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実家では虐げられてきましたが、可愛い婚約者の国でこれからはのんびり暮らします。  作者: 丹羽坂飛鳥


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自由行動の日

 そしてついに、自由行動の日になった。


 待ち合わせの約束通りホテルの広間に立っていると、チュルカ様とティフォルナ様がご友人たちと現れた。

 ……俺に気づくと、柱の陰に隠れて賑わっている。

 今日は昼勤務のワイアットもラージャーンも水着姿で、親戚として彼女たちを連れてきた雰囲気に見えるが……姫君たちが柱の影ではしゃぐと彼らも動けない。声は周囲にかき消されて聞こえないが、俺の格好が見慣れないせいだろうなと予想はついている。


 目鼻立ちがはっきりしているアルビオさんが柱の影から出てきて、チュルカ様が必死に止めようとするのをティフォルナ様が掴んで止めている。腰でも抜けたのか、柱の下の方から手が伸びていた。

 アルビオさんは俺の前に立つと手を胸に当てて挨拶してくれたから、同じく返すと快活な笑顔が返ってきた。


「よう、おはようエリクセル。あたしはチューとティーの友達の一人で、アルビオだ。

 いつも学校で見知ってるだろうけど、今日はよろしくな」


「おはようございます、アルビオさん。チュルカ様の婚約者のエリクセルです。

 チュルカ様からは、いつも頼りになる姉御肌のお友達がいると聞いています。こうしてお会いできて光栄です」


「ヒュー、話ぶりが王子だなぁ。あたしにはエイルくらい遠慮しなくていいぜ。つまり呼び捨てでいいってこと。

 じゃあ挨拶も済んだところで悪いんだけど、あそこで動けなくなってるチューを連れて行ってもらえるか?

 どこかの金髪イケメン細マッチョが膝丈の短パンなだけで腰が抜けたらしくてさ。やっぱり今日行けないとか言い出して、困ってるんだよ」


「おや、それは大変ですね。すぐに参りましょうか」


 アルビオさんと一緒に向かうと、チュルカ様が大慌てでティフォルナ様の後ろに隠れた。

 隠れ蓑にされたティフォルナ様は白髪をシュシュで一つに括り、後ろに流している。

 一瞬見えたチュルカ様も同じ柄のシュシュで一つに結んでいたから、今日はご友人たち全員でお揃いを使っているのだろう。


「チュルカ様、おはようございます。ご友人の皆様も困っておいでですよ。改めてご紹介してください」


「待って、……っ待って、心の準備がっ、えっちゃんのラッシュガードも、水着にサンダルも、全部似合いすぎてて見られないよぉ……っ」


「俺も一番に水着を褒める相手はチュルカ様が良いと思っています。

 ですがホテルの広間でお時間を取るわけにいきませんから……先にティフォルナ様にお声をかけた方がよろしいのでしょうか……」


「えっやだやだ、だめっっ」


 慌てて出てきて震える足を踏ん張ったのは、南国の花柄模様の水着、その上から白シャツを着た女性だった。俺と目があったことで、自分の腕を掴んで恥じらっている。

 首の後ろで水着の紐を結んでいるから、大きなリボンを結んだようになっていて可愛らしい。

 足を引いて今にも逃げ出しそうな風情だが、水着は肌が露出しすぎない短いズボンになっており、上下とも服にも見える。


(妖精は八歳ごろ一気に成長して大人同然の姿になるとは聞いていたが、チュルカ様は確かに大人びて、同い年の女性にしか見えない。

 まだ少しずつ身長が伸びていると手紙にもあったが、これからもチュルカ様はよりお美しくなられるのだろうな……)


 言葉も出ずに婚約者を前にして考えていると、ティフォルナ様が遠慮せず彼女の頭に麦わら帽子を被せた。恥ずかしそうな表情が俯きがちになると隠れる。

 完成した姿を見て、俺はもちろんチュルカ様に笑いかけた。

 挨拶のため触れていた胸の奥から音が漏れ聞こえるかもしれないと思うくらい、高鳴っている。


「まだ一目お会いしただけなのに、俺の婚約者はこんなにも素敵な女性なのかと驚くばかりです。

 選ばれた水着も可愛らしいですね。チュルカ様によくお似合いですよ」


 口笛を鳴らしているティフォルナ様とアルビオさんが、まあまあとルグリッチさんに宥められている。

 チュルカ様も必死に俺を見上げて、一度目を逸らすと、再びおずおずと黒の瞳で俺を見つめた。


「えっ、えっちゃんも、すごくかっこいいよ……っ。金髪も碧眼も日差しに輝いて綺麗だし、ずっと見ていたくなっちゃうくらい素敵で……だから、見られないんだもん……」


「……なあティー。チューはいつもこんなことやってんのか」


「ふ。何を言っているの。朝から晩まで、寝るまで毎日よ?

 それじゃ全員揃ったところで、挨拶を済ませて街に出かけましょうか。

 えっちゃん、こちらがルグリッチ。おっとりしているけれど裁縫の腕前は職人くらいすごいのよ。このシュシュもルーが全員分を作ってくれたの」


「初めましてぇ、ルグリッチですぅ。将来の夢が服屋さんなので、近衛の制服を間近で見られて良かったですぅ」


「初めまして、チュルカ様の婚約者のエリクセルです。

 以前からルグリッチさんが裁縫にご興味があることは伺っていました。近衛の制服がお役に立てたのでしたら光栄です。今日はよろしくお願いいたします」


 お互い胸に手を当ててエルタニア流の挨拶を交わすと、俺たちは早速ホテルの外へと踏み出した。

 ティフォルナ様が地図を読み、その隣をルグリッチさんが指差しながら歩いている。

 頭の後ろで手を組みながら歩いていたアルビオさんは振り返ると、ニヤリと笑って隣にいるチュルカ様をつついた。


「ほらチュー、えっちゃんと手、繋いでこいよ。せっかくの自由行動なんだから恥ずかしがらずにさっ」


「そっ、それは……私だってそうしたいけど……自由行動中の不純異性交遊は禁止ですって先生も言ってたよ? 修学旅行は授業の一環だから、って」


「ルーも弟とはぐれないように手は繋ぐよ?

 チューが迷子にならないように、婚約者と手を繋ぐのは不純じゃないと思うけどなぁ」


「さっきからえっちゃんを何度も振り返ってるんだから、そのまま転ぶと危ないわよ。

 ねええっちゃん、手は繋いだ方がいいわよね?」


「そうですね。通りには人混みもありますし、離れるのも危険です。

 ……チュルカ様、お手に触れてもよろしいですか?」


「う、うん……っお願いしますっ」


 差し出してくれた彼女と手を繋ぐと、チュルカ様の肌は緊張に冷えている。

 その冷たさが心地よく感じるくらい、サイルアは人も通りも熱気があった。


「……」


 隣を歩くチュルカ様が、俺を見上げながら黒の瞳を潤ませている。

 俺も彼女を見ていたから見つめ合うことになって、二人でくすぐったい気持ちになったのか笑い合っていた。

 ご友人たちも集まって話し合う様子だが、声が聞こえる。


「そこらじゅうに手を繋いでる恋人がいるのに、あの二人が手を繋ぐだけで熱く感じるのはなんでなんだろうな、ティー」


「初々しいからじゃないかしら。付き合いたてのオーリーとムルシュも同じくらい熱く感じなかった?」


「あれはとろ火だったけど、こっちは中火の遠火くらい熱い気がするよぉ」


「こそこそ熱さ加減の話しないでよぉっ、恥ずかしいからぁっ」


 チュルカ様が揶揄われる姿も、反応する姿も愛らしく感じて笑えてしまう。

 仲間とはしゃぎ出すと緊張が解けたらしく、温かくなってきた手を感じていた。


(チュルカ様はこうして、良いお友達とお過ごしになられたのだろうな)


 自然と話ができるようになった彼女が、ご友人たちに声をかけている。

 親友同士で歩くのを楽しんでいるうちに、サイルアの大通りに入った。

 アルビオさんが辺りを見回して、軒を連ねる色とりどりのお店の特徴に気づいた。


「聞いてはいたけど、硝子屋さんが多いな。小物から大物まで色んな店があるぜ」


「サイルアは豊富に取れる砂を利用した硝子製品を特産物にしているわ。

 空色硝子の指輪が売れてからは、さらにお店が多くなったと聞いていたけれど……母様が自ら購入して父様とシャーちゃんに授けた、そんなお店は当然、一つだけ。

 先に見にいく予定だけれど、この道を進めば見えてくるはずよ」


 ティフォルナ様が地図を示し、チュルカ様も丸が描かれている場所を目にして、わずかに繋ぐ手に力が入った。……緊張と期待、不安と興奮、色んな感情がないまぜになった様子で、麦わら帽子の下では唇が結ばれている。


「サイルアに行くなら絶対に同じお店の指輪が欲しいって母様にお願いして、買った場所を地図に書いてもらったんだ。

 でも、まだお店、あるかな……商業大臣はあるって言ってたから、大丈夫だと思うけど……」


「そういやチューのお母さんやお父さんからも、指輪を頼まれたりしてないのか? 忙しくて買い直しにも来られないだろ」


「父様の指輪は『お土産に買ってこようか』って聞いたら『また母様と行った時に買うからいい』って言われちゃった。母様も『父様が指輪をもらっていいのは私だけだ』って言ってたよ」


「おいおい、アツいな」


「妖精は何人と恋をしても結婚をしてもいいから『あなただけです』って一途に愛してもらえるのは一番の憧れだよねぇ。相思相愛っていいなぁ」


 ルグリッチさんの言葉にチュルカ様が、俺を麦わら帽子の向こうから見上げた。

 黒の瞳に『あなただけです』とこっそり口を動かして微笑むと、慌てて前を向いたけれど……やがて思い切ったように顔を上げて、赤い頬の彼女が俺を見つめた。

『私も』。

 そう唇を動かした黒目が潤んで、それ以上は言えないまま再び麦わら帽子に隠れてしまった。

 ……十分すぎるくらい伝わってきた気持ちに俺も言葉が出ないまま、サイルアの風に頬の熱を冷ましてもらった。

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