第38話 お客様?
このままでは、セシルの正体が王族であるルーファウス王子にバレてしまう。
なんとかしてセシルの事を隠さなければならない。
ルーファウス王子とセシルが会わなければ、何も問題はないはずだ。
いっそベルグラン卿に相談し、王子の来訪を諦めてもらうべきか?
……いや、そんな事をしたら、逆に危険な状況を招くかもしれない。
もしセシルの正体が知られてしまった場合、ベルグラン卿にも隠ぺいの罪を被せてしまう事になる。
同行しているオルドに相談するのも、同じ理由で危険を伴わせてしまうだろう。
仲間たちを巻き込むわけにはいかない。
ならば、俺一人だけでどうにかするべきだ。
「フェルレイド殿、どうかされましたか? 随分と難しい顔をされておられる。……ああ、やはり殿下がいらっしゃるのに緊張されているのですな」
「え、あ……まあ、そんなところです」
心配そうな表情を浮かべたベルグラン卿が声を掛けてくる。
まさか王女さまがグレイウルフ領にいて、俺がこっそり匿ってるんですよアハハなんて事は口が裂けても言えるわけがない。
「ところでベルグラン卿。グレイウルフ領には、あとどのくらいで到着されるのかご存知ですか?」
馬車に揺られ続けて、すでに長い時間が経っているが、作戦を練るのにどれくらいの有余が残されているのか。
まずそれを知ることが何より重要だ。
「そうですね。この位置であれば、あともう少しで到着するでしょうね」
「えっ!? もう到着するんですか!?」
「ははは! フェルレイド殿が驚くのも無理はありませんな。王家の馬車は基本的に止まりません。中継地点で馬を替えるだけで、基本的に駐留することはありませんので」
「へ、へぇ……」
馬車の外へ視線を向けると、べルグラン卿が言葉通りにグレイウルフ領特有の広大な草原が広がっている。
これは本気でマズい、マズいぞ……
落ち着いて考えろ、フェルレイド。
今までだって、こんなピンチを何度だって切り抜けてきたじゃないか。
だが、どうすればいい。
あ……閃いたわ。
グレイウルフ領に到着した瞬間、すぐに馬車を降りてセシルの元まで全速力で走る。
すぐにセシルに説明して隠し、その間にルーファウス殿下の視察を終わらせるのだ。
かなり強引な作戦ではあるが、これならば俺一人で、さらに周囲に悟られず実行できる。
よし、この作戦でいこう!
——————
そして、俺たちはついにグレイウルフ領にへと到着した。
馬車がゆっくりと停止した瞬間、俺はすぐに馬車の扉を跳ね開ける。
「フェルレイド殿!? どちらへ行かれるのですか!?」
「殿下をお迎えする準備をしてきます!」
俺が急に馬車を飛び出したため、べルグラン卿が驚愕の声を上げる。
確かに今まで涼しい表情で座っていた男がいきなり外へ飛び出せば、驚くのも無理はない。
周囲には久しぶりに見るグレイウルフ領に光景が広がっていた。
その先には我が家がポツンと、何の変化もなく佇んでいる。
俺は急いで自宅へと駆け寄った。
家の横にある畑を見ると、グルルとルーア、そしてイピカが収穫したばかりの野菜を手に持っている。
「おわー! フェルかぁ! 帰ってきたんだねぇ!」
グルルが大きな声を張り上げた。
その表情は満面の笑みが浮かんでおり、別れていた日数はそう多くないものの、懐かしさが込み上げてくる。
「お帰り、フェル」
「あ、あの……! お、おかえり……なさい……!」
ルーアとイピカも俺の顔を見て、その帰還を歓迎してくれた。
だが、今の俺にはそれに浸っている暇などない。
「なぁ、セシルはどこにいる!?」
間髪入れず、セシルの居場所を尋ねる。
「セシルか? あそこで洗濯物を干しているぞ」
ルーアが指を差した、その先。
そちらに目を向けると、眩しい太陽の光を浴びて、物干し竿に掛けられた白いシーツの向こう側にセシルの影が揺れている。
俺は焦りながらも、すぐにその影へと駆け寄った。
「あれぇ? あんなに慌てて走って、フェルはそんなにセシルに会いたかったのかぁ?」
「ふふ、そういうものなのだろうな」
グルルとルーアの会話が聞こえてきたが、それに返事をする余裕すらない。
一刻も早く、セシルの存在を隠さなければならないのだ。
俺はシーツの前に駆け寄ると、勢いよくシーツを捲り上げた。
「わぁっ!?」
目の前にいたセシルは、俺が突然現れたことで目を丸くして驚いていた。
だが、目の前の人物が俺だと認識した瞬間、セシルの顔にぱっと華やかな笑みがほころぶ。
「フェル!? お帰り!」
「おわっ!」
セシルが勢いよく胸の中に飛び込んできた。
突然のことで反射的に、俺はそのままセシルをしっかりと抱きしめてしまった。
久しぶりの再会は喜ばしいが、今はすぐに伝えなければならない重大な事実がある。
「セシル! 今すぐ——」
俺が言葉を続けようとした、その時だった。
背後から、まったく別の冷たい声が響き渡る。
「随分と良い場所だな。このグレイウルフ領は」
静かな、冷静な口調。
ドクリと心臓が跳ねあがり、そっと振り返る。
そこにはすでにルーファウス王子と、護衛の四人が立っていたのだ。
だが、不幸中の幸いか、セシルは俺にしがみついた状態のまま。
まだセシルの顔はルーファウス王子から視認されていないはず。
俺は自らの背中でセシルを隠しながら、ルーファウス王子の方へと向き直った。
「た、ただ今、準備をいたしますので、少々お待ちいただけますでしょうか」
「よい。私の事は何も気にするな。それより、そちらの方は? フェルレイドが急いで駆け寄って抱きしめているのを見ると、奥方かな?」
まずい、ここに人がいることがすでにバレている。だが、まだ顔は見られていないはずだ。
このままセシルの顔を出さずに、なんとかやり過ごさなければ——
「あれ、だれだれ? お客さん?」
不意に、セシルがひょっこりと俺の背中から顔を出してしまった。
「ん?」
「あ」
ルーファウス王子とセシルの口から、それぞれ短い声が漏れる。
ほんの数秒ほどその場で時が止まったかのように静まり返った。
最初に口を開いたのは、セシルだった。
「フェルのお客様でしょうか? 私はセシルと申します。ようこそグレイウルフへ」
セシルはいつものように、スカートの裾を少しだけ持ち上げて丁寧な挨拶をした。
その落ち着いた挨拶にたいして、ルーファウス王子がすぐに返答する。
「これはこれは。どうやら夫婦の久方の再会を邪魔してしまったようだね」
そのやり取りは、あまりにも普通のものだった。
もしかして、二人は面識がないのだろうか。
俺が今まで心配していたのは、ただの杞憂だったのか?
すると、セシルが無邪気な声を上げる。
「フェル。私、お客様のお茶の用意をしてくるね!」
「え、あ……ああ、頼む」
何でもない、セシルの普段通りの一言。
そのままセシルはタタタッと小走りに家の方へと向かっていく。
ちらりとルーファウス王子の表情を見ると、いつもの冷静な無表情のままだ。
やはり二人は面識がなく、同じ王族といっても双方の事を知らないのだろうか……?
だが家の方へと駆けていくセシルを見た時、はっと息を呑んだ。
セシルの手が、小さく震えていた。




