仕組まれた模擬戦
大講堂での騒動から一時間後。
俺たちは王都郊外に広がる、王国正規軍・第1地上演習場へと移動していた。
頭上には雲ひとつない青空が広がり、砂埃の舞う広大な土のグラウンドがどこまでも続いている。
グラウンドの端に設けられた天幕付きの木製観閲席には、技術局の研究員たちだけでなく、騒ぎを聞きつけた正規軍の将校や一般兵士たちが鈴なりになって詰めかけていた。
その観閲席の最前列中央、太い腕を組んでどっかと腰を下ろしているのは――歴戦の風格を漂わせる白髪交じりの大男だった。
仕立ての良い軍服の胸元には無数の戦功章が光り、鋭い眼光でグラウンドを見下ろしている。
「……あれは、第3軍団長のヘンドリック将軍ですわ」
俺の隣で、セシリアが声を潜めて教えてくれた。
「帝国との前線で幾度も武勲を立ててこられた、王国軍屈指の武闘派・現場主義の重鎮です。小細工や口先だけの者を何より嫌い、実力ある者しか認めないお方……技術局のエドワード主任も、あの将軍の前で失態は見せられませんでしょうね」
「へぇ……あのおじさん、強そうだねぇ」
「ちょっ、レオナ!? 大将軍相手に『おじさん』などと……! 言葉を慎みなさい!」
セシリアが慌てて小言を挟んでくるが、観閲席のヘンドリック将軍は俺たちのやり取りをじっと見つめ、面白そうにわずかに口端を吊り上げたように見えた。
「――これより! 被験者レオナに対する、最新型試作兵装『アイギス』の実技適性試験を開始する!」
グラウンドの中央に、拡声の魔導具を持ったエドワードの声が響き渡った。
先ほど測定器を粉々にされて恥をかいたためか、その顔は怒りと憎悪で醜く歪んでいる。
「対戦相手は、王都防衛隊の精鋭! 最新型の『試作魔導外骨格』を装備した衛兵小隊、五名だ!」
グラウンドの反対側から現れたのは、ただの訓練兵ではなかった。
鋼鉄の重装甲外骨格に身を包み、手には訓練用ではない実戦仕様の『高圧対機甲パイルバンカー』と、殺傷用の魔導重機関銃を構えた五人の巨漢たち。
さらに、グラウンドの周囲を取り囲むように、バチバチと青白い火花を散らす『魔導磁界拘束網』の杭が地面に打ち込まれていた。
「……はっ、あきれましたわね」
セシリアがサーベルの柄をカチリと鳴らし、侮蔑に満ちた冷たい視線をエドワードへ向けた。
「エドワード主任。これは適性試験などではなく、ただの『公開処刑』ですわね? 実戦兵器の持ち込みに、逃げ場を塞ぐ魔導磁界網まで敷いて……みっともない真似を」
「おっしゃる通りです。主任、技術者としての誇りすらドブに捨てたのですか?」
カリンもまた、眼鏡の奥の瞳を氷のように冷え切らせてエドワードを射抜いた。
二人が怒っているのは、レオナが負ける心配からではない。
ヴァルターの機甲すら粉砕したレオナの実力を誰よりも知っているからこそ、技術局の「権力と小細工で少女を嬲り殺しにしようとする腐った根性」に心底反吐が出ているのだ。
「ふ、ふん! 前線報告書には『単騎で帝国の主力機甲を両断した』と書いてあったはずだ!」
エドワードは二人の冷徹な視線に怯みつつも、必死に声を張り上げた。
「本物の実力ならば、この程度の包囲網など児戯に等しかろう! それとも何か、やはりあの報告書は小娘を祭り上げるための虚飾だったと認めるかね!?」
観閲席の兵士たちからも「おいおい、いくらなんでもやりすぎだろ……」「あんなちっちゃい女の子相手に、実戦用の重外骨格五機で拘束網まで張るか?」と技術局への非難のざわめきが広がる。
だが――
「いいぜ、おっさん」
俺は二人の前にスッと歩み出ると、グラウンドの土の上に無造作に突き立てられていた巨大な無骨な鉄塊――『アイギス』の柄へ手を伸ばした。
「レオナちゃん」
「カリンさん、セシリア隊長。……大丈夫。サクッと終わらせてくる」
俺はフッと口元を緩めると、華奢な右手の指先でアイギスの分厚いグリップを握り込んだ。
観閲席の中央、ヘンドリック将軍が腕を組んだまま身を乗り出し、ギラリと猛禽のような鋭い眼光をグラウンドへ突き刺す。
「……始めろ」
将軍の低く重い一喝が響いた。
「試験開始ッ! 包囲制圧せよ、やれぇぇぇッ!!」
エドワードの絶叫とともに、グラウンドの磁界拘束杭が一斉に起動し、俺の足元へ高圧の重力磁界が張り巡らされる。
同時に、外骨格を着込んだ五人の巨漢たちが、パイルバンカーの杭をガシャリと装填し、容赦なく四方から殺到してきた。
「死ぬなよ、お嬢ちゃんッ!」
「圧殺しろォッ!!」
逃げ場を奪い、重力で足止めし、鋼鉄の質量と超高圧の杭で叩き潰す――まさに完璧なリンチの布陣。
五本のパイルバンカーがレオナの頭上へ振り下ろされる、その瞬間。
――カチリ。
レオナの指先が、アイギスの過圧トリガーを無造作に弾いた。
――キィィィィィィィィィィンッ!!!!
演習場全体の空気を震わせ、大気を引き裂くような甲高い過圧励起音が青空へ突き抜ける。
足元に展開されていた重力磁界など、アイギスから漏れ出た奔流のような魔力圧だけでガラスのように粉々に吹き飛んだ。
「――機甲にも乗れねえ雑魚が、調子乗ってんじゃないよ」
ドォォォォォォンッ!!!!
生身の少女が片手で振り抜いた超重量の鉄塊が、大気を爆縮させながら一閃した。
巻き起こった爆発的な衝撃波が、突進してきた五人の強化外骨格を装甲ごとまとめてスクラップへと叩き潰し、木の葉のように演習場の端まで吹き飛ばしたのだった。




