固い決意
サイルア島に行くには、船での移動が必要になる。
陸軍と同じ演習をしている俺たちを選抜試験もせずに海に出すのは危険ではないかと、海務大臣から会議で議題が上がったそうだ。
夕方になり、学校から戻ってきた俺に詰所で事情を話すアルバ様は、重いため息を吐いている。
「船は揺れもあって体が安定しないし、船酔いもする。海軍からの援軍が到着するまで乗船している生徒を守り、持ち堪えられるだけの実力が近衛にあるのかというのが海務大臣の提起した問題だ。
船には乗船可能人数もある。エリクセルに関しても要警固者であって、近衛というだけで特別扱いして遊びに行かせるのはどうかと言い出した」
ごもっともな話だ。元々同学年で共に行くような立場ではなく、近衛の一人と言いながら、俺も警護を受ける立場だ。その分だけ余計な人足をかけていると指摘されては何も言えない。
話を受けた近衛兵長は椅子に腰掛け、机の引き出しから取り上げた書類を見ている。
「船は海軍が護衛するから敵を寄せ付けることはない。
最も可能性が高い『内部にすでに敵が乗っていた場合』を想定し、本番さながらに乗船人数と船の型式を合わせて演習を行う。試験では海兵が敵役を演じる」
「……船の内部はチュルカ様と同学年のご学友と先生方、王族の近衛と同じく、一部貴族の護衛のみが乗船すると聞いています。
このうちの誰かが敵になるという想定でしょうか」
「問題は『船員が金を握らされていた場合』になる。……船を内部から荒らし、人質をとって逃げ出す想定だな。船ごと逃げられては海軍も容易に手は出せない。
チュルカは癒しの妖精だから、国によってはいくらかけても欲しい人材だ。妹と婚約者、友人が乗船した船。まさしく攫うには絶好の機会だと、戦争続きの東方諸国は舌なめずりしているだろうな。……脅すために近親者はいた方が良い」
アルバ様の端的な言葉に、思わず足元のブーツに目をやっていた。
エルタニア国内では癒しの妖精に関して『治癒する権利』が保障されている。治療を強制することはできない。
大陸間の国家はエルタニアに配慮しているが、船で一月以上先の国では、その方針が守られることはない。……かつて強制労働させられていた癒しの妖精がいた話は、俺だって調べた。
最後は自死か衰弱死。……どちらも無惨な結末だった。
だからこそ父親として、チュルカ様に自分で身を守る術を叩き込んできたアルバ様は、書類を置いて腕組みしている。
「相手はラフィネルが海軍から選抜する。当日まで誰が相手になるのかは明かされない。
生徒役として妖精兵が共に乗るが、こちらは全員新兵だ。十五歳と若さはほぼ互角、また経験の浅さから命令を聞かずに暴走する可能性もあるな。……うまく困難を切り抜けられたのなら、選抜試験合格だ。
どうする、乗船せずに終わるか」
「やらせてください」
断るわけがない。
チュルカ様はサイルア島に一緒に行きたいと、ずっと言ってくれていた。
試験すらせずに尻尾を巻いて逃げ出すつもりはないし……俺も約束を果たすために負けられない。
「海にも、海上での戦いにも慣れています。
どの近衛よりも姫君たちを守るため、適した人材であることを証明します」
そうでなくては同じ船に乗る意味がない。
椅子に腰掛けながら俺を見つめるアルバ様に向き合っていると、詰所の扉が叩かれた。
「入れ」
「失礼しますっ」
声に応じたのはチュルカ様とティフォルナ様だった。
手にした紙をアルバ様の机に提出すると、二人は父親に向き合っている。
「近衛の試験に関して、母様から同意書をもらってきました。ご確認ください。
……これで私も参加させてもらえるよね、父様」
チュルカ様が差し出した用紙には、ラフィネル陛下の署名が書かれている。
彼女は自分の胸に手を当てて、父親譲りの黒の瞳でアルバ様を見つめた。
「試験の船に乗るのは学生を模した新兵。
だったら当日乗る予定の私が乗っても問題ないでしょ? 緊急時の予行演習にもなる。
母様にもそう伝えて、許可をもらってきたよ」
「私の分もあるわよ。チューが行くなら、当然、私も行くわ」
差し出された同意書に、アルバ様は目を通している。
「えっちゃんを連れて行きたいのは私なんだから、私だって一緒に戦う。
他に問題があるなら言って。全部解決してみせるから」
姫君たちが父親に立ち向かう姿が勇ましい。
アルバ様は紙を見ながら、ふっと笑みをこぼした。
「わかった。船に乗る経験が少ないお前たちにとっても、良い試験となるだろう。ラフィネルにも受領したと伝えておく。
ただし当日は戦うな。ボクは戦う術を伝えてきたが、身を守るための最終手段としてだ。
お前たちがすべきことは近衛に『守られること』。……エリクセルはそのためにいることを忘れるな」
アルバ様の言葉に「わかりました」と素直に応じた姫君たちは、部屋を出た。
近衛兵長は椅子の背もたれに体を預けると、小さくため息を吐いた。
「日報を提出すれば、お前も上がっていい。
……話があるらしく、チュルカもティフォルナも詰所の近くで待っている様子だ。行ってやってくれ」
その言葉に従い、すぐに日報を提出して詰所を出た。
廊下で待っているお二人を見つけたから、彼女たちに手を振った。チュルカ様は頬を膨らませている。
「海務大臣のおじさま、ひどいよね。……えっちゃんがいなかったら近衛の配置に文句なんて言い出さなかったはずなのに。わざわざ外すよう仕向けたに違いないよ」
「おじさまはデアが大嫌い、昔から親密な関わりのあるパルムクルも大嫌い、なのよね。
まあ間違ったことは言っていないわ。チューを安全に護衛するための選抜を正しく行えば、誰もを納得させられる。例えばアイリースの婚約者と、その周りの貴族とかね」
「アイリース様というと……学校でクッキーを渡そうとしていただいた方、でしょうか」
「うん。アイリースが手作りクッキーをえっちゃんに渡そうとしたことが、婚約者のミケエラは気に入らないんだ。
母様にも謁見で『王族に近衛がつくのは理解できますが、学生が本来行うべき学業に悪影響の出る人選は避けるべきではないでしょうか』って進言したんだって」
「今の状態では敵が多いのよね。えっちゃんが何もなく修学旅行に行くとなると、ミケエラもますます気に入らないんじゃないかしら」
「でもえっちゃんが試験を受けて選抜されたら、文句は言えない。
だから母様も受けたし、許可をもらいに行った時も『実力を見せつけてやれる最高の舞台だと伝えておいてくれ』なんて笑ってたよ。
母様は贔屓はしないけど、それでも合格できる……えっちゃんのことを、そう信じてる」
エルタニアの女王陛下に信頼してもらえることに、わずかばかりの重圧がある。
しかしそれ以上に、幼い日に背中に庇ってもらい、命を救ってもらえた恩人から『出来る』と信じてもらえていることへの喜びが湧き上がる……そんな胸に手を当てていた。
「必ず、チュルカ様とティフォルナ様をお守りします」
危険が待っている船に、そうとわかっていても乗る決意をしてくれた彼女たちにも報いるために。
共に船に乗る二人の姫君は、俺の言葉を聞いて自信満々に頷いてくれた。




