猫はもぐもぐする 4
清正は重い足取りで路面電車の電停に辿り着くと、目の前に到着した車両に乗り込んだ。
ぼんやりと電車に揺られながら、彼はふと今自分が乗っているのがネコ電車ということに気がついた。
そして、初めて伸子と出会った日ことを思い出していた。あの日はアルバイト初日で、また上手く馴染めずに辞めることになったらどうしようと不安でいっぱいだった。
だけど、ゲームセンターで出会った常連たちは、こんな自分に気さくに話し掛けてくれた。たとえそれが、ただの店員と客の会話だったとしても、清正にとって彼らとの他愛のない会話はまるで友だちと喋っているかのような感覚で、ぼっちの自分が憧れていた光景があの場所にはあった。
しかし、それはただの独りよがりな思い込みだった。
鼻の奥がツンとしてきて、色々な思いが込み上げてくると同時にジワリと視界が滲んだ、その時だった。
――なぁーう。なぁーう。
降車を報せるいつものくぐもった鳴き声とは違い、近くから妙にはっきりとした鳴き声に、ふと目線を下げると猫の姿があった。
くりくりとした瞳が印象的な、白に黒と茶色の模様をした猫。
電車内に本物の猫? どこから? 驚く清正をよそに、猫はしきりに彼のリュックを嗅ぎ回ったあと、まるで訴えかけるようにリュックを前脚でバシバシと叩いた。
咄嗟に、猫の爪で傷がつくかもと思ってリュックを引き寄せると、
――うぅ、なぁーう。
怒ったように大きな唸り声を上げる猫。姿勢を低くし鋭い目つきでリュックに狙いを定め、「やんのか? やんのか?」とでも言いたげにうずうずしている。そんな臨戦態勢の猫の様子に気圧されながら、そこで清正はハッと思い出したものがあった。
それは、いつぞや伸子にもらった「いりこ」である。確か外ポケットに突っ込んだままだった。もしかして、その匂いを嗅ぎ取り欲しがっているのだろうか。
「ちょ……ちょっと、待ってて」
興奮している猫を刺激しないようそう声を掛けると、リュックの外ポケットからいりこの小袋を取り出した。
あれから日にちが経っていたので一応賞味期限を確認してみる。それから小袋には無塩とも書いてあったので、おそらく大丈夫だろうと思って封を開けた。
座席にそのままいりこを置くのは気が引けたので、手に乗せおそるおそる猫の前に差し出した。
すると、ものすごい勢いで猫が顔を突っ込んできた。
――もぐもぐ、もぐもぐ。
一心不乱にいりこを食べている猫。
ふいに手の平にざらりとした感触を感じて、思わず引っ込めそうになった清正だったが、猫がその手を前脚でガシッと抱きかかえるようにして抑え込む。
さすがに食べている途中で無理に振り払う事も出来ず、そのまま大人しくする事にした。
――もぐもぐ、もぐもぐ。
やがてぺろりと平らげた猫は、満足気に口の周りをペロペロしながら、その場に腰を下ろすとそのまま毛づくろいを始めた。
まるで、この電車内が自分の住処かのようにくつろいでいる。
その様子をぽかんとした表情で見ている清正、不思議だと思っているはずなのに、けれどここにいるのがまるで日常的な光景としてそれを受け入れている感覚もある。
その時、ふと伸子たちがいつぞやこの電車に乗ると願いが叶うみたいなことを話していたのを思い出した。あの時はただのおまじないだと思っていたけれど……。
――もしも、本当に願い事が叶うなら、僕は……。
清正が心の中でそっとつぶやいたその時、ガタンと電車が大きく揺れた。
視線が一瞬外れた次の瞬間には、もう猫の姿は消えていたのだった。




