限界突破 (オーバーライド)
視界が赤く点滅している。
大木を背にして座り込んだ俺の頭上に、ヴァルター機の青黒く輝く魔導刀が影を落としていた。
「貴様の戦いぶりは見事だった。名を名乗れ、戦士として葬ってやる」
「……生憎、名乗るほどの者じゃねえよ……!」
荒い息のまま、俺は右手を伸ばす。
指先が触れたのは、泥にまみれた『アイギス』の冷たい装甲。
(ここで……終わってたまるかよ)
前世で理不尽にすべてを奪われ、路頭に迷ったあの日。
生まれ変わってからは、温かいご飯を作ってずっと世話をしてくれてた母さん。
俺を信じて、命懸けで救援を呼びに走ったカリンさん。
俺には、ここで野垂れ死んでる暇なんて一秒たりともないんだ。
(動け……! 動けよ、俺の身体……!!)
「さらばだ」
ヴァルターの冷徹な声とともに、魔導刀が空気を切り裂いて一直線に振り下ろされる。
回避不能の必殺の刃。
その瞬間――俺の脳内で、何かが音を立てて『焼き切れた』。
(――二回も死んでたまるかよ!!!)
ドクンッ!!!!
心臓が破裂するかのような轟音。
体内の神経系が限界を超えて発火し、俺の意識が『アイギス』の深層回路へと直接ダイブする。
機構の奥底に封じられていた安全制御弁、魔力過圧防止リミッター、そのすべてを俺の意志が力ずくで塗りつぶし――上書きしていく!
カチリ、と頭の中で何かのスイッチが切り替わる音がした。
――【SYSTEM OVERRIDE : LIMIT BREAK】――
ドゴォォォォォォンッ!!!!
暴風のような青白い光の奔流が、俺を中心に爆発した。
あまりの衝撃波に、振り下ろされかけたヴァルターの魔導刀が一瞬押し戻される。
「……何だ、この魔力圧は……!? 先ほどまでとは…出力が跳ね上がっている……!?」
黄金のバイザーの奥で、ヴァルターが初めて驚愕に目を見開いた。
「おおおおおおおッ!!」
咆哮とともに、俺は地を蹴った。
身体の痛みも疲労も、過剰な魔力の濁流に呑まれて消し飛んでいる。
アイギスの刀身全体が眩いほどの蒼光を放ち、全排熱フィンからジェットエンジンのような咆哮が響き渡る。
身の丈一メートル半を超える鉄塊。
そのすべてに限界突破のブーストを乗せ、超重量の慣性エネルギーを乗せた渾身のフルスイング!
「墜ちろぉぉぉぉぉッ!!!!」
ズドガァァァァァァァァンッッ!!!!
密林の木々を薙ぎ倒すほどの激突音。
アイギスの鉄塊が叩き込まれた瞬間、ヴァルター機の誇る高出力魔導刀が、まるで飴細工のように根本から粉々に砕け散った。
それだけでは止まらない。
振り抜かれた鉄塊の質量と魔力衝撃は、そのままヴァルター機の重装甲の胸部を直撃。装甲板を飴のようにひしゃげさせ、内部フレームごと粉砕した。
『ぐ、あぁぁぁぁっ!?』
数トンの機甲が木の葉のように吹き飛び、背後の大木を何本も圧し折りながら地面を転がっていく。
もうもうと立ち込める土煙の中、ヴァルター機は火花と黒煙を吹き上げ、沈黙した。
「は……はは……」
砕け散った魔導刀の破片がパラパラと降り注ぐ中、俺はアイギスを杖のようにして辛うじて立っていた。
「もう二度と…首なんか切らせてやらねえ……からな……」
だが、限界を遥かに超えた代償は、即座にやってきた。
体中の魔力が急速に霧散し、手足の感覚がふっと消える。
(あ……ヤバい……完全に……電池切れだ……)
膝から崩れ落ちる俺の耳に、周囲を取り囲んでいた残りの敵兵たちの動揺した声が微かに届いた。
『バ、ヴァルター少佐がやられた……!?』
『バカな、あんな小娘の一撃で……!』
『動けないぞ、今のうちに撃ち殺せぇぇッ!!』
カチリ、と向けられる複数の銃口。
指一本動かせない俺の視界が、真っ暗に染まりかけていた――。




