エピローグ
……こうして、賑やかな修学旅行は賑やかなまま終わった。
学校で解散式をした後は、各自で家へと戻っていく。
俺たちも王城の馬車着き場に入ると、女王陛下のご一家がお迎えに出ているのに気づいた。
窓から手を振るチュルカ様とティフォルナ様の表情は明るく輝いて、馬車の扉が開くと同時に、お二人は元気一杯の笑顔で家族に駆け寄った。
「「みんな、ただいまっ」」
「おかえり、チュルカ、ティフォルナ。
元気そうでよかった。お前たちの笑顔を見られて安心したぞ」
大好きな母親の両腕に抱かれた姫君たちは、思うままに抱きついて甘えている。挨拶を交わす父親たちにも目を輝かせて飛び込み、幼い弟妹とも久しぶりの再会を喜んでいる。
その光景を近衛として微笑ましく見守っていると、白髪と黒髪を翻らせたお二人が俺を手招きした。
「あれ? えっちゃんもおいでよっ。ただいまの挨拶しないの?」
「わかったわ。えっちゃんは近衛のお仕事中だから遠慮しているのよ。
ほらチュー、私たちが迎えに行きましょう? 父様も母様も待っているわ」
突然の注目を浴びて慌てる俺の背中を、ワイアットが押し出して微笑を見せる。
俺の元に駆けてきた少女たちに両手を引かれて進むと、桃色の髪を靡かせる女王陛下が明るく笑って手を広げた。
「おかえり、エリクセル殿下。チュルカとティフォルナを守ってくれてありがとう」
両手を姫君に取られた状態で陛下に抱擁されたから、狼狽が先になって言葉も出てこない。
それでも陛下は我が子にするように、俺の背中も軽く叩いてから離した。
近くで微笑む空色の瞳の女王陛下を見つめると、気恥ずかしくても自然と言葉が湧き出てくる。
「ラフィネル陛下、ただいま戻りました」
「うむ、無事に戻ってきてくれてよかった。殿下のお土産話も、チュルカとティフォルナと一緒に聞くのを楽しみにしているぞ。
――兵の皆も長旅ご苦労であった。無事に旅行の全日程を終えられるよう尽力してくれたこと、感謝している。
サイルアまで赴くのもそれだけで大変だったはずだ。
しかし貴君らの助力なくして、私は安心して我が子を向かわせることはできなかった。だから貴君らに、最大限の謝辞を述べよう。……ありがとう」
誰もに響く声で伝えた陛下が胸に手を当てると、訓練されたエルタニアの兵が足をそろえて一つの音を立てた。
全ての兵が、胸に手を当てて頭を下げる最敬礼の姿勢を取っている。
それぞれが誇らしい表情で労いの言葉を噛み締める光景に、俺も同じく胸に手を当てながら頭を下げた。やり切った感動が込み上げてくるようだ。
王城に戻る陛下から後を引き継いだアルバ様の指示に従って、妖精兵は各々の部署へと戻っていく。
俺たちを振り返った黒髪黒目の近衛兵長は再び父親に甘えて抱きついた娘たちに笑って、頭を撫でた。
「おかえり、エリクセル。後でボクと話す時間も多いだろうからな、また詳しい報告を聞かせてくれ」
「はい。報告書を仕上げて後ほど伺います」
「じゃあみんなは外出後検査ってことで、俺と医務室に行こうか。
三人揃って日焼けしたね。サイルアで遊んできたのが一目でわかるよ」
「海でも遊びました。だから日焼け……も……」
「「「あっ」」」
外出後検査の項目を思い浮かべた俺たちが、同じ声を上げたことを国王専属医のシャグマ様は首を傾げて不思議そうにしている。
もちろん全身の確認もある医学的な検査だ。
つまり……まだくっきり残っている背中の署名も、シャグマ様には見せることになる。
――チュルカ(ハート)という、誰にも見せづらい日焼け痕を!
姫君たちも気づいたらしくティフォルナ様が天を仰ぎ、チュルカ様が妹姫を揺らしている。
「どどどどうしようティーちゃんっ、日焼け、もう定着しちゃってて直せないよぉっ」
「落ち着きなさいな、チュー。シャーちゃんなら理解があるから大丈夫よ。
素直に報告するしかないわ。……日焼けの形は診察記録にも書かれるかもしれないけど、耐えるのよ」
「やだやだ肌に不自然に残ってる日焼け痕とか薬品使ってるし、絶対に残す項目だもんっ。
このままじゃ、えっちゃんの記録の一頁になっちゃうよぉっ」
バタバタとする姫君たちをシャグマ様と二人で眺めていると、褐色肌の美丈夫が綺麗な唇の端を上げた。
「……なるほど? どうやらチュルカが関わった面白い日焼け痕がありそうだね。
じゃあエリクセルから先に見ようかなー。
……ふふ、もしかして私のもの、ってチュルカが名前書いちゃった? エリクセルは女の子にモテそうだからね、現地で虫除けしたの?」
「何も言ってないのに全部察さないでよぉ、シャーちゃんっ!」
「あはは……シャグマ様には、俺たちのしたことなど筒抜けみたいですね。
隠しても仕方ありません。仰る通り、俺の背中にはチュルカ様の署名が入っています。ぜひ診察記録に残してください」
「待って待ってえっちゃんっ、だめぇっ」
「いいよ、そうしてあげる。
……あれ、チュルカ、何その複雑そうな顔。恥ずかしがらず喜べばいいのに。
今のは『一生残しておきたいくらいチュルカのことが大好きだよ』って意味なんだからさ、ちゃんと受け取ってあげたら?」
さすが名探偵の実父である。俺の気持ちなんてお見通しで、真っ赤になったチュルカ様も慰めながら医務室まで進んだ。
こうしてチュルカ様の書いた署名は、見事に診察記録にも残されることになった。
背中を見ながらシャグマ様が書き写したが、綺麗に書き写されたことで、図らずも一生残る日焼け痕となったのであった。
――俺とチュルカ様はこの後も、いつまでも仲良く暮らしていく。
やがて十八歳になった彼女と結婚し、エルタニアからパルムクルまで水鏡によって全面的に放送され、大陸中に祝福してもらえる未来もやってきた。
「えっちゃん、大好きだよっ」
晴れ渡った空の下で、ウエディングドレスにも負けずに輝く黒曜石の艶やかな瞳を見つめる。
「俺もチュルカ様のことが大好きです。これからも永遠に、あなただけを愛しています」
優しく微笑むチュルカ様を隠すヴェールを予行演習のようにあげて、立派なお医者様にもなった美しい姫君と約束していた口付けを交わす。
歓声を上げる国民の前でも、微笑みながら交わす言葉はいつまでも甘やか……そんな未来は、俺たちを知る誰にとっても不思議なことではないだろう。




