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第37話 お戯れ



「いやまったく、さすがに肝が冷えましたよ。フェルレイド殿……」


 揺れる馬車に座りながら、向かいに座るベルグラン卿が力なく声を上げた。


「いやまあ……今後は気をつけます」


 苦笑いを浮かべつつ、俺は無難な返事をした。

 確かに、俺は危うくルーファウス王子に怪我をさせるところだった。

 ……というのは正直なところ、言い過ぎだろう。


 第一王子であるルーファウス殿下の周りには、常に複数の護衛が控えている。

 俺が打ち倒したのは、護衛の中でも新進気鋭の先兵である『三刃(さんじん)』と呼ばれる若い兵士たちに過ぎない。


 だが、実際のところはルーファウス殿下にピタリといる側近たちの方が何倍も強者のはずだ。

 俺が至近距離にいたにも関わらず、彼らは微動だにせず冷静さを保ち、一切の動揺も見られなかった。

 

 戦場を知る者としては、ああいう奴らには不用意に近づくべきではない事を嫌というほど知っている。

 ルーファウス殿下の護衛は、おそらく何か絶対的な必勝の手立てを持っているのだろう。

 その確固たる信頼からか、当のルーファウス殿下本人も俺の事を微塵(みじん)も恐れる気配を見せなかったのだ。


 しかし、その一件でどうにも気になる疑問があった。

 なぜ、わざわざ第一王子であるルーファウル殿下が直々に前線に出向いているのだろうか、という点だ。

 俺はベルグラン卿が何か事情を知っているかのではないかと思い、そっと話題を切り出してみる。


「ところでベルグラン卿、なぜルーファウス殿下はこのような前線にまで出向いているのですか?」

「ええ、ルーファウス殿下は何と言いますか、非常に行動力が旺盛(おうせい)でしてね。気になる事があったり、時間に猶予がない時は殿下ご自身が動かないと気が済まない質(たち)なのです」

「それはまた……皆さんは大変そうですね」

「本当に……しかしまあ、周りもだいぶ慣れたものですがね。なにぶん、昔からそういった『お戯(たわむ)れ』が多い方でしたので」


 ベルグラン卿は慣れたものだ、と言いつつも、今までの苦労を噛みしめるように馬車の外を遠い目で見ていた。

 今までどれほどの苦難を乗り越えてきたのか、その横顔には深い苦労の色が滲(にじ)んでいる。


 そして、そのベルグラン卿たちが味わってきた『苦労』が俺の身にまで舞い降りてきているのだった。

 なぜ今、俺とベルグラン卿が馬車に揺られているかといえば、まさにその『お戯(たわむ)れ』が原因だ。

 

 帝国軍との戦いの後、ルーファウス殿下の領土内に防衛線を敷いたものの、あれから帝国は侵略の気配すら見せていない。

 それどころか帝国側は姿さえ現さず、領土内には帝国が残した物資くらいのもので静かなものだった。


 速やかに防衛部隊を配備したルーファウス殿下は、これ以上駐留(ちゅうりゅう)を続けても意味がないとして帰還する運びとなったのだが、そこでまた第一王子の『お戯れ』が発動した。

 ルーファウス殿下が「どれ、帰り際に私が直にグレイウルフ領を視察しようではないか」と言い出したのだ。


 その結果がこれだ。

 俺はベルグラン卿とともに馬車に押し込められ、大軍を引き連れたルーファウスの一行と共に、俺の領地であるグレイウルフ領へと向かっている。


 グレイウルフ領は何もない土地で、領民も数人しかいない。

 見に来ても何もないと言っても、ルーファウス殿下は「ならば余計に見てみたいものだ」のと応えるだけだった。

 

 まあ、俺自身はこうやって馬車で楽に帰れるし、問題はないのだが。


 だが、問題なのはグレイウルフ領に本当に何もない事だ。わざわざ王家が視察に来るというのに、まともな歓迎さえできないだろう。

 俺が出せるものは、紅茶と討伐したヴァルガノスの保存肉くらいなもので、王族にそんなものを食べさせていいのかどうかすら分からない。

 

 幸(さいわ)いなことに、一緒にベルグラン卿が同行してくれるという事が何より救いではあるが。

 だからこそ、俺はベルグラン卿に色々と質問していたのだ。

 

「ベルグラン卿。グレイウルフ領にはただ草原と川が広がり、そこにポツンと一軒家が立っているだけの場所です。そんな場所に王子を迎えてもいいものなのでしょうか?」

「そこは問題ありませんよ。こういうのも何ですが、殿下に周りが振り回されるのは今日始まったことでもありませんし、現地をひと目ご覧になったらすぐにご帰還されるはずですから」

「はぁ……それなら良いのですが」


 まさか、あんな場所に王子が来る事になろうとは。世の中、何が起きるか分からないものだ。

 俺がまさか領主になった事でさえ、未だに実感が湧いていないというのに。


 それに、グレイウルフ領に戻るのも実に久しぶりだ。

 グレイウルフ領に残るセシルたちは元気にやっているだろうか。


 しかも、これから王子が一緒に帰宅するなど知ったら、セシルは驚くだろうなぁ……

 目を丸くして驚く姿が目に浮かぶ。グルルたちはおそらく何とも思わないだろうが。


 ん……? 待てよ。

 王子の来訪……そしてセシル……

 

 俺の中で、妙な違和感が騒いだ。


 セシルは元々、王城に住んでたお姫様だったはずだ。

 そして、ある重大な事情があって、城から逃げだしてきたのだ。

 

 えーっと……だとするとルーファウス王子とセシルは、兄妹って事か?

 という事はだ、このままだとルーファウス殿下とセシルが面と向かって顔を合わすことになるよな?

 

 マ……マズい!!!!

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