飲み込まれる!
地図など見ている暇もなく、とにかく我武者羅に安全な場所を探して皆で走り回った。
しかし、渦や渦の発生だけを注意すればいいのではなく、別の箇所の渦が吸い込んだ物が突然出現するので、これにも注意を払わないといけない。
「うわっ!まただ!」
飛来物が猛スピードでヴァージニア達に向かって来たので、マシューは魔法で弾き返した。
彼は環境に順応し簡単な魔法なら使用出来るようになったようだ。
他の皆はまだのようで物理攻撃で叩き落としている。
「マシュー、お前やっぱりあの時は魔法が出来ないふりしてたんだな」
あの時とはマシューがケヴィン達に魔法を教えてもらった時のことだ。
ジェーンはマシューが魔法が出来なかったと言っていたが、やはり出来ないふりをしていたらしい。
「最近覚えたんだよ」
そのわりに精度がよく、全て命中させているし、最小限の力で効率よく弾き返せている。
誰が見てもその技術に唸るだろう。
「嘘つけぇ。俺達の目を誤魔化せると思ってるのか?」
ケヴィンは剣で次々と木の枝をはたき落とした。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!マシュー君、多分もう少ししたら私も魔法が使えるようになるから、それまでお願いね!」
「分かった!」
ブライアンは拳で岩を砕き、アリッサは折りたたみ式の杖でその砕けて飛んできた石を防いだ。
(アリッサさんも武器を扱えるんだ……。私も魔法じゃなくて、ああいうのを身に付ければいいのかな?)
魔獣使いでも従魔に頼ることなく自分で戦えるのだ。
そしてその従魔はヴァージニアとマシューを乗せる以外に、マシューと共に皆を危険から遠ざけるために必死で道を探してくれている。
(あれ、私何もしてない……)
皆のおかげでヴァージニアは何もせずにブラッドの背に乗っているだけだ。
一応彼女はマシューが落ちないように支えてはいるが、とうめいもマシューを支えているので、おそらく彼女が触れていなくても大丈夫だと思われる。
ヴァージニアは非戦闘員なのでどうしようもないのは分かっているが、情けなくて落ち込みそうだ。
今は落ち込む時ではないので、ヴァージニアはとうめいの負担が軽くなるようにマシューをしっかりと掴んでおくことにした。
「ちょ、何あれ!!」
「嘘っ!」
エミリーとアリッサの視線は渦と渦が合体していく瞬間を捉えていた。
全員が一目散に渦から離れたが、近くにあった他の渦も引き込まれるかのように集まって来ているため逃げるに逃げられない。
合体した渦の威力は倍以上になっており、大きさも先ほどとは比べものにならない。
そしてヴァージニア達にかなりのプレッシャーを与えている。
「どうしても俺達を飲み込みたいみたいだな」
ここまでくると渦には本当に意思があるのではないかと思えてしまう。
一番重くかつ重装備のブラッドに丸まって盾になって貰い、皆はしゃがみ込んで彼の陰に隠れた。
エミリーが結界を張ったので風の威力は軽減しているが、やはりまだエミリーは本調子でないので結界は今にも消えそうだ。
「うわっ、ここだけじゃなく離れた所からも渦が集まって来てるぞ」
間違いなくあの渦が引き寄せているのだろう。
あの渦にはそれだけの吸引力があるのだ。
それにしてもぞろぞろと複数の渦が移動しているのは気味が悪い光景である。
「なぁ、少しずつでも後退出来ないか?」
「腰を浮かせたら風に煽られて渦の中に入っちまうんじゃねぇか?」
十分考えられるが、このままではどんどんと巨大化した渦に飲み込まれるのは必須だ。
選択肢の一つが異常に危険度が高いのならば、選ぶのは危険度が低い方、つまり後退をするしかない。
皆で話合った結果、少しでも隙間が空いたら危険だろうとのことで、一斉に同じ距離だけ後退をすることになった。
「せーの」
一番小さいマシューに歩幅を合せ、マシューの足の大きさ分だけ巨大渦から離れられた。
これを何度も続けると危険地帯から脱せそうな位置までやって来られた。
先ほどまでの巨大渦から感じる緊迫感はなくなり、少しながら希望が見えてきた。
「皆、後少しだ。気を抜かずに行くぞ」
ブライアンのかけ声でまた巨大渦から遠ざかり、皆の表情から緊張感が薄らいだ時だった。
巨大渦とそれに引き寄せられた渦にばかり気を取られており、ある存在を忘れていた。
「うわぁ!」
すっかり油断していたマシューに向かって石が飛んできて直撃しそうになるも、彼の反応速度なら問題なく躱せ、石はブラッドの鎧にカツンと当たった。
しかしマシューが避けた方向が悪かった。
ブラッドの陰から出てしまったのもだが、もっと悪い状況になってしまった。
「おい!そっちは危ねぇぞ!」
ブラッドが吠えたのとほぼ同時にマシューが避けた先に小さな渦が発生してしまったのだ。
その小さな渦は瞬く間に成長して人を飲み込める大きさになった。
マシューの身長体重なら容易いだろう。
「わぁぁああ!」
全員がマシューの名を叫び彼の手か足を掴もうとした。
だが誰も掴めず、皆は空を掻いた。
皆が自分らの手元からマシューに視線を動かすと、すでにマシューの長い三つ編みが渦の中に入って行くのが見えた。
「クソッ!」
ブライアンが飛び込んでマシューの足を掴んだ時には、もうマシュー後頭部が渦の中に引きずり込まれてしまっていた。
「マシュー!全身を強化しろ!それで受け身をとれ!」
「うん!」
ブライアンは力一杯マシューの足を引っ張ってそのまま投げ飛ばした。
投げ飛ばされたマシューは遠くの草むらに落下した。
ホッとしたのは束の間で、今度はブライアンが危険な状況だ。
彼の大きな体が渦の中に入りかけている。
「ブライアン!」
ケヴィンがブライアンを助けようと体が動いたが、ブライアンから制止された。
ケヴィンが飛び込んだらケヴィンまでが渦の餌食になってしまう。
「変な所に落ちないのを祈ってくれ」
「そんなっ!」
悲痛な声が聞こえた。
仲間を失うかもしれないとの絶望の声だ。
何と痛々しい声なのだろうか。
(あ……)
そんな彼らの声を聞き、ヴァージニアの体は咄嗟に動いた。
彼女の魔法が有効になる範囲までブライアンに近寄ったのだ。
いや、近寄らずとも引っ張られるので自然と接近していく。
「ヴァージニア何してるんだ!早く戻れ!お前まで巻き込まれるぞ!」
ケヴィンの声を無視して、ヴァージニアは成功するか分からないのに魔法を発動した。
(ブライアンさんと私の場所を入れ替える!)
渦は何かを吸い込んだ瞬間、ほんの少しだけ威力が弱まる。
その間にブライアンには逃げて貰う。
「なっ!」
「えっ?!」
マシュー以外はヴァージニアが立ち位置の入れ替え魔法を使用出来るのは知らない。
魔法は無事に成功してヴァージニアとブライアンのいた場所が交換された。
ブライアンは尻餅をつき慌てて振り返えると、ヴァージニアが顔から渦に飲み込まれていくのが見えた。
「ヴァージニア!おい!」
ブライアンがヴァージニアの名を呼ぶが、返事はない。
エミリーとアリッサの悲鳴が上げ、ケヴィンが唇を噛んで下を向いた。
「ジニー?」
何も知らないマシューが遠くの草むらから走って戻って来た。
彼は皆の様子がおかしいのに気付き、一同の視線の先に顔を向けると、渦に飲み込まれていくヴァージニアの足を見つけた。
マシューが彼女の靴を見間違える訳がない。
彼は何度も彼女の名前を呼んだ。
「ジニーッ!」
マシューはヴァージニアを助けるために全速力で渦に向かって駆けていった。
大人達が彼を止めようとしたが、先ほどと同じく誰も彼を掴めなかった。
だが、とうめいが懸命に体を伸ばしてマシューの足を絡めとり彼を転倒させ足止めに成功した。
「うわぁっ!」
マシューは受け身や手をつく暇もなく、顔面から地面に叩きつけられた。
「……とうめい、よくやった」
ケヴィンが身を低くしながら小走りで移動し、マシューの上に覆い被さり渦の中に飲み込まれないように庇った。
とうめいはマシューの怪我を治そうとモゾモゾと動いて、彼の顔を治療した。
「うぐっ……ずずっ……ジニー……」
「大丈夫だ。ヴァージニアなら転移魔法で戻って来られる」
憶測の域を出ないが、多分ヴァージニアもそう思ったからこそブライアンと立ち位置を入れ替えたのだろう。
「ジニー……ぐすっ……」
とうめいがマシューの頭を撫でていたので、ケヴィンも真似して撫でてやった。
しかしマシューが泣き止むことはなかった。
ヴァージニアは渦に飲み込まれた!




