第36話 覚えて
「おお、フェルレイド殿!」
軟禁されて数日後、なんとベルグラン卿が俺のテントに現れた。
テントの入口に立つベルグラン卿の後ろには、オルドが立っていた。
オルドは無言ながらも笑顔でこくりと頷いたので、俺もこくりと頷づき返す。
どうやらベルグラン卿が、ルーファウス配下の兵士たちに俺の事を説明してくれたため、晴れて俺の身の上の潔白が証明された。
だが、ベルグラン卿とオルドと少し話し込んだ後、ベルグラン卿とともに司令官の場所へ向かう事になったのだ。
俺の身の上は保証されたが、ひとりで帝国を撃退できた経緯を聞きたいらしい。
それもそうか。『ひとりで帝国を倒しました』なんて言っても、普通は信じないのかもしれない。
俺はベルグラン卿ととともに、司令官のいる場所へと赴いた。
この司令官のテントは、凄まじいほどの警備の数だ。
もはやテントではなく、小さな砦かと思うほどの厳重さだった。
周囲に張り詰められた警備兵の緊張感が、肌に伝わって来る。
「フェルレイド殿はすでにお会いしているとかで」
ふむ、司令官のことだろうか。
「ええ、といっても霧の深い中だったのでお互いに直接顔を合わせているわけではありませんが」
厳重な警備の中でベルグラン卿とそんなやりとりをしていると、屈強そうな兵士たちが守る大きな扉が目の前に立ちはだかった。
こんな野営地で、わざわざ本格的な扉を用意するなんて随分と不自然だ。
そんな疑問を思っていると、扉の前でベルグラン卿が扉の先に向けて声を掛けた。
「ベルグランでございます。フェルレイド卿を連れて参りました」
すると、重い音が響いて扉が開いた。
部屋の中は広く、中には武装した護衛の兵士が大量に並んでいる。さらには文官も控えており、ここが作戦本部なのだろう。
足音を響かせながらスタスタと進んで行くベルグラン卿に着いて行く。
この部隊の司令官はどうやら相当にお偉いさんのようだ。ベルグラン卿が伯爵だから、その上の爵位だろう。
おそらく侯爵だろうか。いや、もしかすると更にその上の公爵の可能性もある。
もしくは、その上流階級の子息といった所だろう。耳に届いた声がやけに若かったからだ。
俺たちの視線の先には、豪華な木彫りの椅子が用意されており、そこに静かに座る人物がいた。
金色の長い髪で、端正な顔立ちをした青年だ。だが、その表情は無表情。
まるで感情がないような、仮面のような顔つきをしている。
ベルグラン卿が立ち止まったかと思えば、迷いなく膝をついた。
俺も慌てて作法を真似て、習うように膝をつく。
すると司令官がゆっくりと立ち上がり、口を開いた。
「フェルレイド。ベルグランから事情は既に聞いている。急務で駆け付け、帝国を撃退した戦功、見事だった」
淡々とそう語る司令官は、喋っている時も無表情を崩さなかった。
こんな時、なんて答えればいいんだ? たぶん、この人は偉い人物なんだとは思うが。
「ええと……光栄です」
そんな気の利かない一言しか返せなかった。
「ふっ……先に私に掛けた口調から礼儀を知らぬ者かと思ったが、そうではないのだな」
あ……俺が彼らと対峙した時に口走った色々な失礼な言葉をまだ気にしているのか。
これはちょっと面倒な事になりそうだから、今のうちに謝っておいた方がよさそうだな。
「あーっと……その際は失礼いたしました。何分、霧のせいで敵か味方かも判別がつかなかったもので」
「確かにそうだな。それに関しては我々も同様だ。お互いに命があって良かったものだな」
すると、司令官がツカツカとこちらに歩み寄ってきた。
俺の前に立つと、司令官は俺の顔をジッと見ていた。
「あの状況だったら、私が殺されていた可能性すらある」
司令官の言葉に、隣にいたベルグラン卿がビクッと身体を跳ねた。
「え……!? 一体、何があったのでしょうか!?」
おや、ベルグラン卿は事の顛末を詳しく知らないらしい。
あの濃い霧の中でお互いに殺し合いが始まりそうだった事を。
だが、ベルグラン卿の慌てた問いに応えたのは司令官だった。
「問題無い、ベルグラン。ちょっとした手違いだからな」
「え、いや、しかし……」
司令官の返答に、しどろもどろになって言葉を失うベルグラン卿。
ベルグラン卿よりも偉い立場にある味方の人間をうっかり殺しかけたとしたら、とんでもない大罪になる所だったかな。
驚いて目を見開いているベルグラン卿にも、あらぬ心配をかけてしまったようだ。
しかし、この司令官が誰だか分からないが、確実に公爵か侯爵の血筋なのだろう。
わざわざそんな高貴な人物が戦場に、しかも最前線に赴くとは到底思えないが。
冷や汗を流すベルグラン卿を、司令官は諭すような口調で語りかけた。
「ベルグラン、良き隣人を持ったな。このフェルレイド、我が精鋭の中の『三刃』をひとりで打ち破ったのだぞ」
「さ、三刃のみなさまをですか!?」
三刃? なんだそれは。と内心で首を傾げたが、部屋に隅に控えていた三人の兵士の肩がビクっと上がるのが見えた。
ちらりと目をやれば、先日、俺が指南したゲイルと『追従の矢』の使い手である女性の兵士。
確か名前はコルトといったかな。あと一人は知らないが、おそらく上空から飛び出してきて、俺が気絶させた男だろう。
彼らが『三刃』と呼ばれているらしい。随分と仰々しい名前だなとは思ったが、三人は申し訳なさそうに顔を俯けていたので名前ほどの気迫は無い。
「こ、これはとんだご無礼を!」
ベルグラン卿が慌てて声を張り上げる。
え、ご無礼なのか? 倒したらまずかったのだろうか。
しかし、司令官は静かにそれを制するように応じた。
「良いと言っているのだ、ベルグラン。頼もしい事ではないか」
「いえ、しかし殿下! それでは——」
……ん? 今、ベルグラン卿は何て言ったかな?
俺の耳がおかしくなければ、今『殿下』と口にしたよな。
殿下といえば、王族の、それも王子のことだ。
俺は思わず、隣のベルグラン卿に確認するように尋ねてしまった。
「あの、ベルグラン卿? 殿下って……?」
俺の疑問に、ベルグラン卿が目をパチクリとさせて何度も瞬きをした。
だが、俺の問いかけに応えたのはベルグラン卿ではない。
俺の前に立つ、金色の髪の青年が言い放った。
「フェルレイド。私がその『殿下』だ。私の名はルーファウス・オルドフィール、覚えておいてくれよ」
その時、今まで仮面のように無表情だった司令官が……いや、ルーファウス王子が初めてニヤリと笑った。




