旅立ち
「よっし!! 俺らもさっさと逃げよう!!!」
煙を吹くアイギスを肩に担ぎ、俺は彼女に声をかけた。
「に、逃げるって……アイギスを担いでいく気!? それは本来、重機用の護送台車に載せて運ぶ代物よ!」
「そんなこと言ったって、置いてったらこいつらに奪われるんだろ!? それに、これを持っていけば……村のみんなを助けられるかもしれない!」
そう、この騒ぎ。帝国軍の奇襲は、おそらくこの旧鉱山跡だけではない。
嫌な予感がしていた。俺の住むドムレミ村にも、魔の手が伸びているかもしれない。
「わ、わかったわ! 出口は第一シャフトよ、あっちに私の整備トラックが停めてある!」
「オーケー、お姉さん、しっかりつかまってろよ!」
俺は空いている左腕で彼女の腰をガシッと抱え上げると、巨大な大剣『アイギス』を右手にぶら下げたまま、猛烈なスピードでドックを駆け出した。
「きゃあああっ! は、速っ……!?」
「よくわかんないけど魔力を身体に巡らせると、なんだかいつも以上に力が出てくるみたいなんだ!」
残った帝国機甲が銃撃を放ってくるが、俺は迫り来る弾道を見切りながら、障害物を蹴り立てて縦横無尽に跳躍する。
彼女は俺の腕の中で目を回しながらも、必死にアイギスの構造を叫んだ。
「アイギスの刀身の側面に『放熱フィン』があるはずよ! 魔力が過飽和になると暴走するから、定期的にそこから魔力圧を逃がしてあげて!」
「放熱フィン? ……あ、これか!」
俺は走りながら、アイギスのグリップにある武骨なレバーをカチリと操作した。
瞬間、アイギスの刀身側面が『ガシャッ!』と音を立ててスライドし、内部の排熱機構が全開になる。
「うおおっ!? すっごい勢いで魔力が噴き出してきたぞ!」
「そのままフィンの噴射方向を後ろに向けて!」
彼女の指示通りにアイギスを構え直すと、排熱フィンから青白い光の粒子が爆発的に噴射された。
ドバァァァァァッ!!
「うわああああっ!?」
強烈な推進力が俺たちの身体を押し出し、まるでロケットのようにトンネル内をカッ飛んでいく。
これがアイギスの真の姿――いや、高圧力な排熱を逆利用した【ブーストモード】による超・高機動。
凄まじいスピードでトンネルを抜け、俺たちはついに鉱山跡の出口へと飛び出した。
「やった、外だ!」
夕日に染まる空。
だが、安堵したのも束の間。俺たちの前に、絶望的な光景が広がっていた。
「……何よ、これ……」
腕の中の彼女が息を呑む。
鉱山跡の出口の広場には、ドックの中にいたのとは比べ物にならないほど洗練されたフォルムの、黒と赤に彩られた最新鋭の機甲部隊がズラリと陣形を組んで待ち構えていた。
そしてその中央、一機の指揮官用だと思われる機甲の肩に、一人の男が立っていた。
顔の上半分を黄金の仮面で覆った、金髪の精悍な軍人。
彼が放つ圧倒的なプレッシャーは、先程までの兵士たちとはまるで次元が違った。
「ほう……先遣隊からの報告を疑ったが。本当に、小娘一人とはな」
仮面の男が、興味深そうにこちらを見下ろす。
「私はオルクス帝国軍、ヴァルター・フォン・ローゼンベルク少佐。……名も知らぬ少女よ。その力と度胸に敬意を表し、痛みを感じさせずに殺してやろう」
ヴァルターが手を振り下ろした瞬間、周囲の機甲部隊が一斉に銃口をこちらに向けた。
(マズい、この数を相手に彼女を庇いながら戦うのは無理だ……!)
俺は咄嗟にアイギスのブーストを地面に向けて全開にし、凄まじい砂埃と魔力の光を巻き上げた。
「目眩ましか!? だが…!!」
「こんな状況で正々堂々戦うかよ!!」
俺は砂埃の中から飛び出し、一番手前にいた機甲の装甲をアイギスの平で思い切りぶち叩き、その反動を利用して彼女の停めてあった整備トラックへと一直線に跳躍した。
「お姉さん、エンジンかけて!」
「は、はいっ!」
トラックの荷台にアイギスを放り込み、俺と彼女は席へ飛び乗る。
彼女が素早くキーを回し、トラックは猛烈なタイヤのスキール音を響かせながら広場を脱出した。
「チッ……逃げ足の速い。追え!」
「いやいい」
部下に追撃を命じようとした副官を、ヴァルターが静かに手で制する。
彼の黄金のバイザーの奥の瞳は、走り去るトラック……いや、それに乗る「銀髪の少女」の背中に、強い執着の光を宿していた。
「レゾナンス…たしかそう言うのだったな」
◇
――そして、俺たちが必死の思いでたどり着いたドムレミ村は。
「嘘……だろ……」
夕闇の中、かつて美しかった緑の開拓村は、赤々とした炎に包まれていた。
家屋は無惨に焼け落ち、広場の木々も黒焦げになっている。
「母さん! トッド! みんな!!」
燃え盛る村の中を走り回るが、誰の姿もない。
だが、不思議なことに殺害された痕跡や血痕も残されていなかった。
「……連れ去られたのね」
トラックから降りてきた彼女が、唇を噛み締めながら言った。
「オルクス帝国は、魔力資源と労働力を極端に渇望しているわ。おそらく村人たちは全員、帝国の捕虜として強制連行されたんだと思う」
「捕虜……。じゃあ、まだ生きてるんだな!?」
「ええ。でも、いつまで無事でいられるかは……」
俺は、焼け落ちた自宅の跡地に立ち尽くした。
あんなに温かくて、毎日おいしいご飯を作ってくれて、息が詰まるほど強く抱きしめてくれた母さん。
(……絶対に助け出す。俺の、たった一人の家族なんだ)
拳を強く握り締める俺の肩に、彼女はそっと手を置いた。
「村がこんなことになって辛い時に、酷なことを言うけれど……」
真剣な眼差しで俺の目を見つめた。
「『アイギス』を生身で起動させたあなたをこのまま放すわけにはいかない。……私と一緒に、王都へ同行してもらえるかしら」
彼女の言葉に、俺は顔を上げた。
母さんたちを取り戻すには、一人ではどうしようもない。帝国軍に立ち向かうには、王国の力と、この『アイギス』についてもっと知る必要がある。
「……分かったよ」
俺は、傍らに置かれた巨大な鉄塊を見つめ、力強く頷いた。
「一緒に行ってやる。その代わり、母さんたちを助けるのに協力してよね、お姉さん!」
「カリンよ。カリン・ベルナデット。アイギスの開発補佐をしてるわ」
「レオナだ!レオナ・フェルニード!通りすがりの美少女だ!」
燃え盛る故郷の炎を背に、俺はカリンの整備トラックの助手席に乗り込んだ。
アイギスのある格納庫の壁に手を添え、遠くそびえる王都の空を見据える。
こうして、通りすがりの美少女(中身おっさん)と、『アイギス』を中心に過酷な旅路が、幕を開けたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
面白い、続きが気になると思っていただけたら、感想やブックマーク登録をいただけると執筆の励みになります!




