猫はもぐもぐする 6
とりあえず、最初から話を聞くことにした。
幸いと言っては何だが、他に客の姿もなく先に事情を聞かされていたらしい店長も快く了承をしてくれたおかげで、清正は常連たちに交じって休憩スペースのテーブルに座った。
「話が長くなると思って、今日は差し入れ持って来たのよ。ほら好きなの取って、取って」
昌子がどんとテーブルに置いたのは、色んな味の餡が入ったパンだった。
「やあ、これは商店街のあんパン屋だね」
好物なのか寛二がホクホクとした顔であんパンの種類を選んでいる。
確かその店は、季節限定の味の餡や通常でも色んな種類のフレーバーの餡を取り揃えていて、地元では人気の店だ。専門店なだけあって、スーパーでお求めやすいあんパンに比べるとややお値段はするのだが、その分手土産としても人気だったりする。
「ただのイタズラ目的だったとしても、わざわざこんなゲームセンターに爆破予告なんておかしくない? って思ったのよ。しかも2度もよ」
パンが皆の手に行き渡ると、昌子が本題を切り出した。
確かに言われてみれば、地方とは言えこの街にだって他に目立つ建物や場所はいくらでもある中、何故このゲームセンターに目を付けたのか謎だった。
やはり何かしらこの場所に思うところのある人物なのだろうか。
そこで、常連たちが思いついたのが寛二の携帯だった。実は寛二は出掛けた際に日記代わりに写真を撮るという日課があった。しかし、携帯こそスマートフォンなのだが使いこなしているとは言い難く、カメラの画面を閉じるのを忘れてそのまま胸ポケットにしまうもんだから、うっかり余計な撮影をしてることがよくあったのだ。
「それでどっかに怪しい人物が写ってないかと思ったのよ」
しかし、実際に爆弾を仕掛けたわけでもないし、メールが届いたのも平日でただの悪戯目的に送ってきただけだとしたら、犯人がわざわざ実際に現場の様子を見に来たりするものだろうか、半信半疑の様子の清正に対して、
「ほら、よく犯人は現場に戻ってくるってやつよ」
自信満々な様子でそう話す昌子。
サスペンスドラマに影響されたような発想だったが、そこで本当に気になる人物を発見してしまったらしい。
平日は年寄りしか来ないゲームセンターの近くに、2度目の予告メールが送られて来た日からたまに30代くらいのスーツを着た同じ男性が写っていたのだ。
ただの偶然かもしれない、けれど常連たちの好奇心に火をつけるにはそれだけで十分だった。
とりあえずようく顔を見てみようと写真を拡大したところ、男性が手に持っていた封筒に社名が入っている事に気がついた。
「その会社ってのが、たまたま俺の通っている病院の近くでよ。診察を待ってるついでに、ちょっと会社の入り口を見張ってたらよ本当にそいつが現れたもんだから、何だか面白くなってきてな」
どうやら則忠は糖尿病の治療で定期的に内科クリニックに通っているらしかった。その割りには普段UFOキャッチャーでよくどら焼きを獲ったり、今も何の躊躇いもなくあんパンを手にしているのが気になった。
「ノリさん……あんパン食べても大丈夫なんですか?」
清正が思わず指摘すると、則忠はハッとしたように手元のあんパンを見つめた。
「いや、これはよ……。その、ちゃんと薬も飲んでるし、小ぶりなサイズだし、もう口つけちまったし……な?」
めずらしく言い訳めいた口調の則忠に、
「あとで血糖値を下げる体操を調べてみるので、一緒にやりましょうね」
ど真面目な清正にそう言われると断りようもなく、則忠は大人しく頷いたのだった。
話が少し脱線したが、とりあえず本題の続きを聞くことにした清正だった。
実際に写真に写っていた人物を発見したことで、好奇心に火が付いた彼らは次の行動に移った。
普段からウォーキング好きな恵子と昌子のペアで、ウォーキングを装って尾行することしたらしい。なぜその二人にしたかと言うと、老女二人だと尾行などと疑われることはないだろうという理由だった。
「昌子さんたら一度やってみたかったって言って、わざわざここのあんパンを買ってきてね」
「だって、張り込みにはあんパンでしょ。探偵ドラマみたいでわくわくしちゃって一生に一度あるかないかの体験だから、奮発しちゃった」
なるほど、だから今日の差し入れもあんパンだったのかとふと思った清正だった。
「でも初日はねぇ、途中で見失っちゃって……」
元気とは言え彼女らも立派な後期高齢者、さすがに30代の男性について行くのは容易な事ではなかったのかもしれない。
「でも、3日目でやっと成功したのよ」
しかし、そんな大変な行動だったにも関わらず、恵子と昌子は何とも生き生きとした表情で語っている。きっと彼女たちにとってそれは大冒険だったのだろう。
そんなこんなで、会社から出てきた例の男性の尾行に無事(?)に成功し、彼がほぼ決まった時間に決まったコーヒーチェーン店に立ち寄ることが分かったらしい。
そこで、今度は寛二と昭雄がそのコーヒーチェーン店に先回りして様子を伺うことになった。
平日にも関わらず店内にはそこそこ客の姿があり、ちらほらとサラリーマンの姿もあるものの、お年寄りの姿も多かった。
そして件の男性がいつも座る2階のテラス席に、2人も座って様子を伺うことにした。
彼はそこでノートパソコンを開き仕事の電話を掛けながら予定を立てていたので、おそらくそれが彼のルーチンになっているのだろう。
正直、常連たちもこの時点では彼が犯人だとは正直あまり思っていなかった。ただの好奇心によって聞き耳を立てていたに過ぎなかったのだが……。
その日、件の男性がいつものように電話をしていたのだが、どうやら通話の相手は仕事関係ではなく気心が知れた人物だったのだろう、ずいぶんと仕事の愚痴をこぼしており、かなりの不満を溜め込んでいる様子だった。
男性は寛二たちが近くの席にいたにも関わらず、老人だと油断していたのだろう。話の流れでネットで悪戯を募集してみたというようなことを、うっかりと口を滑らしてしまったのだ。しかし、流石に少しヤバイと思ったのか、すぐにただの冗談だと言って話を切り上げたのだった。
それを、寛二と昭雄は耳にしてしまった。しかし、録音など何もしていない。スマホにそんな機能があるのをハッと思い出した時には、肝心の男性の話は終わってしまっていたのだった。
結局、疑わしい話を耳にすることは出来たが、これでは何の証拠にもならない。警察に話したところで自分たちの方こそ勝手に尾行したり盗み聞きしたりで、逆に注意されてしまうだけかもしれない。
常連たちは緑道の水上テラスに集まりどうしたもんかなと話し合っていたところに、偶然伸子が通りかかったそうだ。
再会を喜び、軽く近況報告をし合っているうちにその話をすると、なんと例の男性の会社の相談役ということが分かった。
そこで事情を聞いた伸子は上層部に連絡し、社内調査をした結果、発覚したという流れだった。
正直なところ、彼らもちょっと抗ってみようとは思ったものの、まさか本当に犯人を見つけるとは思っていなかった。
途中からはどこか面白がっていたにも関わらず、まさかの連続でまさにジェットコースター並みのスピードで犯人に辿り着いたのだった。
「うちの社員がお騒がせして、本当に申し訳ないわ」
例の男性は以前から再開発の企画を立てていたそうだ。
けれど、経営が良好とは言えないもののまだ一定数の売上げがあり、地域密着型のゲームセンターとして幅広い年代から親しまれていたため、なかなか思うように企画が通らなかったそうだ。
「別に反対しているわけじゃないのよ。彼の企画が素晴らしければ採用したわ。でもね、彼の提案は利便性を追求しすぎて面白味がないというか。一部の人達のメリットしか感じられなくて。せっかく新しくするなら、やっぱり多くの人に喜んでもらえるような場所になることを望んでいるだけなの」
相談役の伸子はすでに経営に直接関わることはなかったが、彼女にとっても少々思い入れのある場所だったためその意向が示された。
けれど、ことごとく企画が不採用にされたことで鬱憤が溜まっていた男性は、軽い気持ちでネットで募集したらしい。
悪戯は1度きりという話だったが所詮は匿名同士のやり取り、相手が勝手に2度予告を送ってしまい、ちょっと心配になって様子を見に行ったところを、偶然にも寛二のカメラに写ってしまっていたのだった。
あとのことは会社の上層部と顧問弁護士に任せるとのことだった。
「今回は本当にありがとう。みんながこの場所を大事に思ってくれててとても嬉しかったわ」
最後に伸子は深々と頭を下げて御礼を述べた。
こうして一連の爆破予告騒動は、ゲームセンターの常連たちのおかげでひとまずの解決を見せたのだった。




