。どうにかならないかな」
「ああ、話はお前らの友から聞いているぞ、しかしなぁ……」
ドーナの遠慮の無いお願いに、しかし、カムラはどうしたものかと思案顔になる。仕方無くシャズが質問を投げ掛けた。
「ロンズ達はどうしたんだ?」
「おお、あの二人か、実はな……」
カムラの話ではどうやら二人は行商人のキャラバンに同行していったようだ。ミングの村に行商人が来るのはこの時期だけらしく、千載一遇を逃すわけにはいかないと、泣く泣く二人で出立したらしい。
「もう商人さんは来ないの?」
「難しいな。今年の取引は終わっちまった」
「この村から北に行くと何があるんだ?」
「いくつかのムガの集落と荒野ばかりだな」
「荒野を越えたら?」
そこでカムラとゴズが顔を合わせて顰めっ面をする。シャズとドーナはどういった反応なのかと訝しんだ。
「おいら達ムガってのは故郷を離れる事は無い。だから、俗世には疎いと思って貰っていい。だが、そんな出不精のおいら達でも荒野の先に何があるかぐらいは知っている」
カムラが地面に何やら描き出した。玄祥山脈の上にミングの村、そして荒野を書いて、さらにその上に二本の線を引く。
「河がある」
「川?」
「そうだ」
「川ってことは橋が掛かってる所があるのか?」
「橋ときたか!ははははっ」
シャズがそう言うと、カムラとゴズが笑い出した。むっとするシャズに軽く謝り、ゴズがカムラを促す。
「くくっ。いや笑ってすまんな。確かに橋があれば解決だがな」
カムラが線を片方消してもう一度引き直す。それは手の太いムガの掌よりも幅がある。
「そうだな、お前達には想像出来んだろう。水平線の彼方に対岸の見えない、そう大海のような河幅を持つ……これを大河と呼ぶ」
「大河……」
「こいつは南の半島と中央大陸を分かつ境界線でもある」
「大陸」
シャズ達には想像の埒外のスケールだ。カムラは二本の線をとんとんと指で示しながら言った。
「そうさ、お前達はこいつを渡らなければならん」
「難儀だぞ、河幅の割に流れが速く、船頭泣かせと言われる」
「なんて河なんだ?」
「中央の連中は境界の海と呼んでいるらしいが、ムガはこう呼ぶ、ヨンガラ、とな」
「ヨンガラか」
話を聞くにヨンガラを越えるならば、ズマの民が持つ帆船が必要らしい。それでなければ、西へ迂回し外洋を渡る船を見つけるしかない。
「いいか?お前達はここを目指すのだ」
カムラが指差したのは荒野を越えた先、ヨンガラの河岸に丸を一つ描く。
「道を違えなければここに街がある。ガラスタイの街だ。街に行けば、河を渡る船を見つけることが出来るだろう」
「ガラスタイの街だな」
「そうだ。すまないがおいら達もそれ以上の事は知らなんだ。あまり役に立てずにすまんな」
「そんな事ないよ村長さん!僕らだけだったらどの道を行けばいいのかすら分からなかったんだから!」
「ドーナの言う通りだ。ありがとうカムラさん。ゴズさんも、あんたは命の恩人だ」
「気にすんな。それより折角拾った命を蔑ろにすんじゃねぇぜ」
「ふふっ、父ちゃんと同じ事言ってる」
「そりゃあいい親父さんだな。おいらのように男前だろうさ」
その言葉に一同が大笑いして、場は解散した。
シャズとドーナの目指すべき道は示された。目指すは荒野の街ガラスタイである。
「ドーナ、シャズ。達者でな」
「「お世話になりました!」」
翌朝、出立をゴズさんが見送ってくれた。シャズは感謝の思いで頭を下げる。彼が瀕死のシャズを拾ってくれなかったら今頃は野垂れ死んでいただろう。採れたてのライチも沢山貰ってしまった。いつか恩返しにお土産を沢山持って訪れなきゃ。シャズはそう強く思った。
村の川辺で沐浴をするムガ達に手を振りながら、シャズとドーナは旅立つ。微かに道と分かる道を辿り北を目指す旅の再開である。
「ふんふんふーん。今日はお散歩びよりのてんてん天気のはれっぱれー」
「なんだ、随分ご機嫌だな」
「だって美味しいライチも沢山貰ったし、ムガの皆いい人ばっかだったし」
ドーナは陽気な足運びでシャズの前を歩いている。
「いいとこだったよなー」
「ねー」
「はれっぱれー」
「はれっぱれー」
ドーナの陽気がシャズに移り二人は並んで道を行くのだ。
ムガ族は水牛の獣人です。
毎週火曜日と土曜日更新です。




