交渉決裂
大型整備トラックの居住ブロック。
カリンの調合した解毒薬と傷薬を飲まされ、温かい毛布に包まれたリリィは、震える声でこの街の地獄を語った。
「弟のテオは……街外れの地下収容所にいます……。子爵様は、鉱山で衰弱した子供や亜人を集めて……帝国の機械に繋いで……魔力を吸い殺しているんです……っ」
毒素で侵された鉱山での強制労働、横領した高純度鉱石の帝国への密輸、そして人体を消費する違法動力実験――。
話を聞き終えた車内には、重苦しい沈黙と張り詰めた殺気が満ちていた。
「……王国の法を何重にも踏みにじる大罪ですわ。もはや一刻の猶予もありません」
セシリアが青く透き通る瞳に怒りを宿し、腰のサーベルの柄を強く握りしめる。
「近衛騎士として、わたくしが直接領主館へ乗り込みます。王家の令状を突きつければ、いかに国境の領主とて査察を拒めないはずです」
「相手は最初から法を守る気なんてない連中だぜ? 話が通じる相手か怪しいけど……」
「それでも、筋は通しますわ。王国の正義がまだ死んでいないことを、あの外道に知らしめねばなりません」
セシリアの揺るぎない覚悟を受け、俺たちは領主館へと向かった。
豪奢なシャンデリアが照らす領主館の応接間。
ふかふかの革張りソファに深々と腰掛けていたのは、肥え太った身体に豪奢な毛皮を纏った男――領主、ベルク子爵だった。
その隣には、だらしなく制服を着崩したアイゼンベルク憲兵隊の隊長が控えている。
「ふむ……王都の近衛騎士団が、何の用かね?」
ベルクはワイングラスを揺らし、セシリアを品定めするようにねめ回した。
セシリアは一歩前に出ると、懐から王家の紋章が刻印された親書を掲げた。
「近衛騎士セシリア・アルスハイムです。ベルク子爵、貴卿に魔導鉱石の不法採掘、亜人および未成年者の違法監禁・強制労働の容疑がかかっています。速やかに地下施設の開放と査察官の受け入れを要求します!」
凛とした声が部屋に響き渡る。
だが――返ってきたのは、嘲笑だった。
「くくっ……あっはっはっは!」
ベルク子爵は腹を揺らして下品に笑い転げ、隣の憲兵隊長も鼻で笑った。
「おいおい、王都の世間知らずなお嬢ちゃん。ここはな、泥と血にまみれた国境の街だ。お前たちの綺麗な法律など、この街の煙でとっくに煤けて消えているわ」
「なっ……! 貴様、王家の威光を愚弄する気ですか! 憲兵隊長、貴職も黙って見過ごすのですか!」
「お嬢ちゃん、無駄だよ」
憲兵隊長が嘲笑いながら懐から金貨の詰まった革袋を取り出し、手のひらでジャラリと鳴らした。
「この街の法律は子爵閣下だ。不法労働? そんな記録はどこにもないね。あるのは、街のゴロツキどもが勝手に倒れたという事故報告書だけさ」
「き、貴様ら……!」
セシリアの顔が屈辱と怒りで朱に染まる。
ベルク子爵はワインを飲み干すと、冷酷な目で扉の陰に控える私兵たちに合図を送った。
「目障りな小娘だ。……ついでに、その生意気な銀髪のガキも気に入らんな。精錬所の隊長を病院送りにしたそうじゃないか」
ベルクの濁った視線が、部屋の隅で腕を組んでいた俺へと向けられる。
「ちょうどいい。近衛のお嬢ちゃんは王都のパパへ身代金代わりに送り返してやるが……その銀髪の小娘は没収だ。上等な実験台が手に入ったわ。おい、捕らえろ!」
ガシャンッ!
部屋の扉が乱暴に開かれ、実弾ライフルと魔導スタンロッドを構えた二十人以上の完全武装私兵が雪崩れ込んできた。
「……言ったろ? 最初から話なんて通じるタマじゃないんだよ」
俺はため息をつきながら前に出ると、サファイアブルーの瞳を冷たく光らせた。
「ここは一旦引こう。――こんな豚野郎に付き合うのは、あの子の弟を助け出してからだ」




