猫はもぐもぐする 3
「爆破予告で臨時休業!?」
平穏な日々に、まさかの事態が起こった。
「は、はい。実は店のメールに届きまして……。警察にも連絡して施設内と駐車場を見て回ったのですが特に不審物などは見当たらなかったので、たぶんイタズラの可能性が高いとのことです。ですが、万が一のために今日は臨時休業することになりました」
清正は、開店時間になりゲームセンター前に集まって来た常連たちに事情を説明する。
「まあ、この街でドラマみたいなこともあるのね」
最初こそ驚きを見せたお年寄りたちだったが、悪戯の可能性が高いと知るとやがていつもの調子に戻り、常連のひとりである昌子がのんびりとした様子でそう言った。
「せっかく来たのに、このまま帰るのもなぁ」
夫婦で来ていた菱田夫妻の夫、昭雄がそうつぶやくと、
「じゃあ、そこの緑道公園でお茶でもして帰りましょうか」
妻の恵子が提案した緑道とは、ここから少し歩いたところに街中でありながら緑豊かな2kmほどの散歩道が整備されており、その緑道に沿って小川が流れ水上テラスなどもあって、憩いの場として広く親しまれている公園だった。
「相変わらず、仲の良いこって」
「ノリさんも、一緒にどうですか?」
則忠がからかうようにそう言ったものの、逆に誘われてしまい、
「そんな野暮な事はしねぇよ。寛二さんはどうすんだ?」
則忠は肩をすくめながら振り返ると、立っているのがしんどくなったのか街路樹の縁石に腰を下ろしていた寛二に声を掛けた。
「そうだねぇ、僕も今日は帰るよ」
結局、その日はそこで解散となったのだった。
翌日は通常営業に戻り、いつものように集まった常連たちも挨拶代わりに昨日の爆破予告の話題を話していたが10分も過ぎると、あっという間にいつもの日常に戻っていた。
そしてまた、ゲームセンターには代り映えのない日々が続く。そのことに清正は密かに安堵していたのだが、騒動はそこで終わらなかった。
また、その1ヶ月後に2度目の爆破予告のメールが届いたのだった。
ただ、今回も特に不審物などは見当たらずおそらくまた悪戯の可能性が高いだろうという事で、完全休業ではなく1時間遅れで開店することになったのだ。
常連たちもまたかといった様子で、おのおの暇をつぶして開店時間になったらまた戻ってくるといった様子だった。
清正も2度目の予告が少なからず気にはなったものの、常連たちと同じようにそこまで不安に思うこともなく、またすぐもとの日常に戻るだろうと安易に思っていた。
けれど、そんな中めずらしく店長が心配そうな表情を見せながらぼやいたのだった。
「しかし、困ったねぇ。もしかしたらこれを機に閉店っていう事になるかも」
店長からの思わぬ発言に、心臓がドキリと音を立てた。
「へ、閉店……ですか? でも、爆弾予告はただのイタズラなんですよね」
「まあ、そうなんだけどね。うちって普段のお客さんの入りを見たら、すごく賑わっているとは言い難いでしょ?」
「それは、まあ……」
普段の態度からはそういう雰囲気は全く出さずにいたが、やはり店長とてゲームセンターの現状を憂いているのだろう。
「実はね、前々からこの施設を運営している会社内で再開発の話があってね。ほら、駅前にショッピングモールが出来たでしょ? だからここいらも新しくしようって……閉店の話が出たことがあったんだけど、確かその時は上の人の意向があったとかでとりあえず存続する事になって、今も何とかこうやって細々と続けてられるんだけどね……。こんな事が続いてお客さんが離れちゃうと困るんだけどねぇ」
店長の話を聞きながら、込み上げてきて不安に胸が酷くざわついていた。なんの代わり映えのない、ずっと続いていくかのように思えた日々が崩れていくような感覚に恐怖を覚えたのだった。
それから数日、清正は仕事中もどこか上の空だった。そんな様子のおかしい彼に常連たちも気づき、声を掛けてくれた。
「よう、兄ちゃん。何かあったか?」
「あ、えっと……」
しかし、いくら常連たちとはいえ店の状況を客に話すわけにもいかないだろう。
清正が躊躇っていると、
「僕たちに話したところで何がどうなるわけでもないけれど、世間話程度に話すくらいでも気休めにはなるんじゃないかな」
これまで清正は気軽に話す相手もおらず、心配や不安なども全部一人で抱え込んで来た。だから、寛二の言葉に初めて誰かと不安を共有できる嬉しさみたいなものに心が動いてしまった。
清正は彼らに軽く事情を説明した。
「あ、あの……もし、ここがなくなったら皆さんどうするんですか?」
清正はここを自分の居場所のように感じていた。
そして、常連たちもまた他に行く当てのないお年寄りたちで、この場所は彼らにとっても大切な交流の場であり日常の一部になっているんじゃないかと勝手に思っていた。
ところが、
「そうねぇ。前々から民生委員さんにコミュニティセンターの教室に誘われてるし、これを機に一度行ってみようかしらね」
昌子がそう言うと、菱田夫妻も続いて、
「あら、そうなの? 私たちも二人でウォーキングの会に入ってて、そこでボランティア活動に誘われてて……」
「俺もなぁ、孫の小学校で昔遊びの講師だか頼まれててよ。地域貢献ってのもやってみるかねぇ」
清正がここがなくなってしまうかもしれないことを一大事のように感じているのに対して、彼らは何ともあっさり受け入れている様子に、清正は大きなショックを受けてしまった。
これまで清正はどこかぼっちの自分と、他に行く当てがないと思い込んでいたお年寄りたちを勝手に重ねて親近感を持っていたけれど、彼らは自分とは違い普通に居場所があったことに勝手にも落胆してしまった。
「か、寛二さんは……?」
平日はほぼ毎日ここに通っていた寛二なら、少しは自分と同じように思うところがあるのではないかと思い聞いてみた清正だったが、
「そうだねぇ。僕は図書館にでも行って物書きでもしようかなぁ」
寛二にも、あっさりとそう言われてしまった。
――ここを大事に思っていたのは、自分だけだったのだろうか……。
急に彼らとの間に深い溝が出来たような気がして、清正は無言で立ち上がるとふらふらとその場を離れてしまった。
「急にどうした? お、おい、兄ちゃん……」
後ろから声を掛けられたが、清正はそのままバックヤードに引きこもってしまった。
その後、体調不良を理由に早退させてもらう事にした。ここで働き始めてから無遅刻無欠勤で、他のバイトの子が急用で休む時も快く代わりに入ってくれていた。そんな清正が休みたいと言ったのは初めてのことで、店長も何かしら察してくれたのだろうすんなりと了承してくれたのだった。




