10.襲撃
出港して三日目の朝。深夜から早朝に掛けてがシャズの見張り番の日だった。これまでの二日間はこれと言った問題も起こらず平和なものだ。眠い目を擦ってネストの上で周囲を眺める。見渡す限りの水平線だ。間もなく日が昇る。このバダロナ号は夜間は錨を下ろして停泊しているので、警戒するのは近付いて来る船だけだ。交代の船員が来るまで何とか起き抜いてこの日の仕事は終わる。
「おやすみ」
まだ寝ているドーナに声を掛けて、寝床に横たわった。
突然の振動に目が覚める。
「何だ!?」
「シャズ起きて!敵襲らしい!」
「何だって!?」
ドーナの知らせに飛び起きる。周りの船員は手に短剣や棍棒を持って甲板に向かっている。シャズとドーナもその後を追った。甲板上は混乱していた。船尾から煙が上がり、サブマストの先端が折れている。あまりの状況にシャズは体が固まるが、横から手を掴まれ、引っ張られる。
「シャズ、ドーナ無事で良かった」
シィリンが二人を抱き留めていた。
「うぐ」
「く、苦しいよシィリン」
「ご、ごめん」
シィリンは慌てて二人を離す。
「これはどういう状況なんだ?船長は対策があるって……」
「相手の方が上手だったね。敵船に火砲が積んであったのさ」
「火砲?」
「中央で最近開発された武器らしい。よく燃える液体を固形化して撃ち出すそうだ。何で海賊如きがそんな物持ってるかはさておき、この状況は不味いよ」
シィリンのその表情がシャズを緊張させる。
「俺達はどうすればいい?」
「……実はさっきからネストの監視員から応答が無くてね。敵の位置を把握出来てないらしい。この混乱の中、あそこに登れるズマはいない。でも、君達なら」
「……分かった」
シャズはメインマストを見上げた。他の箇所に比べてメインマストにはあまり損傷が無い。敢えて避けている可能性がある。しかし、梯子は途中で外れたままだ。そこを登るのは不可能だろう。現在、逃げる為に帆を張っている。つまり、ロープは伸びたままだ。ならば、登れる。シャズは駆け出した。
「無茶だよ。シャズ」
「何言ってんだ。ダパなら登ってみせろ!」
ドーナが躊躇する中、シャズはロープに取り付く。船が左右に揺れるが飛膜を上手く使ってバランスを取る。一気に駆け上がるとネストの中に人影が倒れている。その額に矢が突き立っていた。目を見開いたまま事切れている。
「うっ……」
思わず吐きそうになるが、何とか耐えた。
「おーい!大丈夫かい!」
下からシィリンの心配そうな声が響き、顔を出して手を上げる。今は怯んでる場合じゃない。シャズは顔を上げると辺りを見回した。見える限りでは二隻の船が後方から迫っている。しかし船足はこちらとそこまで変わらないようだ。距離が縮まっている様子は無い。
「このままなら逃げれるぞー!」
声を張り上げて、後方を示す。チーフが上甲板で手を上げている。伝わったようだ。安心したところに風切音が聞こえた。反射的に身をかがめると頭上に矢が突き刺さる。
「ふっふっふぅ!」
心臓が早鐘を打っている。危なかった。この距離で狙ってくるなんて、先達が殺られたのも理解出来る。
「シャズ!大丈夫!?」
何とドーナも登って来た。転がり込んで来て立ち上がろうとしたので、シャズは咄嗟に伏せさせた。
「矢が飛んで来るから頭を下げろ!」
「うわ、うわわわ」
足元の死体を見つけたのかドーナが震えている。
「こ、この人死んでるの!?」
「そうだよ。追いつかれたら皆こうなる」
「ひえっ」
頭の先をネストから出して後方をもう一度確認する。距離が少し離れたように感じる。
「良かった。これなら逃げれるぞ」
「あ!シャズ!シャズ!」
「何だよドーナ」
ドーナが執拗にシャズの肩を揺する。あまりにしつこいのでドーナが見ている方向に向き直る。それは前方右、トリアン大陸の大地が彼方に見えるシルエットに黒い影が浮いている。船影だ。
「てきせーん!右前方!」
すぐさま下に向かって声を張り上げる。その声に船長が反応して船首に向かって行く。遠望鏡を覗いて、すぐさま指示が出た。
「取舵ー!右舷バリスタよーい!」
船が左に旋回を始める。右舷甲板のバリスタが五人がかりで用意された。
「あーこれは不味いかもねぇ」
「うわっ」
「シィリン!?」
何故かネストにシィリンまでいる。いつの間にか一緒に下を覗き込んでいた。
「旋回した分、船速が落ちたから追いつかれちゃうかもね」
「ここからどうなるの?」
「乗り込まれたら白兵戦だけど、多分あちらの狙いは王子だろうね」
「え?」
「どういう事だ?」
「最新鋭の装備に、用意周到な罠。うーん、謀略の臭いがするかも」
「そんな!?」
「王子を差し出したらもしかしたら命ぐらいは助けてくれるかもしれないけど」
「僕はやだよ。誰かを犠牲にするなんて」
「俺もだ」
ドーナとシャズの純真な瞳をシィリンは見た。その瞳には曇りが一切無い。シィリンにとってそれは羨ましくまである。
「まぁ、王子の護衛の人は相当強そうだから、何とかなる可能性もあるけど」
「ヤスマさんか」
「そうだよきっと大丈夫だよ」
「そうだね。そうならいいね」
三人は高所から事の成り行きをじっと見つめるしか出来なかった。
バリスタが放たれた。流石の射程を誇り、敵船の甲板に突き刺さる。
「駄目だ!次だ!腹を狙え!」
チーフが指示を出している。バリスタは装填が素早く出来ないのが難点だ。弦を引き絞り、弾体をセット、狙いをつける。これで三工程。その隙に敵船が見る見る迫って来る。シャズが後方を確認すれば、船尾辺りに既に敵船の船首が触れる距離だ。敵船の船員が鉤爪の付いたロープを用意していた。あれで引き寄せる気だろう。
「後ろー!取り付くぞー!」
その声に船員達は手に武器を持ち白兵戦の準備に入る。包囲網は形勢された。右前方の船は並走に入り、船体をぶつけてくる。後方も挟み込む形だ。
「俺達も戦おう!」
「うん!」
「こらこら、待ちなさい」
勢い込んでネストを降りようとしたところでシィリンに首根っこを掴まれた。
「君達は武器も持たないんだよ?どうやって戦うつもりだい?」
「でも、見てるだけなんて!」
「はあ、良かったよここに来て。二人なら飛び込んで行く気がしたから。ほら、ここをご覧」
シィリンがネストとマストの接続部にある箱を開ける。中には二本の小弓が入っていた。矢もいくつかある。
「ネストにはこういう時の為に武器があるんだ。弓は使った事はある?」
シャズは狩りの手伝いで何度か触らせて貰った事がある。ドーナは全くの経験無しのようだ。
「じゃあ、シャズ一本渡すよ。いいかい、渡って来る敵を撃つんだよ。やりあってる敵を撃つと味方に当たるかもしれないからね。ドーナは周りを見ていてね。船が三隻だけとは限らないから」
「うん、分かった!」
敵が板を掛けてくる。船員が外そうとするが矢を射掛けられて未遂に終わる。戦いが始まった。
シィリンの弓の腕前は一級品だった。的確に渡し板を駆ける敵を撃ち抜いていく。シャズは上手く当てる事が出来ない。何が違うのかじっと観察しても分からない。
「当たらない……」
「当たらなくてもいいから撃つんだ。一人でも怯んでくれたら儲けものさ」
シィリンは間髪入れず矢を射かける。船員達も荒事には慣れているようで、形勢は膠着していた。そんな状況が一変する。三隻目が接舷を行い、一人の男が乗り込んできた。それは風体を見るにグリーア族の戦士のようだ。周囲の船員を一薙ぎで切り飛ばし、有り余る膂力を見せつける。
「なんて力!」
「あれはプラクマの恩恵を受けているかもね」
「プラクマだって!?」
シィリンの言う通り、常人では考えられないような立ち回りだ。またたく間に客室までの道を切り開いていく。
「そんな物かあ!強者はおらんのか!」
その覇気に慌てたチーフが指示を飛ばすが男は止まらない。その時、客室に通じる扉から一人の男が現れる。ヤスマだ。
「待たれよ!!」
その一言で、グリーア族の男が歩みを止めた。
「そこにおわすはルルド将軍とお見受けする」
「ふむ、如何にも。儂がルルドだ」
ヤスマの問いに堂々と答える。その顔には微塵も動揺が見えない。
「このような蛮行を将軍ともあろうお方が何故されるのか」
「その問いには答えかねる。儂の狙いはラムダ王子ただ一人。差し出せばその方らの命までは取らぬ」
「世迷言を。王子の護衛がそのような選択をするとお思いか」
「それもそうか……ふむ。ラムダ王子よ!聞いているのだろう!今投降すれば、他の者達には手を出さぬ。出てきてはくれまいか!」
出てくる理由が無い。そう誰もが思ったが、客室への扉が開かれた。予想に反して、巨体を揺らしたラムダ王子が現れる。
「王子!?」
「いけません!」
船長とヤスマが口にするが、王子がそれを制した。
「叔父上。これは兄上の指示ですか?」
ラムダ王子の問いにルルドは黙して答えを返さない。
「分かっています。貴方は忠義の人だ。それが誰の命であっても貫き通すし、喋らないでしょう」
「……ラムダ」
「いいのです。私にも矜持があります。自らの力でこの窮地を脱してみせます」
「……違うのだラムダよ。このような手しか取る事の出来ない叔父を許してくれ」
「何を?叔父……う……」
「どうされた!?」
突然ラムダ王子が膝をつく。喉を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。ヤスマが慌てて容態を確認した。
「お前の実力はよく分かっているつもりだ。だから搦手を使った。ミラ、ご苦労だった」
「とんでも御座いません」
「何だと!ミラ貴様!!」
ヤスマがミラに詰め寄ろうとするが、ルルドが立ち塞がる。ミラは海賊の間に消えた。
「安心しろ、殺しはしない。生きて連れて来いとの命だからな」
「ルルド将軍、これは恥の上塗り以外の何物でもない!」
「軍人とは命令を第一に守るものだ」
「ならば、これ以上の問題は無用!」
ヤスマは両の手に剣を抜く。どちらも曲刀である。さらに背中から二本の曲刀が浮き上がって来た。
「剣が浮いてる!?」
「珍しいプラクマだ。ああやって超常の力を示すものもある」
「シィリンはよく知ってるねー」
「ははは、年の功さ」
計四本の曲刀がルルドへと襲い掛かかる。だが、ルルドはその巨躯に似合わぬ素早い捌きで四本の変幻自在の曲刀を弾き続けていた。
「素晴らしい技だが、何分、操るのは人よ。視線を追えば攻め手が読める」
「そんな、馬鹿な」
「そして技も、甘い」
「がっ……」
ルルドの大剣がヤスマの隙を突いた。四刀の操作に集中していた彼はその突撃に反応出来ない。振り抜かれた大剣はその額を叩き割った。ヤスマは絶命した。その体をルルドが支え、そっと地面に横たえる。
「最期まで主を護ろうとした忠義や見事。さて、ラムダ王子は預かってゆくぞ」
「待って下さい」
そう発声したのはトーマス船長だ。ルルドはラムダ王子に近付いたその姿勢で船長に向き直った。
「彼は我々の客人だ。触らないで頂こう」
「ほーう。中々気骨のある御人だ。先程の戦いを見て、その言葉が出てくるとは」
「境海の船乗りを舐めて貰っては困る」
船員達はラムダ王子を護る為に壁になる。その顔は覚悟を決めた顔だ。シャズは憧れを持ってその様を眺めていた。自分はあのように人の為に前に立てるだろうか。
「ならば、その意気に応えねばな」
ルルドは大剣を構え直した。双方の緊張が高まっていく。海賊達も武器を構えている。そんな中、ネストの端にシィリンが歩き出した。シャズは何をするのかと訝しむ。
「王子様の事は内輪の事だと静観してたけど、船長達が危険となれば話は違うかな」
シィリンがそう言うと、ネストから飛び降りた。シャズ達ダパならばまだしも彼女は飛ぶ手段を持たない。
「シィリン!!」
シャズが思わず叫ぶが彼女は静かに甲板上に着地した。その様には余裕さえ感じられる。ルルドやトーマス船長も彼女がどこからともなく現れた事に驚いている。
「待ちなさい。私が相手をしよう」
「シィリン!下がっていろ!」
トーマス船長の言葉にシィリンは微笑んで首を横に振る。一方ルルドは驚愕の表情をしていた。
「お主は……麒麟族か」
「如何にも」
「これは驚きだ。このような辺境で幻の一族に出会うとは」
「グリーアの戦士よ。私と決闘をしようではないか、私が勝てば王子を諦め船を引くがいい」
「これは行幸。麒麟と闘えるとは戦士冥利に尽きる」
「では決まりだな。聞いたな!助太刀無用!」
シィリンは髪を纏めると軽く首を振る。ルルドは大剣を構えて微動だにしない。二人は一定の距離を置いて対峙した。お互いに口上を述べる。
「グリーアの戦士ルルド」
「麒麟が一角、五里のシィリン」
戦士の口上が終わり、双方がそれを口にする。
「「参る」」
勝負は一瞬だった。ルルドの縦斬りをシィリンが軸足を餌に誘うとそこを起点として回転する。紙一重で大剣が肩を通過した瞬間、シィリンが回転の力で大剣を横に弾き飛ばした。そのまま守られた軸足で深く踏み込み、掌底を腹部に叩き込む。ルルドの巨躯が吹き飛んだ。
「ぐわっ!」
その体は船の甲板から境海上に飛び出し、水上を一度跳ねたのち水没した。あまりの衝撃に水柱が高く噴き上がる。
「ルルド様!」
海賊達は船縁に取り付きルルドの行方を確認する。シィリンは残心をして、彼らを眺めると声高に叫んだ。
「これにて決着した!船を引くがいい!引かぬのならば、私が相手になるぞ!」
シィリンの覇気を含めた声に海賊共が一歩引く。
「ルルドとやらも死んではいないだろう。早く拾ってやれ」
その言葉がとどめだった。海賊達は我先にとバダロナ号を脱出し、元来た船に帰って行く。
「わぁシィリン凄いや」
ドーナの呑気な声にシャズは我に帰る。シィリンの勇姿にシャズは呆然としていた。あの強いと思っていたヤスマが命を失い、その勝者をシィリンが一撃で倒す。信じられないような事が目の前で起きていた。シャズは海賊の行方を目で追うシィリンを見た。
その凛とした佇まいに心が震えるのを感じた。




