猫はもぐもぐする 5
清正が顔色を変えて立ち去ったあと、常連たちは何となくしんみりした雰囲気でお茶を啜っていた。
「優しい子だねぇ」
すると、寛二がポツリとこぼした言葉に、他の常連たちもふと表情を和らげる。
「こんなジジイとババアどもが集まる場所を、わざわざ惜しんでくれてるんかねぇ」
次いで則忠がわざとそういう風に言うと、互いの顔を見合わせながらくすくすと笑い合った。
清正は勝手に彼らに親近感を持っていたが、常連たちもまた清正を好ましく思っていた。
最初こそおどおどとしていて気が弱そうな若者だと思っていたが、何度同じ事で話し掛けてもいつも真面目に対応してくれるばかりか、ちょっとした世間話にもどこか嬉しそうにはにかみながら聞いてくれる様子が健気に思えた。
以前のアルバイトは若い女性だったが、年寄り相手だからかはなから対応がおざなりで、たいして忙しくもない時に声を掛けてみてもあからさまに不機嫌な態度になり、いつもかったるそうな顔をしていた。
ラジオ体操も声を掛けることもなく、時間が来ればさっさと音楽を流すだけだった。
けれど清正は違った。
体操前には必ず声を掛け、全員が集まるまで待ってくれた。体操も毎回見本として参加するだけではなく、おぼつかない人には座ったままの体制でも出来るやり方をわざわざ家で調べて教えてくれたのだ。
口下手かもしれなかったが、その分黙々と業務をこなしていて、何かと世話を焼いてくれる彼の働きぶりに、店長も「本当に良い子が入ってきてくれた」と常連たちに嬉しそうに話していたのだった。
「長く生きてると何かと見送ることのほうが多くなって……、まあ、生きてりゃそういうこともあるわなぁと思うようになっていったからねぇ」
寛二がそう言うと、周りも同じように歳を重ねてきた者たちなので身に染みてるように静かに頷いていた。
彼らとて少なからず寂しさは感じるものの、長く生きてきた分いろんな別れも経験してきた。若い頃は些細なことにもその都度ひどく悲しんだりしたものだが、歳を重ねるうちに心の折り合いをつけるのがだんだん上手くなっていたような気になっていた。
「でも、たまには足掻いてみるのもいいかもねぇ」
確かに、常連たちは現役時に比べると時間的な余裕はあったが、清正の勝手な想像とは違いそれぞれに長年培ってきたコミュニティもちゃんとあった。
しかし、家族や地域との繋がりは自分たちにとってとても大切なものなのだが、同時にしがらみというものもついて回ってくる。
それも今更どうという事でもないのだが、ただふとそこから抜け出してみたくなる時があるのだ。そんな日常から少し足を延ばしてみた先でたまたま出会ったのが、このゲームセンターだった。
ここで出会った面々は、同じような思いを持った人たちだったのだろう。気軽に世間話はしても互いに深く詮索したりはしない。適度な距離感が保たれたこの空間は、彼らにとってささやかな非日常であり、どこか秘密基地のようでもあったのかもしれない。
清正は早退したあとシフトによる休日を挟んで3日後、気まずい思いを抱えながらも再び出勤した。
けれど、ゲームセンターには常連たちの姿はなかった。ああは言ったものの、心のどこかでまたいつものように声を掛けてくれるのではないかと少しばかり期待していた、清正はひどく落ち込んだ。
まだ、閉店と決まったわけでもなかったのに、不安が先走ってあんなことを言ってしまったばかりに、もう彼らはおのおのが次の居場所を探しに行ったのかもしれない。
どうしようもない寂しさに襲われる清正だったが、しかしそれから3週間が経とうとしたとき驚きの展開が待っていた。
「よう、兄ちゃん。久しぶりだな」
ゲームセンターに姿を見せなくなって3週間が経とうとした頃、常連たちが揃ってゲームセンターに現れたのだ。
「ノリさん! それにみんなも……もう来ないかと」
清正は驚きの声を上げるとともに、久しぶりに彼らの顔をみてホッとしたのか思わず目頭が熱くなった。
「悪い、悪い。ちょっと犯人探しで忙しくしてたんだよ」
そんな清正をよそに、則忠から3週間ぶりの再会の余韻も吹っ飛ぶような発言に清正は目を丸くした。
「え、……犯人ですか?」
きょとんとした様子で、まだよく状況が呑み込めていない清正に、
「ほら、あの爆破予告の」
「え? ちょ……えぇっ!?」
あっけらかんとして話す則忠に、何がどうしてそんな事になったのか混乱していると、
「いや、兄ちゃんがよ、ここが無くなるかもって、あんまりにも寂しそうな顔してたからよ……」
「ノリさん……」
「いや……言い出したのは俺じゃねぇよ。寛二さんがダメ元でもいいからちょっとやってみっかって言ったからで……。俺たちもそこそこ気に入ってる場所だしよ」
目をうるませた清正に対して、どこか照れくさそうにそう話す則忠を他の常連たちもニコニコしながら見ていた。
この前までこの場所を大切に思っていたのは自分だけだったのかもしれないと思っていたが、彼らが犯人探しをしてくれたのは同じように思ってくれていたからだと分かって、胸が熱くなった。
「そうそう。そしたら、ホントに見つけちゃって、もうびっくりよ!」
話したくてうずうずしていたのか、則忠の横からもう我慢できないといった様子で昌子が話し始めた。
「でもねぇ、見つけたのはいいけど、そこからどうしていいか分からなくて。警察に話に行くにも、寛二さん達が盗み聞きしただけで、録音とかの証拠もなくてね……。ほら、携帯で出来るって言っても、普段そんなの使わないじゃない? やり方が分からなかったのよねぇ」
ポンポンと話される内容に、けれどまだ全くそこまでの経緯を知らない清正は全然付いていけなかった。けれど、一度おしゃべりに火が付いた昌子の話は止まらない。
「みんなでどうしたもんかなって考えてたら、そこで偶然ある人にバッタリ会ってね。もう2度びっくりよ!」
「は、はぁ……」
「誰だと思う? ねぇ、誰だと思う?」
キラキラした目でそう問われたものの、昌子の勢いに圧倒された清正が戸惑っていると、
「まあ、まあ。昌子さん、落ち着いて。彼はまだ何も事情が分かってないから」
寛二が助け舟を出してくれた。
「でもよ、兄ちゃんがずっと会いたがってた人だよ」
則忠が含みを持たせた笑みを浮かべると、後ろを振り返って「おーい」と誰かを呼ぶように声を掛けた。
「しばらくぶりねぇ」
そこに現れたのは、何と伸子だった。
「伸子さん!? 何で……そんな……亡くなったんじゃ……」
ずっと姿を見せなかった彼女に、清正はまさかと思いつつ以前則忠が「俺らの歳になると何かあってもおかしくない」という言葉が何度も頭を過っていた。
「あら、イヤだわ。誰がそんな縁起でもないこと言ったの?」
「いやぁ、見かけなくなったからそういう事もあるかもって、悪い、悪い!」
清正がぽろっとこぼした失言にも伸子はニコニコしながらそう言うと、則忠もまたいつもの調子で笑い飛ばしたのだった。
「ちょっと海外に行ってただけなのよ」
「そうだったんですね。元気で……本当に良かったです」
心から心配してくれていた様子に、伸子の表情はさらに柔らかくなる。
「実は彼女、ここの運営会社の相談役なんだって」
「……えぇっ!?」
しかし、再会の喜びも束の間、寛二から聞かされた伸子の正体に清正はまたしても驚くことしか出来なかったのだった。




