王都の夜風と着せ替え人形
「――さて、レオナちゃん。明日の朝はいよいよ魔導技術局の査問会だけれど」
「まずは着替えを探さないとね?」
王都オルディアンの士官宿舎の一室。
カリンは軍の制服の襟元を正し、技術士官としての鋭く知的な眼差しで俺の全身を観察するように見つめていた。
その隣には、任務の一環と言いつつ私服だろうか上品な薄紅色のフリルドレスに着替えたセシリア隊長が、扇子をパチリと閉じて冷ややかな視線を投げてくる。
「ええ、カリン少尉の仰る通りですわ。いくら前線から急ぎ運ばれてきたとはいえ、その泥と煤にまみれ、あちこち解れた田舎娘のワンピースのまま査問会へ出席させるわけにはまいりません」
「えっ、別にいいじゃん。多少汚れてたって破れてなきゃ何でも一緒だろ?」
俺が着ているのは、故郷の村を出たときからずっと着ている素朴な麻のワンピースだ。度重なる激戦のせいでオイルや泥が飛び散り、裾も擦り切れているが、動きやすいし慣れている。
男たるもの、服なんぞ身体が隠れてりゃ十分――そう思って腕を組んでフンと鼻を鳴らしたのだが、セシリアはピクリと眉を跳ね上げた。
「よくありませんわ! わたくしが同行していながら、連れている者がそんな浮浪児のような身なりでは、わたくしの……ひいては近衛騎士団の面目に関わります! それに……」
セシリアはフンとあごをしゃくり、少し癪に障るように視線を逸らした。
「……無駄に整った顔立ちをしているくせに、みすぼらしい格好で素材を台無しにするなど見ていて不愉快ですわ。少しは自分の身だしなみを弁えなさい!」
「セシリアさんの言う通りよ、レオナちゃん」
カリンが真面目な顔で頷く。
「明日の査問会は、あなたの身の潔白とアイギスの正当性を証明する重要な公務。技術者としても軍人としても、場に適した身だしなみを整えるのは最低限の義務よ」
(うっ……真面目なカリンさんにそう正論で詰められると弱いな……)
俺が思わず怯んだ、その瞬間だった。
カリンがスッと眼鏡のブリッジを押し上げ、どこか頬を緩ませて瞳を輝かせた。
「――それにね。せっかくこんなにちっちゃくて、お人形さんみたいに可愛い女の子なんだから……綺麗に着飾ってあげないなんて、罪だと思わない?」
「……は?」
「よし、決まり! 行きましょ、レオナちゃん!」
「ちょ、おい! 急にキャラが変わって――わっ、引っ張るな! どこ連れてく気だ――!?」
普段のかっちり軍務モードから一転、可愛いものセンサーが完全に暴走したカリンと、面目のために連行するセシリアに両脇をがっちり掴まれ、俺は夜の王都・中央商業区へと連行されたのだった。
夜の王都は、魔導灯の淡い青白い光に照らされ、昼間とはまた違う幻想的な熱気に包まれていた。
石畳の大通りには高級ブティックや装飾品店がずらりと立ち並んでいる。
「いらっしゃいませ、セシリア様! 本日はどのような――」
「この者にふさわしい、清潔でまともな服を一式見繕いなさい。……ええ、それなりに見栄えのするものを選んでちょうだい」
「店員さん、私にも選ばせて! この子の透き通るような銀髪とサファイアブルーの瞳に映えるやつ、全部持ってきてちょうだい!」
「ちょっ、カリンさんまで何言ってんだ!? 俺は動きやすいズボンか作業用のツナギが――」
「レオナちゃんはそこでじっとしててね!」
そこから先は、まさに地獄の(主に俺の羞恥心的な意味での)着せ替えショーだった。
普段は冷静沈着な主任技術者であるはずのカリンが、可愛いぬいぐるみを愛でるかのような熱烈な手つきで次々と服を当ててくる。
「見てセシリアさん! この白と水色のフリルワンピース、最高に似合ってない!? まるで本物の精霊のお人形さんみたい……!」
「……っ。ま、まあ、悪くはありませんけれど……フリルが多すぎて子供っぽすぎますわ。次はこれを着せなさい」
「う、うぅ……裾がヒラヒラして落ち着かねえよ……」
もじもじと裾を押さえる俺を見て、セシリアは扇子で口元を隠し、ツンとそっぽを向く。だが、その耳元がわずかに赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
一方のカリンは「可愛い……可愛すぎるわ……!」と両手を頬に当ててうっとり悶絶している。
「待て! このスカート、丈が短すぎる! スースーする! こんなん前屈みになったらパンツ見えんだろ!!」
「なっ……!? レ、レオナ! はしたない言葉を大声で口にするんじゃありませんの! 本当に口の利き方を知らない田舎娘ですわね……!」
「もう、レオナちゃんったら、そんなに足をバタバタさせたら危ないでしょ〜。はい、じっとして、リボン結び直してあげるからね」
(た、助けてくれ……! なんで三十路のおっさんがレースやらリボンやら着せられて小言と過保護のダブルパンチを受けなきゃいけないんだ……!?)
鏡に映る自分は、大きな翡翠色の瞳を潤ませ、純白の肌をほんのり赤らめたどこからどう見ても『超絶美少女』。
本人は一生懸命「男らしく」文句を言っているつもりなのだが、高い鈴のような声のせいで、周囲にはただの「口の減らない、お世話のしがいがある可愛い小娘」にしか見えていない。
結局、小一時間あーだこーだと揉みくちゃにされた末、動きやすい黒のショートパンツに、上品なフリル付きの白ブラウス、その上に紺色の魔導士風ショートジャケットという「可愛さと実用性を兼ね備えたコーディネート」で決着がついた。
「ふぅ……死ぬかと思った……」
ブティックを出た俺は、魂が抜けかけた状態でテラス席のある屋台へへたり込んだ。
カリンは満足そうに眼鏡を直して微笑み、セシリアはツンとすました顔で腕を組んでいる。
「ふふ、やっぱり私の見立て通り完璧ね。すごく似合ってるわよ、レオナちゃん」
「……ふん。まあ、先ほどのボロ布よりは数倍マシになりましたわね。これなら明日の査問会でも、見た目で笑われることはありませんわ」
「はいはい、そいつはどうも……。あ、店主さん! そこの『ドラゴンスパイス肉串』三本と、冷たい炭酸水ちょうだい!」
屋台の店主に注文すると、すぐに香ばしい煙と共に、タレが滴る大振りの串焼き肉が運ばれてきた。
前世から美味い肉には目がない俺は、行儀もそこそこにガブリと豪快にかぶりつく。
「んん〜〜っ! うまっ! 外側カリカリで中めっちゃジューシーじゃん!」
口いっぱいに頬張り、炭酸水をゴクゴクと喉を鳴らして流し込む。
リスのように両頬を膨らませて必死にモグモグし、口元に少しタレをつけながら、満面の笑みでと息を吐いた。
男らしく豪快に食ったつもりだったのだが――向かいに座っていたセシリアが、眉を吊り上げて扇子を机にトンと置いた。
「……はぁ。本当にあなたという人は……! せっかく良い服を着せたというのに、子どものように口元を汚してガツガツと食べるなんて、不作法極まりありませんわ!」
「ん? 美味いもんを美味そうに食って何が悪いんだよ。あ、タレついてる? ぺろっ」
「〜〜〜〜っっ! な、舌で行儀悪く舐めるんじゃありませんの!」
セシリアはピキッと青筋を立てて顔をしかめるが、どこか落ち着かない様子で視線をサッと逸らした。
一方、カリンはいつもの真面目な雰囲気から一変、目尻を下げ、バッグから綺麗に畳まれたハンカチを取り出した。
「ふふっ、もう……急いで食べなくても、お肉は逃げないわよ。はい、お顔見せて?」
カリンが身を乗り出し、まるで小さな妹の世話を焼くように、優しくトントンと俺の口元を拭ってくれる。ほのかに香る石鹸の匂いと、大人の女性の柔らかい手つきに、今度は俺の方がカッと顔が熱くなった。
(くっ……! 普段は真面目で堅物な感じなのに、なんかいつもと雰囲気違くないか……!?)
俺が内心で必死に冷静さを保とうとしていた、その時だった。
――キャアアアアッ!
――やめろ、離せッ!
賑やかな大通りの喧騒を切り裂くように、すぐ近くの暗い裏路地から、鋭い争い声と少女の悲鳴が響き渡った。




