清い男
試験の後日。
学校から戻ると近衛の詰所にて、アルバ様から結果を言い渡された。
「チュルカの護衛の一人として、エリクセルを合格とする」
合格。
振り返ればああすればよかったという後悔もたくさん出てきて、試験結果は散々だった気がしていた。
けれどアルバ様は結果などが書かれた書類を、俺に渡した。
(本当だ……聞き間違いではなく『合格』の文字が書き込まれている)
共に渡されたのは、本格的な近衛の日程などが書かれた最終案だ。
部外秘と書かれた書類が手元にあるのを見れば、ますます実感も湧いてくる。
「注意事項などもそちらに全て記載されているから、目を通してくれ。
また近衛はサイルアで私服可能としていたが、水着も許可とする」
「え。水着も許可、ですか? 姫君たちの近くを歩くので、あまり好ましくないかと思っていたのですが……」
「海でも泳ぎたいなどと娘二人が言い始めたんだ……。
友人とも相談すると言っていたが、今度新しい水着を買いに行くらしい。
近衛は全員、着衣で泳げるかも確認する。……あの様子では、おそらく海に入る」
日がないのに護衛の幅を広げてしまったと苦笑する俺を見て、アルバ様は背もたれに体を預けながら腕組みしている。
「お前が気にしていた試験結果だが、何も落ち込むことはない。今のお前に出来ることをやり切ったし、現場で見せた心意気もよかった。
近衛の仕事は『守ること』だ。……あの子達を傷ひとつなく守り抜いたのだから、エリクセル、お前はもっと自分の仕事を誇れ」
負けたと思うことも、結果チュルカ様を泣かせてしまったことも、何もかもを悔いていた。
しかしアルバ様は、少年のように若く見えても多くを経験してきたムルカナの英雄は、微笑んでいる。
「ボクは同じ立場のものに下手な慰めは言わない。
船から降りてきたチュルカもティフォルナも、無傷で笑っていたんだ。……それが、お前がやり切った結果だ」
憧れた背中は、今はまだ遠い。
けれど何も言えずに口を閉じるしかない俺に、立ち上がった近衛兵長は手を差し伸べた。
「チュルカのことは任せる。これからも頼んだぞ、エリクセル」
「……っはい。必ずチュルカ様をお守りします!」
硬く握手を交わして、離す。
次の近衛が呼ばれたため、俺も詰め所を退室した。
日報の提出は終えていたから、真っ直ぐにチュルカ様とティフォルナ様がいると聞いていた医務室を訪れる。書類に記載された『合格』の文字を見せたけれど、お二人も我がことのように喜んでくれた。
「じゃあじゃあ、えっちゃんはずっと一緒にいられるの? 移動中もずっと一緒!?」
「ええ。それにサイルアでお二人が自由行動の日のお休みも取れたみたいです。予定表の休暇日が同日でした」
椅子に前のめりになって黒目を輝かせたチュルカ様を、ティフォルナ様が安心した様子で見ている。
「よかったわね、チュー。でも班員同士が離れて行動するのは良くないみたいだから、デートのお邪魔しないように見守っているわね。代わりに先生がいたら教えてあげる」
「待って待って、せっかくの修学旅行だからみんなとも遊びたいし、えっちゃんも仲間にして一緒に遊べばいいんだよっ。
あのね、アルビオもルーちゃんもね、えっちゃんと話してみたいんだって。だからサイルアでちゃんと紹介するねっ」
楽しみな話だから、三人で盛り上がってしまう。
しかしここは国王専用の医務室だ。香りの良いお茶を「お祝いだよ」なんて言いながら差し出してくれたシャグマ様に恐縮していると、そばで聞いていた国王専属医の先生も頷いていた。
「よかったのぅ、チュルカ。儂の見立てでもエリクセルは清い男だ。
やがてお前が一番になるのだから、大切にしてもらえよ」
「本当っ!? 先生にも心が清いって言われるなんて、えっちゃんすごいね。
先生、人のこと滅多に褒めないんだよ。えっちゃんにとって私が一番なんて、認めてもらえるなんて嬉しい……っ」
はしゃいで両頬を押さえるチュルカ様を見て、お医者様二人が優しい微笑みを浮かべた。シャグマ様は診察記録の棚から取り出した紙に、何やら書き込みをしている。
(あれ、何故だろう、清い男の意味が違って聞こえるような……あ)
女性だらけの海賊船の話が、この医務室にも伝わったのかもしれない。
俺は女性と何もなかったのだから『清い』に決まっている。
意味がわかった俺だけ顔が熱くなったし、ティフォルナ様も俺の顔色で気づいた様子だけれど知らないふりをしてくれた。さすが名探偵だ、これ以上の恥をかかなくてよかった。




