太陽のいたずら
その後、俺と一緒に過ごしている修学旅行生たちはサイルア観光をし、昼食を有名なカフェで楽しんだ。
予定通り海にも入ったが、女性四人はいま、海水を手ですくってお互いに掛け合っている。
「きゃーっ、もうティーちゃんっ、頭に水かけないでって言ってるのになんでかけるのぉっ、おでこはだめだってばぁっ」
「何を言っているの、前髪くらい後で直せばいいでしょう?
髪型も今日はお団子じゃなく簡単にしてきたんだから、っぷわ!?」
「おっ当たった。へへん、すばしっこさも水の中だと形無しだなぁ、ティー」
「残念、私が見え見えの攻撃を喰らったのには意味があるのよ。
ほらルー、今よ! アルビオに反撃っ」
「えーい。水着は本当に海に流れるのか攻撃ぃ」
「ちょっ、何狙ってるのかと思ってたら短パンの紐っ!?
おいルー、下履いてるからいいけどっ私で実験してくるなよなぁっ」
白い砂浜で荷物番をしている俺にも声が届くくらい、チュルカ様たちは水をお互いにかけて遊び、はしゃぎ回っている。
姫君が海底の砂に足を取られてつんのめり、海に沈むのを見て気が気でないのは周囲にいる護衛の大人たちだ。
俺も護衛を兼ねながら、諸事情により任された別の任務を遂行していた。麦わら帽子をかぶって背中を焼いている。
(つばの広い帽子のおかげで顔が見えないから、先ほどまでのように女性に声をかけられることもなく静かだな……。
何かを塗られた背中が一部だけ暖かいのを日に当てるように言われているが、さて何の薬なのか……なんとなくわかっていても、受け入れた方が面白いと思ってしまうあたり、俺も旅行に浮かれているのかもしれないな)
ルグリッチさんに『魔除けだよー』なんて唆されたチュルカ様は驚くだろう。海の定番だと言っていた通り、定番だ。
父上は女性を侍らせて、こういったこともよくやっている。突然放り込まれた無人島から逃げ帰ったら、一人に一筆ずつ自分の体に書かせているのを見てやさぐれそうになったものだ。反抗期を過ぎていてよかった。
脱がされたラッシュガードは荷物を風と砂から守る役目を与えられた。
俺が上裸になったことで『誰にも見せたくない』と自分でも目を覆いながら叫んでいたチュルカ様のために、今は膝を抱えながら見学している。海から聞こえ続ける潮騒と、楽しそうなチュルカ様の声、風で砂が動く音が心地いい。
(……ああ、次はボール遊びか。チュルカ様がお友達とはしゃいで笑顔だ。
可愛らしい……しかし俺には緊張して、まだ見せてくれない表情だな。……いずれ満開の笑顔を見られる日もくるだろうか……)
時折俺に手を振ってくれるチュルカ様に手を振りかえし、のんびりと日々の疲れを癒す。
やがて疲れ切って海から上がってきた少女たちは、俺の元へ戻ってきた。
タオルを取り出してお配りしたけれど、お礼の声は誰しも息が上がっている。白髪の名探偵が髪を解いて拭き、チュルカ様も渡したものを濡れた顔に押し当てた。アルビオさんとルグリッチさんは受け取るとすぐに背中の方に抜けていくから、きっと出来上がりを確かめているのだろう。
「……つ、疲れたぁ……海って、こんなに疲れるものなの……?」
「野営で川遊びもするけれど、それ以上に疲れた気がするわね……海から出て浮力がなくなると、体が重くてたまらないわ……」
「砂という不安定な足場で、波の水流に常に逆らっている状態ですからね。
……? チュルカ様、何かありましたか。震えていますが、冷えましたか」
「ちっ、ちち、違うのっ、なんでもないっ、なんでもないから気にしないでっ」
「ああ……えっちゃんがタオルを配ってくれた時に、ちょっとだけ肌が見えてしまったのよね。
チューはエイルが上半身裸で練兵場をうろついてても、なんとも思わないでしょう? えっちゃんの水着姿も同じことじゃないのかしら」
「それは……汗かいたから服着てるのやだーってエイルが脱いでるのは、よくあるけど……」
「その冷静さでえっちゃんを見てごらんなさい。ほら、エイルくらい見慣れればいけるわ」
顔を上げた彼女を前にして、楽に座ろうと片足を伸ばしてみる。
冷静な表情なのであぐらに変えようとすると、しかし顔を覆ってしまった。
「筋肉っ、筋肉がぁっ」
「駄目ね。私には父様と似た体つきにしか見えないのだけれど……まあいいわ。
そこの盛り上がってる二人も、仕掛けが完成したんでしょう? チューに見せる?」
「最高の出来だから、早く明かそうぜ。チュー、一個いいこと見せてやるよ」
「いいこと?」
「ほら、金髪イケメンの背中に回ってみな」
何も知らないチュルカ様が背中側に回る。
すると、彼女が砂の上に崩れ落ちた音がした。震える手が膝を抱え直した俺の背中に軽く触れている。
「待って待って、これ……私が魔除けに書いた名前っ!?」
自分の彼氏だと署名させられていたのが、日焼け跡として浮き出たらしい。
実は少しだけ海に入ろうとしたが、荷物置き場を決めているだけで周囲にいる開放的な女性たちに言い寄られてしまった。
断っても断っても女性が後を絶たないためチュルカ様が困惑し、アルビオさんが『わかったぞ、顔がイケメンで高身長細マッチョなのが原因だ』と指摘したため、肌に『魔除け』を施して、顔は麦わら帽子に守ってもらい、荷物番に転じた。
「チューがえっちゃんさんに塗ったのは、この通り、日に当たるとよく焼けるお薬だよぉ」
ルグリッチさんが使ったお薬を見せてくれたが『小麦肌のもと』と書かれている。
チュルカ様が指につけたものだが、彼女はすぐに拭き取られた上、海に入ったため問題ない。だから気づかなかったのかと、振り返った先でチュルカ様は自分の指を見つめている。
「えへへ、こんなこともあろうかと持ってきておいたんだぁ。
でもえっちゃんさんは驚いてないねぇ、もしかして知ってた……?」
「仕組みは知っていました。どんな日焼け跡になっているのかが楽しみですね……ホテルの鏡で見てみます」
「だっだめだよ、えっちゃん!? こんなの見られたら近衛にもずっと揶揄われちゃうよ。
日焼けは今すぐなら私の能力で治せるから……っどうして隠すの!?」
「能力を使わないでください、チュルカ様。これは俺の思い出です。
それに……俺の平穏を守ってくれた、ありがたい魔除けですから。残しておきたいです」
背中に書かれた文字は見えない。
けれど、彼女が心を込めて書いてくれた魔除けだ。海でもなければ誰かに見せるようなこともない。
「デアは彫り師がいて、恋人の名前が永遠に消えないように刻む方もいるそうです。
俺は体に、消える状態ではありますがチュルカ様のお名前を刻んだ。……しかもあなたの筆跡で。
自分のものだと言っていただけているようで、悪くない気分です。だから消さないでください」
背中に能力を使おうとしていた手が跳ね上がり、すぐに離れた。アルビオさんが唸っている。
「ちょっと驚かせるつもりが、熱々なのを見せつけられることになるとはな……イケメン、恐るべし」
「やっぱりレイト王の影響を感じるわ。……でも、この理由ならチューも頷くしかないわね。
さて、疲れたし、夕方にもなりそうだから海はおしまいにしましょう。
えっちゃんはラッシュガードを着てね。そのまま立ち上がったら全員で見ちゃうことになるわ、チューのものだと書かれた上裸をね」
「やだやだ、見ちゃだめぇっ」
自分以外の女性に見せたくないと思ってくれるチュルカ様にほのぼのしながら、上を着込んだ。
夕暮れ空を惜しみながらホテルに戻る。
他の旅客同様に海水と砂のお土産を大浴場で流す予定の彼女たちと別れて、俺も部屋に戻った。近衛も四人一部屋でホテルを借りているが、相部屋のラージャーンも夕方勤務に引き継いで戻ってきている。
「おかえり、エリクセル。姫君たちも喜んでたように、背中の文字が最高。早く風呂に入って見てこいよ」
「そうします。護衛お疲れ様でした」
胸に手を当てて挨拶してくれた彼にも促された通り、シャワーを浴びながら鏡で確認したが、背中には聞いていた通りチュルカ様の筆跡で日焼けが残っていた。署名の終わりに小さなハートマークが書かれているから、それが余計に恥ずかしかったのだろう。
(……本当だ、立派な日焼け跡だな……何もしなかったところは肌が赤くなって痛い部分もあるが、薬を塗った部分は見事な小麦色に変わっている。
書くか悩んだようなハートマークがまた可愛らしい。……他の女性に渡したくない、そんな気持ちでチュルカ様が書いてくれたことが想像できる)
手紙で何度も見つめた文字が背中にある。
締めの言葉と共に必ず書かれていた名前が、肌に焼きついているのが面白い。……残せないのが残念だから、デアの彫り師が活躍する気持ちも理解出来てしまう。
刺青は肌に生涯残るためチュルカ様には『絶対にだめ』なんて止められるだろうと想像したが、俺の肌を誰にも見せないため抵抗していた彼女まで思い出して笑ってしまった。
(今日は楽しかったな……皆様が仲間に入れてくれたおかげで、俺も知らなかった学生生活を送れた気分だ)
右手の薬指には、今もチュルカ様が贈ってくれた空色硝子の指輪が光っている。
思いがけなくお揃いになった指輪と共に、今日は観光地も多く巡った。
元気一杯の少女たちと共に家族へのお土産は何にするか悩み、店を探して歩き回ったことすら楽しかった。
海で刻まれた日焼けを目にすると、その記憶のすべてが込められている気がして……やはり何かに残せないかと考えてしまう。
(……そうか、残すのは……やはりあれにしよう)
気になっていたものがあったから、風呂を上がると再び外に出かけた。
夜になって、ますます盛り上がるサイルアで目的を果たす。
時間外でも俺についてきてくれたラージャーンと食事をし、礼を伝えてホテルに戻ると、夜が更ける前にチュルカ様たちの部屋に向かった。




