↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

第34話 霧の中の戦い


 

 辺りが白く湿った霧で視界を遮(さえぎ)られている中、俺は足を踏み出して駆け出した。

 目指すは敵陣の中央、騎馬隊の本陣だ。


 今回、俺は逃げずに戦うのには理由がある。

 そう、捕虜にした兵士達を生かさなければならないのだ。

 あいつらは帝国に内通していた動かぬ証拠であり、その捕虜を『証拠隠滅』されたらたまったもんじゃない。


 さすがに俺への敵対意識むき出しの捕虜を数十人も連れて逃げる事は不可能に近い。

 だからこそ、敵の意識を全て『俺一人』に集中させる必要がある。

 

 牢屋に改装した倉庫から、充分に離れたのを見計らった。

 この辺りなら良いだろう。さて、ここからが勝負だ。

 

 俺は意識を集中させ、全身から剥きだしの強烈な殺気を周囲へと放つ。

 周囲の木々に止まっていた鳥たちが、バサバサと大量の羽音が響かせ慌てて飛び立っていく。


 さらに俺が放った殺気によって、周囲を囲んでいた敵の兵士たちの足がぴたりと止まった。

 濃霧で周りが見えない中、全員が俺の存在をはっきりと認識した事が肌のピリピリとした感覚で伝わってくる。


 そうだ、これでいい。余計なところに目を向けるな、俺にだけ集中しろ。

 

 俺は走る足を止めず、正面の騎馬隊へと一気に詰め寄った。

 正面の騎馬隊がざわついている気配が伝わる。

 

「敵が来るぞ! 総員、迎撃!」


 騎馬隊から切羽詰まった声が響く。敵さんは、どうやら俺を見つけてくれたようだ。

 だが、お互いに濃霧でその姿はまともに認識できない。

 

 ——パゥン!


 突如として乾いた音が響き渡る。

 この音は、戦場においては死を告げる音だ。

 敵から『矢』が放たれた音に他ならない。


「この霧の中で矢を放つだと……?」


 霧で周りが見えない状況で、なぜあいつらは迷わず矢を撃ってきたのだろうか。

 だが、そんな疑問はすぐに消え去った。

 矢が風を切り裂く不気味な音が、まっすぐに俺の元へ近づいて来る。


「まさか見えているのか?!」


 俺は反射的に身体を左側へと大きく跳ねた。

 何も見えない濃霧の中、走っている俺を正確に狙う矢。

 この時点で、すでに普通ではないと気づくべきだった。

 

 すると……

 

 ——ギリギリギリィィィ!!

 矢が聞きなれない奇怪な異音を立て始めた。

 

 なんだ、この音は? ……嫌な予感が背筋を走る。


 霧で矢が見えない中、異音を立てる矢に意識を集中させた。

 ……見えた!

 

 俺が飛び跳ねて矢の着弾点から大きく離れたというのに、その矢は不自然な軌道を描いて曲がり、俺に追従してきたのだ。

 

「ちぃっ! 魔法の類(たぐい)か!?」


 矢が魔法で俺を追従してきている以上、避けるという選択肢はできないようだ。

 危険だが、この手しかないだろう。

 俺は抜いた剣を構え、ゆっくりと息を吸い込み、タイミングを合わせて力強く振り下ろす。

 

「ふん!」


 まっすぐ俺に向かって飛んできた矢を、振りかぶった剣で地面へと叩き落とした。

 金属製の矢はメキィ!と生々しい音を立てて、勢いよく地面に転がる。


 すると同時に、騎馬隊の方から焦燥に満ちた声が聞こえてきた。


「やったか!?」

「駄目ッス! 矢が壊されたッス!」

「なにっ!? この霧の中でか!?」


 おそらく、俺に矢が確実に命中するという自信があったのだろう。その作戦が失敗し、焦ったような声が聞こえてきた。

 だが、その無駄口を叩いてくれたおかげで、敵の正確な位置が手に取るように分かった。

 

 再び駆け出すと、辺りには大量の騎馬隊の影がぼんやりと霧に映る。

 だが、俺は騎馬隊の中を縫うように進み、声を発した奴の方へと一直線に駆けていった。

 霧の中で俺を正確に特定し、追尾する矢を放ってくる奴を放置するのは厄介だからだ。


「こっちに敵がいるぞ!」

「そっちに向かってる!」


 周りの騎士が俺をやっと視認したところで、馬に乗っているがゆえに逆にすぐには反応できていない。

 その隙を突かせてもらった。


 だが、俺の正面。

 霧を切り裂いて、巨大な槍が俺の顔の正面へと突き出された。

 

 恐ろしく早い、槍の突き。

 だが俺はその槍の穂先を素手で掴み、避けつつ強引に『引っ張った』。


「ぬおっ!? 槍が!?」


 またもや間抜けな焦った声が聞こえた。

 同時に、俺に槍を引っ張られ馬に乗っていた兵士がドテっと無様な音を立てて地面に落ちた。

 

 槍の攻撃の基本である『突き』は、素早く前に突きだし、引くときも素早く引くのが鉄則だ。


 だが、全力で突き出している槍を掴まれ、そのまま引っ張られたりすれば、騎乗しているものはだいたい態勢を崩す。

 何せ、突き出した槍を引っ張られるような経験なんて誰もしたことがないだろうからな。


「おらああああ!!」


 俺の頭上から、随分と気合の入った声が降ってくる。

 見上げると、剣を振りかぶった兵士が高く飛び上がり、俺の方へとまさに跳びかかってきているところだった。

 

 避けるか、それとも剣で受けるか。

 ……いや、どちらでもない。俺はあえて上空の兵士の方へと跳び上がった。


「うぇっ!?」


 兵士が間の抜けた声を上げる。いきなり、狙っている地面の相手が自分の方へ飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。

 

 俺は空中でその兵士の腕と首をガッチリと掴み、そのまま勢いをつけて背負い投げた。

 ドシン!と重い音を立てて、俺と兵士が地面へと転がり落ちる。


「うぐっ! ぐ……!」


 地面に落ちた衝撃を利用し、俺の肘を兵士のみぞおちにねじ込む。

 それだけで兵士は脳震盪(のうしんとう)と呼吸困難に陥り、これで完全に戦闘不能だ。


 だが、ここで問題が起きた。

 問題というか、大問題だ。

 

 霧の中、やっと兵士の姿を至近距離で視認して分かったのだが、そいつが着ていた鎧は帝国軍の黒い鎧ではないのだ。

 思わず、俺はぽろっと声を漏らしてしまった。

 

「何だお前、もしかしてオルドフィール国の兵士なのか?」

「うぐっ……!」


 しまった、呼吸もままならない兵士に不用意に声を掛けてしまった。

 だが、目の前にいるのはどう見ても帝国軍ではなく、俺たちの国であるオルドフィール国の兵士だ。

 

 まさか、モノネリ領からの救援か?

 いや、最悪の場合、こいつらがシドニスの手先という可能性だって充分にあり得る。

 

 俺はすぐに声を張り上げた。


「待て! 俺もオルドフィールの人間だ! 攻撃の意思はない!」


 周りの騎士達が槍や剣を構えたまま、俺をぐるりと取り囲む。

 すると、霧の中から別の騎士の声が響いた。

 

「ではなぜ、貴様が攻撃を仕掛けてきた!」

「なぜって、そちらが俺に矢を放ってきたのだろうが!」


 そう、俺が先に攻撃したわけではない。あくまで俺は、『殺気を放った』だけだ。

 だからこそ先に攻撃してきたのはそっちだ、と都合よく言い張ってみる。

 

「貴様が先に殺気を放ったのだろうが!」


 ……まあ、そうだよな。その反応は正しい。ならば次だ。

 

 こいつらがオルドの救援である『ルーファウスの兵士』なのか、それとも『シドニス側の配下』なのか、それを知る事が重要だ。

 俺は殺気についての言い訳はせず、次の言葉を投げかけた。

 

「俺はグレイウルフ領の領主、フェルレイドだ! お前たちはルーファウス側の配下か! それともシドニス側の配下か! どちらだ!」


 奴らからの返答次第では、さらに血みどろの戦いが始まる覚悟はできている。

 

 だが返答は予想しないものだった。

 先ほど槍を引っ張って地面に落ちた兵士から、見当違いの返答が返ってきたのだ。


「なっ!? 貴様、領主なら『殿下』と呼べ!」


 ……うわ、めんどくせえ。

 こんな切羽詰まった状況で、いちいちそんな堅苦しい敬称なんて付けていられるかってんだよ。

 

 だが、そのやり取りに返答したのは俺ではなかった。


 すっと静かに近づいてきたひとりの騎士。

 周りの護衛も歩幅を合わせるように、ピタリとくっついている。


 姿は霧の中でぼんやりとしか見えないが、おそらくあいつがこの部隊の司令官だろう。

 その司令官が、冷静に、そして静かに俺へ声を掛けた。


「よい。我々は『ルーファウス側』だ。先ほどグレイウルフ領の領主といったな? それは本当か?」

「ああ。恩があるモノネリ領に帝国が侵入してきていると聞いて飛んできたんだ」

「ほう。では、グレイウルフ領の領主よ。お前が本当に領主なら、モノネリ領の領主を知っているはずだな?」

「もちろん知っているとも。モノネリ領の領主はベルグラン卿だ」

 

 この司令官、俺の事を疑っているらしい。まあ当然か。俺が領主である証拠など何もないのだから。

 

「ふむ……では最近ベルグランと会ったか? ベルグランはグレイウルフ領の領主に『ある物』を渡したはずだが、それを答えられるか」

「ん? ああ、ベルグラン卿から正式な領地の辞令書を貰ったな。シドニスじゃなくてルーファウスの印がついたものをだ」

「そうか……どうやら、お前の言う事は事実のようだ。皆、剣を収めよ」


 司令官の号令とともに、辺りの兵士たちも俺へ向けた武器をようやく収めた。

 周りの護衛も警戒を解いているので、おそらく本当にルーファウス側と考えて問題無いだろう。


 司令官が再び、俺に声を掛けた。


「グレイウルフの領主よ。なぜ、一人でこのような場所にいる」

「ああ、ちょうど二日前に川の方で帝国を撃退したところでな」

「……撃退だと? 他に本部隊がいるのか?」

「いや、俺一人だ。あと、帝国に内通していた兵士たちを捕えている。先に進むと川があってな、その倉庫の中に捕えているぜ」


 俺の言葉に、周りの兵士たちがザワザワと騒ぎ出した。

 すると、司令官がまたもや静かに指示を飛ばす。


「2番隊は川へ進んで倉庫を確認しろ。3番隊は周囲を警戒だ」

「はっ!」


 すぐに周りの兵士が数人、迅速に動き出す。


 ふう、まさか帝国じゃなくてオルドフィール国の、しかもルーファウス側の兵士達だったとはな。大怪我させなくて良かったぜ。

 空中から叩き落とした兵士は、どうやら気絶してしまったようだが問題無いだろう。……たぶん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。