第35話 軟禁、そして指南
合流したルーファウス配下の兵士達。
そして俺はというと……なんと軟禁されていた。
軟禁といっても、牢屋に入れられて過酷な扱いをされているわけではない。
むしろ上質な布で作られた豪華すぎるテントの中で過ごしている。
まるで王都の高級宿を思わせる手厚いもてなしだった。
これには理由がある。
俺一人で帝国を撃退した事について、まだ信頼されていない事。
さらに捕虜にした兵士たちが、『やつの方が裏切者だ!』と言い出したのだ。
これについては、では何故シドニスの配下の兵士たちがルーファウス配下の土地にいるのか?という点で信頼されてはいない。
あと直接言われたわけではないが、俺が本当にグレイウルフ領の領主なのかという事が完全には信頼されていないようだ。
ということで、だ。
そんな複雑な事情があり、俺は今こうして豪華なテントの中で過ごしている。
「申し訳ございません、フェルレイド様。モノネリ領のベルグラン卿が到着されるまで、今しばらくお待ちください」
俺のために給仕としてあてがわれた一人の若い兵士が、貴族の執事を思わせる丁寧な態度で頭を下げて紅茶を差し出す。
アルベルトと名乗ったその男は、軟禁されている俺の身の回りの世話を律儀にこなしていた。
まるで貴族だ。慣れない対応に、むずかゆい気持ちになる。
「ああ、理解している。俺に手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「いえいえ、フェルレイド様は帝国軍をいち早く撃退してくださったのですから、どうぞ気楽になさっていてください」
とまあ、こんな感じで俺の正体を証明できるベルグラン卿が到着するまでおとなしく待つしかない。
ベルグラン卿がここにたどり着くには、まだ数日かかるだろう。
それまでの間、贅沢なテントの中でのんびり過ごそうと決めていた矢先のことだった。
またしても面倒な事態が起きた。
「フェルレイド様はいらっしゃるか!」
大きな声がテントの外から響き、入口の布が荒々しくまくられた。
そこに立っていたのは、見上げるほどに大柄な男の兵士だ。
切り揃えられた短髪と、手入れの行き届いた軍服が目を引く。
どこかの名家の出身なのだろうか。
体格の良さはオルドといい勝負だ。
オルドも声が大きいが、この兵士も声が大きい。
声の大きさと、体格の立派さは比例するのだろうかと考えながら男を見据えた。
「俺がフェルレイドだが、何か用か?」
「おお……! 少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ。暇を持て余しているしな。それより、軟禁中の俺と話して上の者に怒られないか? ちゃんと許可は取っているのか」
「はっ! 特別に許可は頂いております」
通常、このような立場にある者との面会には厳重な手続きが必要となる。
許可を取っているということは、それなりの用件がある証拠だ。
「そうかい。じゃ、そこに座ろうか」
テーブルを挟んで向かい側の椅子を促す。
そしてアルベルトが手際よく、もう一客のカップに紅茶を注いだ。
男は椅子に座ると、さっそく口を開いた。
「私はゲイルと申します。実はフェルレイド様にお聞きしたい事があるのです」
「ゲイルか。よろしく頼む。聞きたいのは、あの時の『槍』についてか?」
「なんと!? ご存知でしたか……まさにその通りです」
このゲイルという男。声や体格で分かったが、俺に向かって槍を突き出した兵士だ。
俺が槍の穂先を掴んで引き、馬から引きずり落とした被害者でもある。
するとゲイルは両手をテーブルに叩きつけると、そのまま額をテーブルにぶつけるような勢いで深く頭を下げた。
「フェルレイド様……! なぜ私の槍が全く通用しなかったのか、その理由を教えていただきたい!」
……やっぱりそういうことか。
ゲイルは、おそらく司令官の護衛の一人なのだろう。
だが、司令官の前で俺に負けた事で強い悔しさを生んでいるらしい。
それで負けた原因を直接確かめに来たというわけだ。
ゲイルは頭を下げた姿勢のまま、必死な声で言葉を続けた。
「フェルレイド様は領主であり、一介の騎士である私がこのような頼み事をするのは失礼だと理解しております! それでも、どうしても教えていただきたいのです!」
「ああ、いいぜ。色々教えてやるよ」
「そこをどうか! たかが騎士である私が、このような願いをするのはどうかというのは理解しております! ですが……え? 今なんとおっしゃいましたか?」
「だから、いいぜって言ったんだ。何でゲイルが負けたのか、次に戦うときはどうすればいいか、全部教えてやるさ」
俺の言葉を聞いたゲイルは、驚きに目を見開いて顔を上げた。
ゲイルの目がキラキラと輝いている。
「か、感謝いたします! フェルレイド様!」
それから簡単にだが、俺はゲイルに戦場での槍の扱い方を指南した。
騎士団特有の型にはまった美しい技ではなく、俺たち傭兵が生き残るために培ってきた泥臭い実戦の技術を教え込む。
ゲイルは理解が早く、身体を動かすセンスも優れていた。
俺の助言をするすると吸収していった。
「ありがとうございました! まさか、このような戦い方が存在するとは……! 感服いたしました!」
「いや、大したことじゃないさ。また何かあれば気軽に聞いてくれ」
「なんと!? 本当に……本当に感謝いたします! それでは失礼いたします!」
ゲイルは背筋を伸ばし、礼儀正しく一礼してから足早にテントを去っていった。
上達しようと必死にもがく若い男の姿は見ていて気持ちがいい。
俺も昔は、身一つで戦場を駆け回りながら先輩の傭兵たちに指南された事を思い出していた。
お互いの背中を預け合って生きるしかない、それが傭兵稼業の鉄則だからだ。
そして、その翌日のことだった。
またしても、テントの入り口が無造作に開けられる。
「フェルレイド様はいらっしゃるッスか!」
高い声がテントに響き、何だと思わず目を向けた。
そこに立っていたのは、長い髪を後ろで一つに結った若い女性の兵士。年は10代の後半くらいに見える。
彼女は緊張で全身をこわばらせたまま、その場で直立していた。
「俺がフェルレイドだが、何か用か?」
「あ、あの……! 実はお願いがありまして参った次第ッス!」
この声に、この独特の喋り方。
俺に『追従する矢』を放った兵士に違いない。
女性の兵士は緊張を隠せない様子で、引きつった表情を浮かべながら言葉を繋いだ。
「何で私の矢を避けられたのか、教えてほしいッス!」
また同じような依頼か、と俺は内心で苦笑する。
もちろん俺は、それを快く承諾した。




