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2.五人の旅立ち




 社の中を静寂が支配していた。大婆様の言葉は族長の言葉よりも重い。則ち、これは決定事項。だが、シャズは困惑していた。大凡信じられないような内容であり、しかし、その証明は御神木が枯れ果てるといった形で現れている。


「何故、子供達なのでしょうか」


 発言したのは、ロンズの父親である丘向こうの村長をしているモーンだ。大婆様は目を伏したままで、答えず、代わりにゾーガが返答する。


「子供では無いだろう。彼らは成人している」


 確かにシャズやドーナは昨年十二歳の成人を迎えた。村では大人として扱われている。


「しかし、あまりにも」

「神の掟なのだ。その年の成人を迎えた者五人をウィズダムへ向かわせる。これをもって試練とする。そう決められている」

「そんな……」

「私も族長として歯痒いのだ。未来ある若者達を帰り着くかも分からぬ旅へと送り出さねばならんのだからな」

「……一年しかないんですか?」


 シャズはゾーガでは無く、黙して座る大婆様に落ち着いた声で聞く。


「知恵の樹が枯れた地から叡智の輝きが残るのは月が十二巡る間のみ。後は……我らは野山に帰るのみよ」


 大婆様はそう言いながら目を開くとシャズを見た。その目は不思議な輝きを持っていた、諦めや悲しみでは無い、明らかに陽の光が見て取れる。


「生きて帰るのだ、ダパの子らよ」


 その小さな呟きは、シャズの胸に一つの火を灯した。




 村へ帰ると準備はすぐに進められた。シャズも家族や友への別れを済ませ、荷造りを行う。そしていよいよ明日に出立するとなった夜。家の屋根で谷の灯りを眺めていると隣にダダが立っていた。カップを差し出されたので、受け取る。母親が淹れたリザ茶だろう。まだ冷めていないその温もりが夜風に冷えた体に沁みる。


「なんだ、家出小僧も一丁前に寂しいのか」

「何年前の事を掘り返すんだよ父ちゃん」


 ダダは軽く笑うと、隣に座る。


「お前は昔から外の世界に憧れてたよな。まさか、こんな形で村を離れる事になるとはなぁ」

「嬉しいよ。嬉しいけど……」

「……背負うものが重いか?」

「……うん」


 ダダは俯いたシャズの肩に手を置き、軽く握る。


「気にするなとは言わねぇ。お前の肩にはダパの全てがかかってるからな」

「う……」


 ますます固くなるシャズの肩を解すようにダダは二回軽く握った。


「俺にもあったぞ。そんな時がよ」

「え?」

「俺が人生で一番の宝物を手に入れた日だ」


 ダダは星空を眺めながらリザ茶を啜る。


「やはり、母さんのリザ茶は最高だな」

「父ちゃんはどう思ったの?その時」

「うーん。責任の大きさに驚いた」

「なにそれ」


 息子の呆れたような目に、ダダは苦笑いを返す。


「準備が出来ていなかった。心も体も。今のお前と一緒だ」

「それは……」

「男にはそうした決断や覚悟を迫られる時がある」

「うん」

「いいか、迷って悩んでもいい。でも逃げ出すなよ」

「母ちゃんからよく逃げてる父ちゃんは?」


 茶化すとぽかりと頭を殴られる。


「いてぇ!」

「そりゃあ逃げてるんじゃねぇ。戦略的に撤退してるだけだ」

「どう違うってのさ」

「女からは逃げたっていいんだよ」

「なんだよそれ」

「お前も嫁を貰えば分かる」

「候補すらいないっての」


 誤魔化されてご立腹のシャズの様子にダダはからからと笑う。立ち上がり、去り際にシャズに振り向いた。


「宝物ってのはお前の事だシャズ」

「え?」

「無くしたりするんじゃねぇぞ」


 シャズの手にあるリザ茶は、ほんのりと温もりが残り、彼の手を温め続けていた。




 翌朝、日が昇る前に惜しまれながら村を立ったシャズとドーナはダパタンの北で他の三人と落ち合った。


「よろしくな」

「こっちこそ」


 ロンズと気さくに挨拶を交わす。


「熊腹のドーナじゃねぇの。相変わらずの恰幅だな」

「やめてよぉ」


 ドーナのお腹をぽんぽんと叩くのはドドランだ。一方、マルマは何も言わず不満気に先に歩き出してしまった。その様子に、シャズはロンズを見る。


「なんだありゃ」

「マルマは結婚が決まってたからな、行きたくないのかもな」

「へー、もてる男の憂鬱か」

「不貞腐れてるのさ。それよりお前ら山越えの準備は大丈夫か?」


 ラパラから大陸中央部へと向かう為には、幻祥山脈を越えなければいけない。それは行商人や冒険家ですら諦める道なき道を行く道程だ。山脈の尾根廻りには夏のこの時期ですら雪が積もり、人の行く手を阻む。


「一応考え得る限りの冬装備は用意して来た」

「こんなに暖かいのに必要なの?」

「おりゃあ山の兎狩りしてるが、山はさみぃぞ〜」

「道なんて無いしな。取り敢えず道なりに行けば、麓に山小屋があるらしい。そこで一度装備を確認しよう」


 五人は歩き出した。一日歩き、適当な場所で野営をする。ダパの旅は高低を上手く使う。高所へ向かって歩き野営をし、朝の出立と共に空を滑空し距離を稼ぐのだ。この動きにより並の獣人では真似出来ないような距離を移動出来る。野営で特に役に立ったのがロンザが持ち込んだ青銅製の鍋だ。ラパラでは貴重であり、家と同じくらいの価値がある。時期村長として期待されている証だった。

 

 歩き出して三日。山影が近付き見上げる程になった頃に小さな山小屋が見えてきた。利用する者等ほとんどいないのだろう、所々屋根に穴の空いたボロ小屋である。五人で協力して屋根に応急処置を施す。


「まぁ、こんなもんか」


 雨季の終わったこの時期は雨など降らないだろうが、風が通るのは堪らない。最南端に位置するラパラは夏のこの時期でも涼しい。夜は冷えるのだ。


「外には簡単な竈もあるし、鍋も置いてある。助かるなこれは」

「疲れたよぉ。ご飯にしようよ」

「縋虫(すがらむし)捕まえといたからこれを煮て食おう。ドドラン薪を頼む」

「よしきた!」


 手早く夕餉の用意をし、車座になって食べる。話す内容と言えば専らどこの娘が可愛いだとか、来年の祭りはどんな御役目だとか、身近な事ばかり。寂しいのだろう、歳若いダパ達はこれからの旅路を思い、故郷を惜しむばかり。


「俺はここに残る」


 ひとしきり食べ終え、片付けるかと立ち上がった時、マルマがそう口にした。


「残る?」

「どういうこった、マルマ」


 予想もしなかった発言にシャズとドドランが聞くと、マルマは苦しげな表情で疑問を投げ掛ける。


「俺には大婆様の話がどうしても信じられない。だって俺達は産まれた時から二本足だし、話す事だって出来るじゃないか!?」

「話を聞いて無かったのか?それは神の恩寵があるからだろう」

「嘘だ!百歩譲って知恵の実の話が本当だったとして、その役目を終えたから枯れたんじゃないのか?木が一本枯れたからと言って、俺達が獣になっちまうなんて、そんな馬鹿な話があるかよ!」

「それは……」


 マルマの悲痛な叫びにロンズが口を開くが、その勢いは止まらない。


「この旅自体無茶苦茶だろ!山を越えて大陸を渡って北の果てに行く?そんな事無理に決まってるだろうが!」

「マルマ落ち着け」

「落ち着いていられるかよ!お前ら分かってるのか!?俺達は何の力も無い小獣人だぞ!?」


 マルマの言葉にシャズ達は苦虫を噛み潰したような顔になる。そう、皆分かっているのだ。これが無茶な旅だなんて事は。ドーナなど聞きたくないとばかりに耳を塞いでいる。


「それでも行かなきゃいけない、と思う」


 シャズが絞り出すように口にした。


「どうしてそう思えるんだ。知ってるか?大陸人にとって一番大切な物が何なのか」


 マルマの問い掛けに皆が顔を合わせる。誰も分からない。彼らはラパラを出た事は無いし、外の人間との関わり等、無いに等しい。


「金ってやつさ。昔船に乗って大陸に渡った事のある叔父さんに聞いたんだ。大陸人は金とやらを手に入れる為に生きて、死んでいくって。俺達はそんな事すら理解出来ない。とても旅をするなんて無理だろ!」


 金ならば、シャズも見たことがある。村長が管理していて外船との交渉で使っていたはずだ。しかし、それが何故大事にされるのか、どんな価値があるのかすら若いシャズ達には皆目見当がつかない。


「俺は無駄に死にたくない。だからここに残る。幸い、ここは生活するのに最低限のものは揃ってる。一年暮らすのには困らないだろ。一年たって俺達に何も無いって分かれば、ラパラに帰れるはずだ」


 そう言って、マルマは小屋に戻っていった。残ったシャズ達は誰も話す事は無かった。改めてこの旅の過酷さや厳しさを目の前に突きつけられて、打ちのめされていたのかもしれない。沈黙だけが、満天の星空の下を支配していた。


 翌朝、マルマは起きて来なかった。少し出立を待ったが、出てくる様子は無い。やがて日が中天にかかり、日差しが山峰を照らし出す。それは時間が来てしまった事を示していた。シャズ達は諦めて歩き出す。ダパタンを出て四日。一人欠け四人での旅路を再開した。




 幻祥山脈はその険しさも然ることながら、連なる峰々が続き、踏破するには困難が付き纏う。雪の浅く積もった岩肌がその厳しさを教えてくれる。


「さむーい!」

「だから、言ったろうよ」


 ドーナの悲鳴にドドランがすかさず返す。歩き出して半日、日が暮れ始め、一行は野営地を探していた。日が陰るとたちまち気温は下がり、夏毛のシャズ達にとっては寒くて堪らない。仕方が無いので、パタグマの毛皮を羽織ることにする。ごわごわとした毛皮は歩くのに非常に不便だが、体温を保ってくれる。


「ロンズ、ここらへんにしよう。日が落ちたら歩くのは無理だ」

「そうだな。よし、あの窪地に野営しよう」


 正直に言えば、シャズは山を侮っていた。雪が積もるとは言え夏の間ならばと思っていたが、実際は山歩きの為に用意した皮製の脚履きすら岩肌の冷たさを伝えてくる。


「明日には尾根に上がれるだろう。低木が生えている高さにいるうちに薪を集めておきたい」

「まさか薪を担いで行くの!?」

「当たりめぇだドーナ。おめぇどうやって暖を取るつもりだったんだ」

「身を寄せあって?」

「馬鹿言うな。凍え死んじまうぞ?」


 ドドランの脅しにひえぇと声を上げながら、跳び上がるドーナに、シャズ達は思わず笑ってしまう。その後は二手に別れて、薪を集める。


「みてみて!沢山集めたよ!」

「バッカ野郎!生木じゃねぇか!どうやって火を起こすってんだ!」


 結局、ドーナは終始ドドランにどつき回されていた。


「四日分てとこか。これ以上は運べる量を超えるな」


 集まった薪を見ながらロンズが推し量る。


「問題は四日で抜けられるか、だな」

「そりゃあ杞憂だぜシャズ。うちの職長は三日あれば十分だって言ってたぜ」

「それは慣れた人ならそうだろうが……」

「いざとなれば飛んで安全地帯まで下がるのはどうだろう?」

「やめといたほうがいい。寒さで縮んだ飛膜じゃあ、あっちゅうまにお陀仏だ」


 ドドランはそう言いながら自分の飛膜を毛繕いしだした。確かに冬の間は空を飛ぶことは滅多に無い。姿を見れば物好きだと笑い飛ばすくらいだ。


「マルマは本当にあそこで一年過ごすのかな」


 ドーナはその事で頭が一杯らしい。先程から炙った干し肉に手を付けていない。


「残った意気地無しなんざ考えるこたぁないやい」

「……そうだな。今はこの峰を越える事だけを考えなければな」

「賛成だ。ドーナあんま気にすると腹が縮んじまうぞ。ほら早く食えよ、明日は早いからな」


 シャズの言葉にドーナは頷いて干し肉を一飲みする。


「分かった。沢山食べる」

「待て待て、食料は限りがあるから、落ち着け!」


 二人の掛け合いにロンズとドドランも大笑いする。そこには、辛く、厳しい旅も自分達ならばきっと越えて行けるだろうと、そう思えるような、確かな希望が表れていた。

毎週火曜日と土曜日更新です。

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