白銀の騎士団長
前線基地の天幕を出ると、澄んだ朝の空気と、焦げたオイルと鉄の匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐった。
まだ全身に鈍い痛みが残っているものの、一晩眠ったおかげで足取りはしっかりしている。
「レオナちゃん、本当に大丈夫なの? まだ休んでいてもいいのよ?」
「これくらい平気だって。それより、アイギスの状態と……助けてくれたっていう機甲部隊を見ておきたくてさ」
カリンに案内され、俺たちは基地の一角にある大型格納庫へと向かった。
そこには、昨夜の激戦を物語る傷跡を刻みつつも、美しく磨き上げられた白銀の大型機甲が数機、整然と並べられていた。
「へえ……これがユーベル王国軍の正規機甲か。装甲の継ぎ目も綺麗だし、魔導配管の取り回しも洗練されてるな」
前世の職人目線でマジマジと観察しながら感心していると――。
「――おや。我が『白銀の翼』の機体を物珍しそうに眺める不審者がいると思えば……噂の『銀髪の少女』ですの?」
凛とした、だがどこかお高くとまった少女の声が頭上から降ってきた。
見上げれば、白銀機甲の昇降タラップの上に、一人の少女が立っていた。
見事な金髪を優雅な縦ロールにまとめ、白と銀を基調とした豪奢な騎士服に身を包んだ美少女。腰には細身の魔導サーベルを佩いている。
タラップを軽やかに降りてきた彼女は、腕を組み、値踏みするように俺を上から下まで見つめた。
「カリン少尉。基地司令から報告は受けましたけれど……この華奢な平民の小娘が、本当にオルクス帝国のヴァルター少佐率いる部隊を単身で退けたというのですか?」
「セシリア隊長、言葉に気をつけてください。彼女がいなければ、私もアイギスも無事ではありませんでした」
カリンが庇うように前に出る。
金髪の少女――近衛機甲騎士団の隊長、セシリア・アルスハイムは、ふんと小さく鼻を鳴らした。
「とても信じられませんわね。生身で重魔導兵器を振り回すなど、理論上あり得ません。ましてやこのような、今にも風で吹き飛びそうな小娘が……何かの間違いか、あるいは手品でも使ったのではありませんこと?」
(うひゃあ、絵に描いたようなお嬢様騎士様のお出ましだぁ)
中身がおっさんだからだろうか、精一杯背伸びして威厳を保とうとしている少女の態度は、どこか微笑ましくすら見えた。
だが――俺の視線は、彼女の背後にそびえる白銀機甲の「ある一点」に吸い寄せられていた。
「あの、お嬢さん」
「……お嬢さん!? 無礼ですわよ! 私はアルスハイム男爵家当主にして、近衛機甲騎士団隊長セシリア・アルスハイムですわ!」
「はいはい、セシリア隊長さん。そんなことよりさ」
俺は彼女の愛機の右脚部を指差した。
「その自慢の愛機、右脚の魔力ダンパーの圧……規定値より高めにズレてない?」
「……は?」
セシリアが目を丸くしてポカンとする。
「アイドリング中の魔力排気音が、右側だけわずかに甲高い。たぶん減衰弁の調整をミスって、踏み込み時の負荷がシリンダーに直撃してる。このまま長距離を行軍したら、熱で焼き付いて足首がポッキリ逝くよ?」
「なっ……ななな、何をデタラメを仰いますの!?」
セシリアの白い頬が一気に真っ赤に染まった。
「我がアルスハイム隊の機体は、王都の最高技術者たちが完璧に整備・調律した極上の芸術品ですわ! 機械の構造も知らないようなド田舎の小娘が、耳で聞いただけで不具合を言い当てるなど――」
その時、格納庫の奥から基地司令が足早に歩み寄ってきた。
「セシリア隊長、話はそこまでだ。王都の本部より緊急の特命が下りた」
「司令閣下! 特命とは……」
姿勢を正すセシリアに対し、司令官は重々しい口調で告げた。
「これより貴隊は、カリン少尉、およびそこの少女・レオナと機密兵器『アイギス』を最優先警護対象とし、直ちに王都の魔導技術局へ極秘護送せよ」
「なっ……我が隊が、この小娘の護衛を……!?」
絶句するセシリアを横目に、俺はニヤリと笑って見せた。
「よろしく頼むよ、セシリア隊長。……道中で右脚がポッキリ逝かないことを祈ってるぜ?」
「くっ……! 言わせておけばぁぁっ!!」




