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第5話 オルドの屋敷



 俺とセシルは、オルドに招かれた屋敷の応接室で上品な香りの紅茶を飲んでいた。


 オルドの屋敷には正門に警備を行なう門番が立ち、広い厩舎には馬の世話をする専用の番まで待機している徹底ぶりだ。

 この広々とした応接室の柔らかいソファに深く腰を下ろすと、どこからともなく使用人が現れ、温かい紅茶を淹れてくれたのだ。

 

「……大きいお屋敷だね」


 セシルが陶器のカップを傾けながら、ぽつりとつぶやく。

 少し落ち着きがない様子で、広い部屋の辺りを見回していた。

 王族として暮らしていたセシルから見ても、ここが並の屋敷ではないと分かるのだろう。


 するとガチャリと扉が開き、オルドが豪快な足音を立てて部屋へ入ってきた。

 正直なところ、この豪華な装飾に満ちた屋敷の雰囲気と、ヒゲ面で無骨なオルドの姿はあまり似合っていない。

 もちろん、オルドに失礼なのは分かっているので口には出さないが。


「フェルレイド隊長! 拙者とこの屋敷とじゃ、どうにも不釣り合いに映っているでしょうな! がっはっは!」

「いや、そんな事はないが……」


 まるでオルドに心の中を見透かされたようで恥ずかしい。

 恥ずかしさを誤魔化すように、俺はつい苦笑いを浮かべていた。

 

 すると、オルドはセシルに向かって明るく声を掛けた。

 

「セシルお嬢さん。我が家には温泉を引いておりますので、どうぞ、温泉をご堪能くだされ!」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 

 セシルの瞳が、期待と喜びでパッと輝く。

 

 それにしても、個人の自宅に温泉があるとはどういうことだ?

 俺が屋敷の設備の豪華さに改めて驚いていると、オルドの後ろから中年の女性使用人が、さささっと静かな足取りでセシルのそばへと近づいていった。

 

「わたくしが、ご案内させていただきます」

「はい、ありがとうございます」


 セシルは弾むような足取りで、使用人とともに部屋を後にしていった。


「フェルレイド隊長も、ぜひこちらへ! 男性用の温泉が別でしてな!」

「あ、ああ」


 背中を押されるように、俺はオルドに連れられて歩き出した。

 

 長い廊下を抜けた先の庭に、素晴らしい露天の温泉が作られていた。

 高い壁に囲まれた空間には、温泉特有の香りが強く漂っている。


 大きな岩を組み合わせて作られた湯船には、熱い湯がドボドボと惜しみない勢いで注ぎ込まれ、白い湯気を立ちらせていた。

 俺とオルドは衣服を脱ぎ、ゆっくりと肩までお湯へと浸かる。


「ふわあぁぁ~~……」


 温かい湯が全身を包み込み、つい情けない声が漏れてしまった。

 そんな俺のすっかり緩んだ顔を見て、オルドが満足そうにニヤリと笑う。


「温泉は最高でしょう! 湯上がりの衣服も来客用のものを用意しましたので、そちらをお使いくだされ」

「そんなに至れり尽くせりで、なんか悪いな」

「いやいやいや、何をおっしゃる! 拙者は本当に感謝しておるのです。あの砦でフェルレイド隊長に救われたのは命だけではありませんからな!」


 また、この男は話を大きくしている。俺一人が誰かの命を救ったのではない。あの過酷な戦場において、皆で一生懸命に命を繋ぎ止めただけなのだ。

 だが、今のオルドの言葉には少し気になる響きが含まれていた。


「命だけではないって、なんのことだ?」


 俺が問い返すと、先ほどまで笑っていたオルドの目が真剣なものへと変わった。


「あの砦の防衛任務は、誰が見ても絶望的な状況でしたからな。正規兵たちは我先にと逃げ出し、後ろには多くの村々がある。最後の防衛線である拙者たちが逃げれば自分たちの命は助かりますが、村人たちの全滅は免れない局面でした」


 確かにオルドの言う通りの状況だった。民を守るはずの兵が去り、金で雇われた俺たちだけが残ったのだ。

 

「しかし、フェルレイド隊長が知恵と勇気と勇猛さを示し、見事に帝国軍を倒し続けたのです! それはもう、伝説の英雄そのものと言える戦いぶりでしたぞ!」

「またそれか。オルドは話を大きくし過ぎだ。あれは皆がいたからこそ、達成できたことだろ?」

「確かに皆が居たから達成しましたが、あれはフェルレイド隊長がいなければ不可能でした。あの5年間、毎日が地獄でしたが、毎日が楽しくもあったものです」


 オルドが白い湯気の向こうで空を見上げながら、しみじみとした語る。

 トラーグ砦を去ったのは確か1ヶ月くらい前の話だが、ずいぶんと昔のことであるかのように感じられた。

 

 熱い湯の温もりに浸りながら、俺は彼らと共に過ごした5年の歳月を思い返した。

 この記憶は、俺の人生において一生忘れることのない大切なものだ。

 

 やがて、オルドが顔を戻して俺の方をまっすぐに向いた。

 

「それに、我が兄もフェルレイド隊長とぜひ会いたいと言っていましてな。それがまさか、こんなに早く実現するとは思いませんで! がっはっは!」

「兄? この屋敷に、オルドの兄がいるのか?」

「ええ! というのも、ここは兄が引き継いだ実家の屋敷でして。拙者は冒険者として活動しつつ、時折こうして帰ってきているのです」


 なるほど。オルドの家系は名の知れた豪商か何かなのだろうか。そうでもなければ、この並外れた屋敷の広さと豪華さの説明がつかない。


「しかし、驚いたよ。こんなに大きい屋敷が実家だなんてさ」

「まあ、そうでしょうなぁ。しかし領主の家ともなると、これくらいの規模は必要なのではないでしょうか?」

「へえ、お兄さんは領主なのか。……………えっ、領主!?」

「あれ、言っておりませんでしたか? 兄は、このモノネリ領の伯爵でしてな」


 道理で、この屋敷が大きくて使用人の数も多いはずだ。しかも伯爵家の人間だとは。

 たしか、貴族の階級は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の序列だったはずだ。伯爵はかなり上位の貴族と言える。


 俺が呆然としていると、温泉の入口に別の使用人が現れ、オルドに向かってぺこりと頭を下げた。

 

「お、どうやら湯上がりの用意ができたようです。そろそろ上がりましょうぞ!」


 ザバリと大きな水音を立てて、オルドが温泉から立ち上がる。

 

 この屋敷には、いったい何人ほどの使用人が働いているのだろうか。

 俺はポカンとしたまま、オルドの大きな背中に続くように温泉から上がった。



 ——————



 湯上がりには驚くほど肌触りの良い上等な服が用意されており、俺は袖を通してからオルドとともに再び応接室へと向かった。

 テーブルの上には冷たい水や、泡立つエール酒が並べられている。

 オルドはすぐさまエール酒のジョッキを掴むと、喉を鳴らしてグビグビと飲み干していた。


 俺とオルドは、ふたたび柔らかいソファへと座った。

 

「しかしオルド。お前がまさか貴族の出だったとはな」

「いえいえ、今の拙者は貴族ではありませんぞ。拙者はすでに、貴族の籍からは抜けておりますからな。がっはっは!」


 貴族から抜ける……そんな事が可能なのか?

 世間の常識から外れた答えに、俺はまたしても呆気にとられていたが、当のオルド本人は、あっけらかんとした顔で笑い飛ばしていた。

 

 その時、カチャリと静かな音を立てて扉が開いた。


「失礼いたします」


 部屋に入ってきたのは、先ほどセシルを温泉へと連れていった女性の使用人だ。

 

 その後ろには、オルドの妹だろうか。いや、年齢からすればオルドの兄の娘、つまり姪にあたる少女かもしれない。

 華やかでありながら派手すぎない上品なドレスを身にまとった、とびきりの美少女が立っていた。


「おお! これはこれはセシル殿! まるでお姫様のようですな!」

「えっ、セシル……!?」


 よく見てみると、その清楚なドレスを着ていたのは誰でもないセシルだった。

 長旅の汚れは一切なく、美しく仕立てられたドレスがセシルの白い肌を際立たせている。

 長い金色の髪は綺麗にアップでまとめられ、ほんのりと薄い化粧まで施されていた。

 

 普段の旅姿とは雰囲気が大きく異なっているが、目の前にいるのは間違いなくセシルだ。


 オルドが感嘆の声を上げた通り、今のセシルは誰がどう見ても高貴なお姫様そのものだった。


 ……いや、よく考えれば本物のお姫様だったか。


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