通じるもの
チュルカ様、ティフォルナ様、クラエッタ様、エルテ様とニア様。
この場にいるのは全員、美麗と名高いエルタニアの妖精姫たちばかりだ。
各国の王族がエルタニアに招かれた際にはこぞって姿を見たがり、一目見ればあまりにも美しく妖精らしい姿に陶然とする。
パーティに招待された父上も『いっそのこと幻想の世界に迷い込んだのではないかと思うほどだ』などと目にしたものを自慢していた。
言葉を交わした俺にとってはチュルカ様の妹君たちであって、それ以上の感情はない。
しかし、だ。
「ゆっくり息を吐きながら体を戻そうか。今度はお尻をあげるよー」
指示に従って動く婚約者の細い体が逸らされることによって、体の作りが細部まで顕になる。
二刀流で戦った腕は細く引き締まっていて、滑らかに動かされるたびに指先まで美しさを感じる。
思わず反対を向くと、美女と名高いラフィネル陛下も運動している。
娘たちと同じ年齢にしか見えない容姿で、華奢な体が指示に従って柔らかに動く。
少し解けた桃色の髪が色っぽく頬を彩り、口からゆっくり息を吐く指示に合わせて呼吸する表情が綺麗で……注目してしまったことに気づいて、慌てて目を逸らした。
視界に入るクラエッタ様など、少し動くだけで周囲が光り輝いて見える。
褐色の肌が木漏れ日を反射し、デアの踊り子のように目を集める。
凝り固まった筋肉を動かす動作だけなのに、舞い踊るように美しい。
慌ててシャグマ様の指示に動作を戻したが、しかし今度は快活な名探偵が。
陛下そっくりのニア様とエルテ様が。
また陛下に目が移ると、肩と腰をほぐす体操で呻いているのに、我慢して動かす姿が不思議と健気で、麗わしい。
シャグマ様以外に、目のやり場がない。
でも指示に合わせて方向転換すると、必ず誰かしらが目に入る。
美姫だらけの中にいることを実感しながら指示に合わせて横になり、首を倒していく。
(あ。チュルカ様と目が……)
俺が反対を向いてしまったのだろう、向かい合わせの形になった。
彼女も驚いて黒の瞳を丸くしたが、愛らしい顔が照れ隠しのためか、ふんわりと笑う。
(……ああ、今日もチュルカ様が可愛い……!)
心の中で悶え続ける体操の時間は、その後も続いた。
なんとか終わった。
体操自体の運動量は、もちろん聞いていた通り、さほどではない。
「……」
なのに終わった安堵に寝そべったまま、うつ伏せになったまま、俺は動けなくなっていた。
朝食に向かうため敷物を畳む女性たちの声は賑やかだが、遠くに見える木の葉の緑と風の爽やかさが救いに感じる。
気持ちを鎮めていると、デアの美丈夫が顔を出した。俺の様子を改めて見た彼が、ついといった様子で吹き出している。
「どうだった、エリクセル? 途中から限界迎えたみたいに赤い顔してたから心配してたんだけど、大丈夫だった?」
俺を心配してくれていたなら、シャグマ様はきっと、感情の機微に聡いから理由にも気づいているはずだ。
だから遠慮なく、頷いた。
「次はアルバ様に鍛えていただいて、心の修行も終わってからにします」
「あはは、悟ってるね。……んー、でもその方がエリクセルのためにもいいかな。慣れるまでも辛いだろうし。
がんばれ、若い男子。また来る日を待ってるよ?」
美女だらけのエルタニアで美姫たちと共に運動出来るのは、父親のアルバ様とシャグマ様だけかもしれない。
残念だが、どこを向いても妖精姫たちが麗しく、朝から婚約者の可愛い姿を見ていられるほど、俺の心は鍛え上げられていなかった。
朝食が終わり、本日の近衛の任務に向かう時間になった。
チュルカ様には体操をご一緒できないことを伝えて残念がられたが、シャグマ様が悲しむチュルカ様のことをうまくとりなしてくれた。
「あっ、アルバ様」
明日からは再びアルバ様のもとで鍛えていただくため、馬車着き場へ向かう廊下で見つけた、立派な背中の近衛兵長を呼び止める。
黒髪を揺らして立ち止まり、チュルカ様そっくりの黒曜石の瞳を瞬くアルバ様に事情を説明すると、俺と同い年にしか見えない若い顔に戸惑いが浮かんだ。
「エリクセルなら、三日もあれば娘たちにも慣れるだろう。
継続は力なり、とも東方ではよく聞く。
なのに……本当に、ボクでいいのか?」
「アルバ様に改めてご指導お願いしたいです。
どうか受け入れてください、お願いしますっ」
「いや、そこまで気負わなくても……。
……わかった。お前が本気なら、またボクのところにくるといい。歓迎する」
お忙しいはずだが、優しいアルバ様は指導の手間と負担も快く受け入れてくれた。
父上にも英雄譚を聞いていた憧れの剣士の心の広さに感動して、胸を撫で下ろしてしまう。
「よかった……ん?」
気が抜けて吐息してしまうと、背中に視線を感じた。
振り返ると、ラフィネル陛下が腕組みして仁王立ちしている。
今日はお休みの日のため、陛下はお子達が学校に行くのを見送られて、その後はアルバ様と共に練兵場に行く予定だと朝食の席で話していた。
一連に口を挟まずに廊下の曲がり角から眺めていたらしい陛下が近衛兵長に近づくと、黒の制服の袖を引いた。
「なあ、アルバ。……お前、今わざと紛らわしい言い方をしたよな」
「……紛らわしい言い方?
よくわからないが……ボクが言い淀んだのは、エリクセルが始めたばかりのシャグマの体操を一度で諦めて良いのか、本当にその方がためになるのか、悩んでいただけだ。
ボクの朝練はヨアが来られない分、人数が増えても問題ないから断る理由も他にないが……何が紛らわしかったんだ?」
「!? なんだ、私の勘違いか。
では気にするな。
……先日からどうにもお前たちが揶揄うから、また今日も私を揶揄っているのかと思ったんだ……」
「……ああ……あれか」
陛下をからかっているうちのお一人らしいアルバ様は、何か思い当たった様子で苦笑している。
「……」
アルバ様が、自分よりずっと背の低い陛下をじっと見つめる。
隣に立つラフィネル陛下の手を取った近衛兵長は、唇を手の甲に贈った。
「残念だが、ボクが心の底から愛してやまないのは君だけだ、ラフィネル。
君以外に愛する気はないし、他の誰にも靡く気はない。……ボクが本気で言っていることは、君にもわかっているだろう?」
低い声が愛情を伝えると、陛下が空色の瞳を揺らして逸らす。
頬が赤くなった陛下が、身動きも取れず見つめる俺に気づいて「先に行く」と廊下を進もうとした。
「っ!?」
しかし、アルバ様が陛下の細腰を抱いて引き寄せる。
あっという間に手を繋がれたラフィネル陛下が慌てて離そうと振っているが、残念なことにアルバ様の握力に負けて握られたままでいる。
必死に振り解こうと暴れる陛下を揶揄うアルバ様が、心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「こら自然に手を繋いでくるな、兵の前では恥ずかしいんだ……っアルバ、お前最近、廊下でも気にしなくなってきたよな。
まさか隠すのも面倒になってきたのか!?」
「廊下など、元から君を横抱きにして歩く場所だろう。
……しかし、そうだな……君が恥ずかしがるほど、ボクは手を繋いで歩くことは恥ずかしくなくなった」
自然と指の繋ぎ方が変わって、指を絡め合う繋ぎ方になる。
陛下が真っ赤になって振り解こうとするが、いなして握りしめるアルバ様はそばにいる陛下を見て、嬉しそうに笑った。
「歳をとるとあらゆることに鈍感になり、度胸がつくと言われる。
何年経とうとも愛おしい妻相手に、残念だが手繋ぎくらい、隠す必要性も感じなくなってきたな……」
「こら、指っ。恋人繋ぎは恥ずかしい……っおいっ、全部若いくせに、こういう都合の良いところだけ歳をとるなぁっ。
はっ、違う……分かったぞアルバ、お前エリクセル殿下を私がたぶらかしたと思っているな!?
いつもの筋力増強術みたいに、殿下が運動出来なくなるような姿を見せつけたというのは誤解だぞ!」
「はは」
「ほら見ろ図星かっ……やきもちなんて妬かなくても、お前たち以外には見せないように気をつけているっ……だからっ……うぬぬ、離せぇっ」
アルバ様は俺と同い年くらいにしか見えない顔に綺麗な笑顔を浮かべていたが、陛下を抱き込んで耳元で何かを囁く。
……腕の中の女性が抵抗をやめて、みるみるうちに真っ赤になっていく。
ついに近衛兵長の胸を押して反対方向に逃げ出してしまったラフィネル陛下を、アルバ様は見送った。……何をお伝えしたのかなど、俺が聞けるはずもない。
「エリクセル」
「はいっ」
「ラフィネルは家族しかいない場では油断しやすい。
何かを見たとしても、忘れてくれるな?」
「はい、今のことも全て忘れます」
「……レイトにも見習わせたいくらいの素直さだな。
では行こう。朝礼に遅れる」
もはや何事もなかったかのようにアルバ様が歩き出し、俺も近衛兵としてついて行く。
……きっと心が弱いから、忘れると言ったのに思い出してしまうのだろう。
本日の女王夫妻のお姿は、大変仲が睦まじく……俺もチュルカ様とこれだけ仲良くありたいな、と思うくらい、じゃれ合うお二人の光景は熱いものであった、




