魔導技術査問会
朝の澄み切った光がステンドグラス越しに差し込む、王都オルディアン・王立魔導軍事研究所の大講堂。
すり鉢状の円形劇場のような壇上には、分厚い眼鏡をかけた白衣姿の研究員たちや、胸元に勲章をジャラジャラとつけた貴族士官たちが、値踏みするように雛壇から見下ろしていた。
その中央――壇上の証言台に立っているのは、俺だ。
昨晩セシリアとカリンに見立てられた、上品なフリル付きの白ブラウスに黒のショートパンツ、そして紺色のショートジャケット。
動きやすさと清潔感を兼ね備えたその姿は、端から見ればどこかの良家のお嬢様か、魔法学院の優等生にしか見えない。
俺の左右には、技術士官として背筋をピンと伸ばすカリンと、腰のサーベルに手を添えて冷徹な眼差しを壇上へ向けるセシリアが控えている。
「――静粛に! これより、前線において鹵獲改修兵装『アイギス』を無断起動、および単騎で戦闘を行った民間人、レオナに対する魔導技術査問会を開廷する!」
木槌の甲高い音が響き、壇上の中央に座る男――王立魔導技術局の主任研究員、エドワードが立ち上がった。
いかにも神経質そうな痩せ型の男で、傲慢な笑みを口元に張り付かせている。
「カリン少尉の提出した前線報告書を読ませてもらったが……まったく、笑止千万だ。こんな田舎の小娘が、外骨格バッテリーも接続せず、生身の素手でアイギスを起動して帝国の主力機甲を両断しただと? 荒唐無稽にも程がある!」
エドワードは分厚い書類をバサリと机に叩きつけ、俺を値踏みするように見下ろした。
「アイギスに搭載されているのは、我が王国の技術の粋を集めて帝国規格を模倣した『高圧圧縮チャンバー』だ。本来なら大型外骨格の魔導炉から莫大な魔力を過圧供給しなければピクリとも動かん代物! それをこんな、魔力測定器も通したことのないような小娘が生身で動かせるはずがない!」
「事実ですわ、エドワード主任」
セシリアが一歩前へ出て、冷ややかに言い放った。
「わたくしはこの目でレオナの戦いを見届けました。近衛騎士団の誇りにかけて、前線報告書に何一つ偽りはありません」
「ふん、近衛のお嬢様は戦場で目を回して幻覚でも見られたのでは? あるいは……」
エドワードは卑屈な笑みを深め、ねっとりとした視線を俺に向けた。
「――この小娘が、帝国が送り込んできた『生体改造スパイ』である可能性。帝国の特殊な魔導器官を体内に埋め込み、我が国の兵器情報を盗むために自作自演の救出劇を演じた……そう考えれば辻褄が合う!」
「なっ……! 言掛かりも甚だしいですわ!」
「レオナちゃんは私の命の恩人です! 根拠のない侮辱は撤回してください!」
セシリアとカリンが同時に激昂する。
だが、当の俺はといえば――ポリポリと頬を掻きながら、心底あきれたようにため息をついた。
「おい、おっさん。理論で説明できないからって、スパイ認定は安直すぎない?」
「な、なんだと……!? 口の利き方を弁えろ、平民の小娘が!」
「だってそうだろ? 『外骨格の魔導炉がないと動かない』ってのは、あんたらが作ったバッテリーの出力と圧縮効率が弱いだけだ。兵装側のチャンバーが求めてる圧力まで、俺自身の魔力を注ぎ込んで回した。ただそれだけの話だぜ」
腕を組んでフンと鼻を鳴らす俺。
自分では至極真っ当に技術的な欠陥を指摘したつもりだったのだが、壇上の貴族学者たちは「生意気な小娘が!」「身の程を知れ!」と顔を真っ赤にして騒ぎ立てた。
小さな美少女が腕組みをして背伸びした口調で喋っている姿は、彼らにとってはただの「生意気なガキの減らず口」にしか見えなかったのだ。
「ええい、黙れ! 生身の人間の体内魔力量など、高位の宮廷魔導士ですら知れている! 機甲一基分の出力に匹敵するなどあり得ん! おい、魔導測定器を持ってこい!」
エドワードの合図で、技術兵たちが大きな真鍮製の円筒形装置を壇上に運び込んできた。
水晶のゲージと無数の計器が埋め込まれた、王国最新鋭の『第III型高精度魔導測定器』だ。
「さあ小娘! その水晶に手を触れてみろ! 貴様の微々たる魔力量が白日の下に晒されれば、その大法螺も――」
「触りゃいいんだな? 手加減とかしなくていい?」
「ふん、加減だと? この測定器は王宮魔導大隊長クラスの魔力でも計測できる最新型だ! 小娘の魔力などいくら流したところで壊れ――」
「へいへい、じゃあ遠慮なく」
俺はため息まじりに、真鍮の装置の上に埋め込まれた大きな青い水晶へ、右手の手のひらをペタッと乗せた。
そして――ほんの少しだけ、アイギスを握る時と同じ要領で、体内の魔力回路を共鳴させて注ぎ込む。
――トクン。
その瞬間。
――キィィィィィィィィィィィィンッ!!!!
大講堂の空気を引き裂くような、聞いたこともない超高周波の励起音が響き渡った。
「な、なんだ……!? この魔力圧は――」
エドワードが目を見開いた直後、測定器の水晶が目も眩むような白銀の閃光を放ち、埋め込まれていた数十個の圧力針が一瞬で限界値を突き破った。
カチカチカチカチッ! ギギギギギッ!
「ひっ……!? ゲージが振り切れて……魔力流入量が計測限界を突破しています!!」
「圧力を逃がせ! バイパス弁を開けぇぇぇっ!!」
技術兵たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが、レオナの規格外の魔力奔流は、精密機械の安全弁ごときで逃がせるレベルを遥かに超えていた。
――ドォォォォォォンッ!!!!!
轟音と共に、最新鋭の魔導測定器が内部から粉々に吹き飛んだ。
真鍮の破片と煙がもうもうと立ち込め、壇上の学者や士官たちが悲鳴を上げて床に這いつくばる。
「ゲホッ、ゴホッ……! な、何が起きた……!?」
煙が晴れた証言台。
煤ひとつついていない綺麗な姿のまま、レオナは両手を腰に当ててキョトンと首を傾げていた。
「……あちゃあ。壊れちゃった。……これ、弁償しなきゃダメ?」
鈴を転がすような無邪気な声が、静まり返った講堂にポツリと響く。
エドワードは尻餅をついたまま、ガタガタと歯を鳴らして泡を吹きかけていた。
「ば……化け物……! な、何なんだこの小娘は……!?」
「ふふっ、見事ですわ、レオナ!」
セシリアが扇子で口元を隠し、溜飲を下げて誇らしげに胸を張る。
だが、プライドを完全に粉砕されたエドワードは、狂気に満ちた目で立ち上がり、叫んだ。
「認めん……! こんなものはただの魔力の暴走だ! 兵器の制御とは別物だ!!」
エドワードは震える指を演習場の方角へと突きつけた。
「これより、第1地上演習場へ移動する! 我が軍の正規兵を相手に扱えるのか……白日の下で試験してやるわッ!!」




