11.天秤
襲撃は終わり、消火作業が優先された。それと同時に負傷者の手当てを行う。死者は七名。中にはヤスマも含まれる。一連の作業が終わり、彼らの弔いが行われた。場所は中央大陸側の河岸だ。簡易的な台座に安置された七人は火葬され、境海に散骨される。これは境海の船乗りの習わしで死した彼らの魂は河の底で仲間を護る役目に付くと云う伝承によるものである。
「この度の貴君らの奮闘と助力に感謝する」
ラムダ王子は彼らの骸の前で頭を垂れた。どうやらミラが盛った毒は一時的な物だったようで、半日程で回復した。意識が戻ったラムダはヤスマの亡骸を前に長い黙祷をしていたのをシャズは見ている。
「ワタクシからも感謝を」
戦いの間、一度も顔を出さなかったシルヴァリアも葬儀に出ていた。事の顛末はドーナを呼んで聞き出したようだ。自ら船長に葬儀への参加を願ったらしい。商人と聞いていたが、案外律儀なのかもしれない。
「ここに七名の勇士が果てた。しかし、その魂は英霊となりて、我らを護る事だろう。その意志に祈りをこめて、シャーラ」
「「「シャーラ」」」
シャーラとは中央大陸で信仰される宗教で祈りを意味する。これは事前にシィリンから教えて貰った。火が点けられ、亡骸を包み込む。
「シィリン」
「なんだい?シャズ」
「シィリンなら最初から皆を守れたんじゃないのか?」
シャズの一言にシィリンはしばらく黙っていたが、諭すように話し出した。
「……いいかいシャズ。人には真に護らなければいけないものがある」
「それは、父さんも言ってた」
「ああ、そうだ。それは大切な人の命だったり、ヤスマのように使命であったり、彼らのように職務かもしれない」
「うん」
「私のあの時守りたいものは君達だった」
「俺達を?」
「折角仲良くなった仲間だったしね。でも私が戦場の中心で暴れていたら、きっと君達の命を取りこぼしていただろう」
シャズは飛び込もうとしたのをシィリンに止められたのを思い出した。
「全てを選ぶ事は出来ないって事か?」
「この世の全てを救う事が出来るのなら可能かもね。でも、それは神様にしか出来ない選択だ。何故なら相反する者を救う事は出来ないから」
「敵を助ける?」
「そうではないけれど、近いものかな。シャズ……強い力には強い心が必要なんだ」
「強い心」
「そう、それは選ぶ力。自ら道を選択し、貫き通す心」
シャズはシィリンの言っている事が上手く理解出来なかった。
「君が決めた事を違えてはいけないって事さ」
彼女は微笑むとシャズの頭をぽんぽんと叩く。
「子供扱いするな」
「ごめんごめん」
シャズは恥ずかしくなりながら、シィリンをちらっと仰ぎ見る。彼女はどうやってその強い心を手に入れたのだろうか。その質問に、しかし彼女は答えてはくれないのだろうなと、シャズは思うのだった。
船は航行を再開した。同行者を失ったラムダ王子はよく甲板上にいるのを見るようになった。寂しさがあるのかとシャズは思ったが、どうやら武人としてシィリンと話をしたがっているようだ。だが、彼女は仕事があるからとあまり真面目には取り合ってはいない。彼は元軍人らしく、身の回りの大抵の事は出来るので、お世話役にそこまでの仕事は求められない。シャズはその代わり見張りの当番を多くして貰った。交代人員が減ってシフトが厳しいと思ったからだ。
「こうしてると見張り台の仕事を思い出すな」
「水平線を眺めてると眠くなるよねー」
「寝るなよ。チーフに一呑みにされるぞ」
「ひえっ」
シャズとドーナはネストの上で見張り番をしていた。見渡す限りの水平線が故郷の櫓灯台を思い出させる。シャズが船尾を見下ろすと仮組みのサブマストが頼りなく風に揺れている。そこにラムダ王子がいた。よくよく見れば、シルヴァリアと話をしているようだ。お付きの二人も側に確認出来た。何やらシルヴァリアが得意気に話して、ラムダ王子がそれを聞いている。
「何の話だろうな」
「何だろうねー」
話が終わったのだろう、シルヴァリアが一枚の紙を差し出すが、ラムダ王子は首を横に振り受け取らなかった。すると、彼女の様子が一変した。あからさまに不機嫌になり、苛つきが顔に出る。お付きの二人が前に出て高圧的な態度でラムダ王子に迫るが、彼の首が縦に振られる事は無かった。シルヴァリアは手に残る紙をぐしゃぐしゃに丸めて放り捨てると、その場を後にする。しばらくしてチーフが甲板に現れ、ドーナを呼んだ。
「シルヴァリア様がお呼びだ」
「えー、僕行きたくないなぁ」
「つべこべ言わず行ってこい。お嬢さんの機嫌を取るのがお前の仕事だろ」
「そんなぁ、僕の毛並みはシンリーちゃんのものなのにぃ……」
シャズは身代わりにされては堪らないと、ドーナの背中を押して送り出す。
「うわーん」
ドーナはチーフに両手を掴まれて運ばれていった。アズが交代だと告げに来るまで見張りを続け、シャズがネストを降りるとシィリンに声を掛けられた。一緒に食事をしようと言うので付き合う事にする。この船は客船という事もあり、厨房がある。勿論乗客に温かい食事を提供する為の物だが、余熱でスープを温めるぐらいは許されている。火や水を使えるのも、外洋船なら考えられないような事なのだそうだ。
「海藻のスープは最高だなぁ」
「すっかり好きになったみたいだね」
シャズはスープを飲みながら、その味に感動する。この船に乗って、初めて飲んだ海藻スープの味に驚いた。それまで海藻なんて漁の邪魔になるだけの物だと思っていたが、こんな使い方があるなんて。
「私もこの味は好みだな。乾燥させると日持ちがするし、旨味が凝縮されるらしいよ」
「凄いんだな海藻って」
スープを堪能して人心地付く。丁寧に皿を拭き取るシィリンにシャズは口を開く。
「なぁ、プラクマってのは何なんだ?」
「そうだね……シャズは、ダビツを知っているかな?」
「知恵の実の事だよな?俺達はその実を手に入れる為に北に行くんだ」
「そうだったのかい?なるほど、神の試練を課されている者だったのか……」
「プラクマはダビツに関係あるのか?」
考え込んでしまったシィリンに続きを促す。
「おっと、そうだったね。プラクマは魂と肉体の間にある三つ目の在り方さ」
「在り方?」
「ほら、ここに手を置いてごらん」
シィリンがシャズの手を取って彼女の額に導く。
「これが魂。神から授かるもの」
今度は逆の手を取ってシャズの胸元に持っていく。
「これは肉体。生まれ持つ体。そして……」
シィリンはシャズの両手を自らの角に触れさせる。その角は淡い蒼の燐光を纏っていた。微かに熱を帯びた生命の輝き。
「その間に在るものがプラクマだよ」
「……俺にもプラクマは使えるのか?」
「勿論、誰にだってプラクマはある。魂を持つ者ならね。それが神と獣達とで交わされた契約だから」
「なら、どうして使える者とそうでない者に分かれるんだ?」
「正確にはプラクマは人である限り、発現しているんだよ」
「俺も?」
「そうさ。君と私は違う種族だが、こうやって会話をしているじゃないか」
「そうか!言葉だ!」
「正解。世界の何処に行こうとも、言葉は通じる。これはプラクマの力さ」
シャズはそれが当たり前すぎて疑いもしなかったが、言葉に困ったことが無い。少し考えればおかしいと気付きそうなものなのに。
「言葉は魂と肉体の丁度真ん中に在るプラクマなんだ。だから、生まれたと同時に発現し、物心つく頃には使えるようになる。分かりやすく例えようか、私達はこれを天秤と表現してる」
「天秤って、重さを計る?」
「それだね。左端が魂、右端に肉体が載る。生まれたばかりは釣り合っていてまっさらだ。しかし、成長してどちらかに傾く。すると傾きを自覚出来なくなる」
シャズはシィリンが葬儀で言っていた言葉を思い出した。強い力には、強い心が無ければいけない。
「心と体のバランス」
「気付いたね。そう、そのバランスを、自分の天秤を己の中に築き上げるんだ。己の傾きを自覚している者にだけプラクマが顕著に発現する」
ふとシャズは疑問が浮かんだ。ビーノのあのプラクマ……。
「天秤が傾きすぎたらどうなる?」
「特殊なプラクマが発動する事もある。しかし……」
「しかし?」
「総じて、そういった者は長く生きる事は無い」
「え?」
「呪いのような物さ。傾いた魂に肉体は耐えられないし、逆もまた然り。私が知る限りは短命な者が多いね」
「そんな……」
「シャズ。プラクマは便利なだけの道具じゃないんだよ。魂と肉体に結びついている」
シィリンの真剣な表情がその危険さを物語っていた。シャズは思ってもみなかったプラクマの危うさに躊躇いが出る。だが心は決まっていた。今のままの自分では北の果てに辿り着く事は出来ない。
「それでもプラクマを身に着けたいと思うかい?」
「今の自分に必要なものだと思うから……シィリン、教えて欲しい」
「分かった。では今から君は私の弟子となる。シャズ。君の天秤を共に見つけよう」
こうして、南の果てからやって来た小獣人は麒麟の弟子となった。
夕刻、やつれた様子のドーナが戻って来た。話によれば、シルヴァリアはラムダ王子の護衛と送迎を提案したらしい。しかし、王子はいらぬ世話だと突っぱねたのだそうだ。そんなにべもなく断られたシルヴァリアは相当お冠だったらしく、ドーナの毛はテカテカになってしまっていた。今の今までずっと撫でられていたのかと、シャズは戦慄を隠せない。
「シャズはシィリンの弟子になっんだね。僕が苦しんでいる間にそんな楽しい事になってるなんてね」
「待てドーナ。別に楽しい事じゃ……」
いつになく辛辣なドーナにシャズはたじたじだ。余程撫でられるのが辛かったのだろう。
「ドーナも興味があるかな?」
「うーん。興味は無いけど。シャズがやるなら僕もやりたいなぁ」
「そうか。では一緒に学べばいい」
「え!?」
シィリンの安請け合いに驚くシャズにシィリンは微笑んだ。
「ドーナはシャズが思ってるより適正がありそうだよ」
「何だか納得いかないなぁ」
さっきの葛藤は何だったのかと、シャズは不貞腐れる。
翌朝、甲板には胡座をかいて座る三人の姿があった。基本は自らを見つめ直す事。その為には毎日、心を休める時間を作る事。シィリンの最初の教えである。
「これは何をしているんだ?」
その様が不思議に見えたのだろう。ふらっとやって来たラムダ王子が尋ねてきた。
「拾念と言うものです。王子も御一緒にどうですか?」
シィリンの丁寧な誘いにラムダ王子はやってみる事にした。四人は一言も喋らず、河風に身を任せる。やがて日が昇ると、シィリンは口を開いた。
「目を瞑ると考えに没頭出来る。ジラ教の教えでは祈りは無になり、雑念を払うとあるが、しかし、プラクマは魂と肉体の発露。雑念こそが、その正体。よく考え、迷い、悩む。それこそが力となる。己の存在意義や未来の夢、愛しい者。それらを探しなさい」
シャズは考えた。夢は世界を旅する事だった。その為には故郷を去る覚悟をしなければならなかった。だが、それは思わぬ形で叶った。ならば、今の自分が望むものは何だろう。生き抜く力だろうか、旅を無事に終える事だろうか。答えの出ぬまま片目を開けて隣のドーナを見る。ドーナは寝ていた。その様に笑いが込み上げる。いつも通りの相棒に安心した。
「もう食べられないよー」
「寝言でも飯食ってるのか」
その呟きが聞こえたのか、シィリンがぷっと吹き出す。
「ふふ、ドーナらしいな。悩むより食い気と眠気か」
「いいのか、こんなんで」
「答えが出ているという事だろうさ」
シィリンの楽観的な発言にシャズは呆れた。そんな掛け合いの間もラムダ王子は目を瞑ったままだ。きっと思い悩む事が多いのだろうなとシャズはその生き方に尊敬の念を持った。
船旅は半ばを過ぎたばかりである。
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