猫はもぐもぐする 2
清正がゲームセンターのアルバイトを始めて、3ヶ月が経った。
「よう、兄ちゃん。またメダルの引き出し頼むわ」
清正にそう声を掛けてきたのは常連客のひとり黒川則忠、周りからは「ノリさん」と呼ばれている人物だった。
「は、はい。わかりました。少々お待ちください」
メダルゲームのメダル預入は専用の機器があり、引き出すには登録カードと指紋認証が必要だった。しかし、お年寄りたちはちょくちょく暗証番号を忘れたり、歳を取ると指紋が薄くなっていくらしく読み取り機が反応しないといったこともしばしばだった。
そういう時はカウンターで対応するのだが、身分証の確認をするうちに清正も自然と常連たちの顔と名前を覚えていったのだった。
「あと、UFOキャッチャーの景品どら焼きに戻してくれよ」
店長によると、近年の物価高によりどら焼きの仕入れ値が上がっているらしく、そこで一時的に景品を入れ替えてみたのだが、
「えと……ノ、ノリさんが、ほとんど一発で落としちゃうからって、店長が……」
急にマニュアル以外の話を振られて焦った清正が、いつぞや店長が常連の彼がいとも簡単にどら焼きを獲っていくもんだから「まいっちゃうね~」と冗談でぼやいていたのを、馬鹿正直に言ってしまった。
「悪い、悪い。じゃあ、今度から3回くらいで獲るように気を付けるからよ」
しかし、則忠は特に気にした様子もなく笑い飛ばすとメダルを受け取り、ゲーム台へ向かった。そんな彼の様子に清正はホッと胸をなで下ろすのだった。
主な常連客は他にも、平日はほぼ毎日と言っていいくらい通っている最年長の『寛二』、夫婦でウォーキングがてら立ち寄っている『菱田夫妻』に、大のドラマ好きでおしゃべりな『昌子』、そして清正が電車で出会ったニコニコ老婆の『伸子』などは、週2~3回のペースで通っていた。
常連たちが来るのは決まって平日だった。駅前にショッピングモールが出来て客足が減ったとはいえ、土日になると子どもや若者たちの姿もそれなりに増える。
「俺たちみてぇなジジイとババアばっかりだと、若い子が店に入って来づれぇだろ」
いつぞや則忠が笑いながらそう言っていたことがあった。しかし、休み明けの月曜に休日で貯め込んだメダルゲームの台を選んでいるので、そういう狙いもあるのかもしれない。
最初、お年寄りたちは他に行く当てもなくただの暇つぶしに来ているだけかと思っていたが、彼らは思いのほかゲームをしている時は真剣だった。
特に寛二は普段杖を突きながらヨタヨタ歩いているのに、いざメダルゲームの台につくと先ほどまでの様子が一変する。体の揺れはピタリと止まり、タイミングよくメダルを投下していく様は、まるで達人かのような雰囲気を醸し出している。
そんな男性陣に比べると、女性陣はややおしゃべりの割り合いが多いといった様子だ。
「この前、知り合いから聞いたんだけどね、最近、お孫さんが急に路面電車に乗りたがるようになって、ほら、あのネコちゃんの」
「あぁ、あれね。可愛らしいわよね」
「何でも願いごとが叶うおまじないだとかで、何かと付き合わされてるみたいなのよ」
「あらあら、まあ大変ね~」
「でも、それを聞いてね、何だか懐かしくなっちゃって。車の方が便利になって乗る機会が減ってたけど、またちょこちょこ乗るようになったの」
彼らのための休憩スペースとして店内の一角に用意したテーブル席で、伸子たちがそんなふうに会話に花を咲かせていたのを聞いたことがあった。
最初こそ目の前の業務にいっぱいいっぱいの清正だったが、常連たちからいつも何かと話し掛けられるうちに、たどたとしくもちょっとした会話を交わせるようになり、思いのほか居心地よく働き続けていた。
同世代や少し上の相手だと、学生時代クラスの輪に入れなかったりこれまでのアルバイト先で馴染めなかった経験からか、過剰に意識してしまい余計に緊張して焦って空回りしてばかりだった。
けれど、ずっと歳が離れている彼らに対してはそういう意識もだんだんと薄れていった。清正がうまく返答できなくても、彼らは特に気にした様子もなくいつもの態度で接してくれるおかげで、変に気に病むことは少なくなったような気がする。
そんなある日。
清正はふと伸子がここ2週間ほど姿を見せないことに気が付いた。彼女は週2、3回のペースでここに来ていたはずなのに何かあったのだろうかと思っていると、そこへ則忠がいつものようにメダルの引き出しに来たので、清正は思い切って自分から話し掛けてみることにした。
「あ、あの……ノリさん」
「おう、兄ちゃんから話し掛けてくるなんて珍しいな。どした?」
おどおどしながらも勇気を出して声を掛けると、則忠はすぐさま応えてくれた。
「最近、伸子さんの姿を見ないんですけど……」
「あぁ。そういやぁ、そうだな」
「あの……その、何か知ってますか?」
「いやぁ、知ねぇなぁ。俺たちはここで会って世間話するくらいで、普段どこで何してるとか深く聞いたりはあえてしねえからなぁ」
「そう、ですか……」
「まあなんだ、俺らの歳になると何かあってもおかしくない歳だからなぁ」
さらっと重いこと言われ、清正の表情がやや曇る。これまで常連のお年寄りたちは何だかんだ元気に通って来てると思っていたけれど、あらためて彼らの年齢を考えるとありえなくもないのかもしれない。
ただ、則忠はいつもの調子でそう言っただけで、これが店長相手だったら笑い飛ばして終わるはずが、清正が思いのほか真面目に受け取ってしまったようなので、
「そんな顔すんなって。単に旅行とか行ってるだけで、またひょっこり顔出すかもしれないし、な! これ食って元気出しぃや」
そう清正を励ますと、彼はUFOキャッチャーで獲ったどら焼きを1つくれた。一時的に景品をスナック菓子に変えていたが、則忠が獲ったどら焼きは休憩スペースで皆のお茶菓子としても人気だったため、常連たちからの熱い要望で復活することになったのだった。
休憩時間になり、清正はスタッフルームで則忠からもらったどら焼きをかじった。
伸子の事は少し気になるものの、ここに来る常連たちの良いところはこういうところだと思っていた。
話すときは気さくに話し掛けてくるが過度に詮索してくることはなく、絶妙なラインで会話を切り上げ、自然と互いに適度な距離感を取り合っている。
だからこそ、何となく居心地のよい空間が保たれているのかもしれない。
ここでならこんな自分でもやっていけるのかもしれない、他人からすれば大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、常連たちとのささやかな交流に、清正はやっと自分の居場所みたいなものを見つけたような気になっていた。
彼らとの日々は平穏そのもので、人によっては退屈に感じるかもしれないけれど、清正はそんな代り映えのない日々にこそ安心感を抱いていたのだ。
――伸子さんだって、ノリさんが言ったようにまたすぐ来てくれるかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、小さな不安を押し込める。
しかし、清正の平穏な日々は、まさかの事態によって変わっていくのだった。




