修学旅行の思い出
夜になってもホテルは人の出入りが多く、賑やかだ。
チュルカ様たちの部屋に近づくと、扉の近くの椅子で足を組み、読書をしている女性がわずかに目線を上げて俺を確認する。
胸に手を当てて挨拶すると見なかったふりをして、扉を叩くのも黙認してくれた。一般客にしか見えない夜番の前で扉が開いて、中からアルビオさんが出てきた。
「はいはーい、どちら様?
って、あれ、なんだよエリクセル。忘れ物でもしたのか」
「忘れ物ではありませんが、皆様に改めて本日のお礼をお伝えしようと思いまして。とても楽しい一日でした」
「かーっ、やることが貴族だよなぁ。つまり、あたしじゃ分からないくらい丁寧ってこと。
そういうことなら入れよ。夜の外出は禁止されてるから、部屋で話してただけだからな」
アルビオさんに招き入れてもらうと、ベッドに腰掛けたティフォルナ様とルグリッチさんが話を続けている。
……長い黒髪を下ろしたチュルカ様は、何故か背中から妹君に抱きついて、私服と顔を隠していた。
白髪を解いた名探偵は抱きつく姉姫の腕を軽く叩きながら、空色の瞳を微笑ませる。
「あら、えっちゃん。こんな時間にどうしたの? ……なんてね。本日のお礼を伝えにきたことも全部聞こえていたわ」
「遊びに巻き込んだだけなのに、えっちゃんさんは丁寧な方ですねぇ、って話していたんです。
そうだ、ルーの日焼け薬の文字は見ましたか?」
「綺麗に仕上がっていましたよ。
小さなハートマークが可愛かったですね。良い思い出になりました」
チュルカ様が肩を跳ねさせて震えている。余計なことを書いたことに気づかれたとでも思っているのだろうか。
組み付く姉姫の振動に揺らされているティフォルナ様が苦笑しながら、彼女の腕を叩いてなだめた。
「背中に自分の所有物みたいに名前を書かれても、そうやって笑える余裕がえっちゃんらしいわ。
でもよかった。チューったらさっきから『ハートは嫌だから治しにきたって言われたらどうしよう』なんて隠れて怯えているのよ。ほら、大丈夫だったでしょう? 出てきなさいな」
腕を外された黒髪の姫君がティフォルナ様の後ろに座って、恐る恐る顔を上げた。
怯えていると聞いた通り、自信なさげに黒曜石の瞳が潤んで、お揃いの指輪をつけた指を握りしめている。
「えっちゃん、私に名前を書かれたのが嫌だったら、お願いだからすぐに言ってね。
少し定着してきちゃってるけど、治せる範囲なら今からでも治すからね……っ」
「だめです、これは俺のものです。嫌なわけがありません。
むしろチュルカ様のものだと書いていただけて嬉しかったので、素敵な思い出を作ってくださった皆様にお礼を持ってきたんですよ。それが俺の用です」
ルグリッチさんの隣に座り直したアルビオさんが、寝間着に包まれた長い足を組みながら俺の手元を見ている。
「そういや紙袋持ってるよな。もしかして夜食か何か買ってきたのか?」
「お配りしますので、開けてみてください。
皆様とのお土産探しで見た時から気になっていて、どうしても贈りたくて買ってきてしまいました」
一人分ずつ紙で個包装にされたものを渡していく。
チュルカ様たちは「せーの」と声をかけあって袋を開けたが、手にした小物を見て驚いた。
「わぁ……っ、青い小鳥だ……っ」
感嘆の声と共に、チュルカ様の表情が輝くのが愛らしい。
彼女が口にした通り、小指の爪ほどの青い小鳥が紙袋から出てきた。先端には何かに提げられるように金具も取り付けられている。
ティフォルナ様も手の中に転がった、丸みを帯びた硝子に微笑んでいる。
「可愛いわね……幸せの象徴じゃない。
青い鳥は東方諸国で『幸せはすぐそばにある』なんて逸話もあったかしら。
……まさしく今の私たちね。気の置けない仲間と一緒にいて、幸せだもの」
四人がお互いのものを見せ合うため手を差し出したが、小さな差異があってもほぼお揃いだ。手のひらにいる小さな鳥を見て、アルビオさんが快活に笑った。
「そういえばせっかくの修学旅行なのにお土産ばかりに気がいって、お揃いの小物とか全然考えてなかったよなー」
「みんな好きなの買っちゃったねぇ。でもえっちゃんさんがお礼にくれるとは思わなかったなぁ」
「今日チュルカ様がつけていた、お揃いのシュシュを見て思いついたんです。
宝石が好きな妹がいるんですが、いつも髪にこういった飾りもつけていて、自分でも作っていたので……宝石が揺れるのが可愛いなら、青い小鳥が揺れるのはもっとかわいいはずだと思いまして」
「そっか、これシュシュにつけてもいいねぇ。
今は一緒に海に入ったから、洗って干してる最中なんだぁ。とってくるねぇ」
ルグリッチさんがお風呂場に向かい、アルビオさんとティフォルナ様が小鳥を見せ合っている。硝子製の一点ものだから、少しずつ表情などが違うことに気づいた様子だ。
チュルカ様が小鳥を大切に眺めて、顔を上げた。彼女の薬指に光る空色硝子とは色味が違って、青い鳥には少しだけ緑が混じった千草色になっている。
「みんなでお揃いのシュシュをつけるのも嬉しかったけど、えっちゃんがくれた小鳥までつけたら、もっと大切な思い出になっちゃうね。
えへへ、綺麗で可愛い……! つけるのが楽しみっ」
明るい表情のチュルカ様に、俺も自然と笑顔を返している。
小鳥が足先まで丁寧に作られているのをご友人と見せ合った婚約者が、俺を振り返った。
「そうだ、お揃い……お揃いって、えっちゃんの分は? もう買ってあるの?」
「俺の分、ですか?」
「うん。まだだったら、今日のお礼が私もしたいな……えっちゃんだって一緒に遊んだ仲間だよ、みんなでお揃いがいいよ」
「おっ、それいいじゃん、賛成。
今日は護衛じゃなくて、ただのエリクセルとして遊んだんだからな。あたしらはもう仲間。だろ?」
優しい提案に胸が締め付けられる。
しかし俺も思うことがあって買ってきているから、お土産屋さんの袋を取り出した。
「実は……お恥ずかしながら、俺の分も買ってきてあります。
でもお揃いといいますか、少しだけ違うものですね」
「違うもの?」
「お話の途中、ごめーん。シュシュとってきたよー」
ルグリッチさんがそう言って全員に渡すと、賑やかになった少女たちはさっそく飾りをつけた。
手首にシュシュをつけたティフォルナ様に合わせて、ご友人たちも腕輪のようにしている。
手を伸ばすと、飾りがお揃いのシュシュの下で揺れた。チュルカ様の黒の瞳の中でも、四匹の小鳥が青い光を反射しながら揺れている。
「すごい……揺れるたびにあかりが反射して、小鳥がキラキラしてる……っ」
「お揃いのシュシュだけでも十分に素敵な修学旅行の思い出だったけれど、これを見るとえっちゃんが楽しんでくれたことまで伝わってくるわね」
「じゃあ私、お家にまだ布があるからえっちゃんさんの分のシュシュも作るよぉ。やっぱり全部一緒がいいよねぇ」
「でもルー、エリクセルの鳥は『少し違う』らしいぞ。
そもそも何が違うんだ? ……ははーん、シュシュなんてつけないから、もしかし置物でも買ってきたのか」
「それにしては袋が小さすぎないかしら。……ほらえっちゃん、えっちゃんの分を見せてちょうだい。みんな気になって仕方がないわよ?」
「そうですね、では……僭越ながら……こちらです」
皆様の注目を浴びながら取り出したのは、金具のついた小さな枝だ。
硝子で出来ていて、細い枝にはいくつも葉がついている。
親指と人差し指でつまんで見せる俺に、チュルカ様が黒の瞳を何度も瞬いている。
「小枝? おままごとのおもちゃみたいに、ちっちゃくて可愛いね。
でも鳥じゃないんだ……作りがいいから買ってきたの?」
ティフォルナ様が察したように息を呑むそばで、木の枝を不思議そうに三人の女性が見ている。
「実はこの鳥と一緒に売られていました」
チュルカ様の小鳥に触れると、その足に差し出した。
少しだけ足先が曲がっている小鳥の足に、横から差し込むとはまるようになっている。
枝葉に止まった青い鳥を見て、周囲からも「あっ」と驚く声が聞こえた。
「こうしてチュルカ様のための止まり木として、俺はいつでもそばにいます」
彼女のものだけ足先が軽く曲げられていることに気づいたチュルカ様が、慌てて俺を見上げている。
先ほどまで飛んでいたのに、青い鳥は一匹だけ枝に止まって休んでいる。
恥ずかしいけれど、素敵な作りだと思ったから覚えていた。
「俺はもう大人で、あなた方と一緒に遊びに行ける鳥ではありません。
ですがチュルカ様がいつでも止まれる、安らぎを与えるための止まり木としてはそばにいます。そういった意味で止まり木を選びました」
ティフォルナ様とアルビオさんが口笛を吹き、ルグリッチさんが頷きながら拍手している。
チュルカ様は小鳥が小枝に留まっている姿に改めて自分の手でも触れて、唇をつぐんでいる。黒の瞳が徐々に潤む姿で喜んでくれているのがわかって、俺も安心してしまった。
「こちらは一点ものなので、形が合うのはチュルカ様だけだそうです。店主の遊び心だとか」
「さすがえっちゃんさん。今日一日で色々見てきたけど、チューを口説くのが本当にお上手だよぉ」
「ははっ、いつ見ても熱いから面白いよなぁ。友達の彼氏とか萎縮しそうなものだけど、からかっても笑ってくれるから、あたしらもやりにくくなかったぜ」
「海ではえっちゃんをイタズラに巻き込んだじゃない?
年上の近衛なのに、扱いが同級生のお友達みたいよね、なんてことも話していたのよ」
「そうですよ、エルタニアのお貴族様なら、きっと日焼け薬なんて怒られてしまいますぅ」
「でもえっちゃんは優しいから受け入れてくれたし、アルビオもルーちゃんも、えっちゃんを誘ってよかったって言ってくれて、私も嬉しかった。……えへへ、今日はたくさん、素敵な思い出もらっちゃった……っ」
皆様が腕につけたシュシュを掲げると、鳥が揺れる。
一匹だけ止まり木がついているのを見て、女性たちはまた笑い出した。揶揄われているチュルカ様が真っ赤になっている。




