路地裏の赤狼とちいさな英雄
賑やかな大通りのすぐ裏手。魔導灯の青白い光が届かない薄暗い路地裏へ足を踏み入れると、生臭い鉄と焦げたオイルの臭いがツンと鼻を突いた。
「きゃあっ……!」
石畳の上に倒れ込んだのは、赤褐色のボサボサとした短髪から獣の三角耳を生やした少女だった。
擦り切れた革鎧をまとい、腰からは夕焼けのように鮮やかな赤茶色のふさふさの尻尾が伸びている。だが、その毛並みは泥に汚れ、肩口からは血が滲んでいた。
「へっへっへ、観念しなァ、野良犬の小娘が」
彼女を取り囲んでいたのは、柄の悪い男たちが四人。
手には一般の流通では手に入らないはずの、帝国の規格刻印が入った違法な魔導スタンロッドや短機関銃が握られている。裏社会の密売組織か、あるいは帝国の息がかかった工作員か。
「ぐっ……ふざけんな……! ウチの集落を焼き払った帝国の横流し品で……ウチを脅そうなんて、いい度胸じゃねえか……!」
赤狼の少女――ミアは、鋭い八重歯を剥き出しにして威嚇するが、足の負傷のせいで立ち上がれない。
「威勢がいいのもそこまでだ。その珍しい赤狼の血統、裏のオークションに流せば機甲の予備シリンダー十本分にはなるからなァ!」
男の一人が、青白い高圧電撃をバチバチと迸らせたロッドを振り上げた。
少女が悔しそうに目をぎゅっと瞑った――その刹那。
――トンッ。
夜の闇を裂いて、ふわりと軽やかな足音が男たちの背後に落ちた。
「おいおい。大の男が寄ってたかって、女の子一人相手に下品な真似してんなよ」
「……あァ!?」
男たちが一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、フリル付きの白ブラウスにショートパンツを身にまとった、小柄で華奢な銀髪の美少女――レオナだった。
「な、なんだこのガキは……? 迷子か? おい、痛い目にあいたくなきゃすっこんでろ!」
「これから痛い目にあうのはどっちだか」
俺は手ぶらのまま、すっと自然体で一歩を踏み出した。
その瞬間、視界のピントがキュッと絞られるように鋭くなる。
(スタンロッドの魔力供給ラインは右グリップの直下。短機関銃のエーテル信管は排莢口の三ミリ奥か……魔導デバイスは作りがわかりやすくて助かるぜ)
「生意気なガキが、舐めやがってぇッ!」
男の一人がスタンロッドを突き出して突っ込んでくる。
だが、俺の目にはその動きがまるで止まっているかのように遅く見えた。
ヒュンッ、と首をわずかに傾けて電撃を紙一重でかわすと、俺は男の右グリップの継ぎ目へ、手のひらの付け根をトンと軽く叩き込んだ。
――バチィィッ!!
体内魔力をピンポイントで逆流させられたスタンロッドが、過負荷を起こして男の手の中でショート・爆発した。
「ぎゃあああっ!? お、俺の腕がァ!?」
「てめぇ、何やりやがった! 撃て、蜂の巣にしろッ!」
残る男たちが慌ててサブマシンガンを構え、トリガーを引こうとする。
しかし、俺の足さばきはそれより遥かに速かった。
地面を蹴った瞬間、風圧が路地に吹き荒れる。
生身とは思えない超加速で男たちの懐へ潜り込むと、俺は素手で二挺の銃身を同時に掴み上げた。
「全然整備がなってないなぁ!」
手のひらから魔力を一瞬で浸透させ、エーテル信管に高圧の魔力を走らせて壊す。
カチカチと空撃ちの音だけが響き、銃弾は一発も発射されない。
「ひ、引き金が動かねえ……!? ば、化け物かよこいつ……!!」
「はい、おやすみ!」
俺の鋭い回し蹴りが、男二人の顎を正確に打ち抜いた。
ドガァンッ!と二つの巨体が路地の壁に叩きつけられ、そのまま白目を剥いて崩れ落ちる。
残った最後の一人は、恐怖のあまり失禁しながら尻餅をつき、這いつくばって闇の中へ逃げ出していった。
戦闘時間、わずか五秒。
「ふぅ……。せっかく二人に選んでもらった服、汚れなくてよかったぜ」
俺はショートパンツの埃をパッパと払うと、石畳に座り込んだまま呆然としている赤狼の少女の前へ歩み寄り、ポケットに手を突っ込んだまま、なるべく男らしくフッと笑ってみせた。
「怪我はないか? ……立てるか、お嬢さん」
すっと右手を差し出す。
背筋を伸ばし、歴戦の先輩風を吹かせて格好良く決めたつもりだったのだが――
「あ……う……」
ミアは琥珀色の瞳をまん丸にして、ぽかんと口を開けたまま俺の顔を見つめていた。
彼女は座っていても分かるほどすらりと手足が長く、立ち上がれば確実に俺より頭一つ分は背が高い。
差し出した俺の手は白く小さく、見下ろしているはずなのに、どこか一生懸命背伸びしているようにしか見えなかった。
(な、なんだこの人……!? ウチよりずっとちっちゃくて、折れそうなくらい細いのに……生身で帝国の魔導銃を素手で壊して……こんなに強くて、かっこよくて……なのに、めちゃくちゃ可愛い……!!)
ドクン、とミアの胸の奥が激しく高鳴った。
差し出された小さな手をぎゅっと握りしめた瞬間、ミアの赤褐色の三角耳がピンと立ち上がり、ボサボサだった尻尾がバタバタと激しく石畳を叩き始めた。
「あ、あのっ……! ウチ、ミアって言います……! あ、あなたのお名前は……!?」
「俺はレオナ。ただの通りすがりのおっさ…美少女……まあ、ちょっとした冒険者みたいなもんさ」
腕組みをしてドヤ顔を決める俺。
その仕草があまりにも小動物の威嚇のように愛らしく、ミアの顔は一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。
「レ、レオナ様……! ウチ、決めました……! ウチの命、アンタに預けます! ウチをアンタの従者にしてくださいッ!!」
「えっ? いや、従者って……ちょ、尻尾振って抱きついてくんなって!?」
大型犬のように飛びついてきたミアを受け止めきれず、俺はたたらを踏んでよろめいた。
そこへ、息を切らしたカリンとセシリアが路地裏へ駆け込んでくる。
「レオナちゃん!? 今の物音は――って、あらあら……?」
「ちょ、ちょっとレオナ!? 目を離した隙に、今度は獣人の娘を誑し込んでいますの……!?」
セシリアの鋭いツッコミが、夜の王都の裏路地に響き渡ったのだった。




