第33話 敵、襲来
「まあ……当初の予定とは変わったが、ひとまず帝国は退却していったな」
取り合えず、最初の襲撃は突破できたようだ。だが帝国がこのまま黙って引き下がる事はない。
何せトラーグ砦を陥落させようと、負け続けてなお5年間も侵略しつづけた相手なのだ。
今回引き下がったのは、あの帝国司令官グリンドルフが俺に負け続けたトラウマによるものに過ぎない。
「さて、これからどうするか。ここにいる国を裏切り帝国に尻尾を振っていた防衛隊長や兵士たちを突き出さないといけないしな」
それに、またいつ帝国軍が牙を剥いてくるか分かったものではない。
オルドがオウデーンへと向かっているとはいえ、そこから応援の兵士が来るのに早くて5日は掛かるはず。
いや、出兵の準備も入れると到着まで2週間ほど掛かる可能性すらある。
それに面倒くさい事この上ないが、それまでの間、この縛り上げた厄介者たちの面倒を見てやらなきゃいけないってわけだ。
俺がやれやれと首を振ると、地面に転がっていた防衛隊長が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
「おい! 貴様、こんな無様な姿に縛り上げておいて、いつまで放置する気だ! シドニス殿下がお聞きになれば、貴様など一巻の終わりだぞ!」
相変わらず威勢のいい声を上げる防衛隊長に向かって、俺は冷ややかな視線を向けた。
「おや、まだそんな威勢の良いことが言えるんだな。自分の置かれている状況が、まだ頭に入ってきてないらしい」
「なんだと!? 我々はシドニス殿下の命令に従って動いているのだ!」
防衛隊長は、自分たちの背後にいる第二王子シドニスという後ろ盾の威光を笠に着て、完全に自分たちが助かるものだと信じきっている様子だった。
俺はそのお目出度い脳みそに呆れ果て、大きなため息をついてから言い放った。
「お前なぁ、本気でそんな甘い事を考えているのか? そのシドニスってのが、たかだか兵士であるお前らを助けに来るとでも本気で思ってんのか?」
「なっ……なんだと!? 当たり前だろうが!」
「考えてもみろよ。今、第一王子から第四王子までが、血みどろの王位継承争いを繰り広げるって話だぞ。そんな中で、お前たちのように国を裏切って帝国にすり寄った連中がどうなるかなんて、少し頭を働かせれば誰だって分かるはずだろ」
「何を言う! 貴様が例え本当に領主であっても、王族をどうこうできるとでも思っているのか!」
はあ……まったく、こんな奴らだから敵に懐柔されるんだよな。
しょうがない。一から説明してやるか。
「お前たちのような末端の兵士が国を売ったとなれば、他の王子たちにとっては格好の大義名分になる。シドニスにとっても、裏切りが発覚したお前たちは厄介な証拠でしかないんだよ。要するに、お前たちは『トカゲのしっぽ切り』にされるに決まっている。たかだか一兵卒のために、王子殿下が自分の身分を投げ打ってまで助けに来るはずがないだろ、バカだな」
俺の指摘に、防衛隊長だけでなく、周りで聞いていた他の兵士たちの顔色が一気に青ざめていく。
「そ、そんなはずはない……! 我々は重要な任務を任されたのだぞ……!」
「重要もクソもあるか。お前たちはただの捨て駒だよ。さて、いつまでもお前らをこうして野ざらしにしておくわけにもいかない。夜間は冷え込むし、万が一にも飢えた魔獣どもに襲われたら後始末が面倒だからな」
俺は近くにあった頑丈な倉庫へと目を向けた。
中を確認すると、倉庫は窓ひとつもなく壁も厚い。それに鍵も外から掛けられる。
一旦は、ここをこいつらの牢屋としよう。
俺はすぐに、倉庫の中の食糧や荷物を外に放り出した。
「ほれほれ、全員立ち上がれ。今日からお前たちの寝床はあの倉庫だ」
「なっ、倉庫に押し込めるというのか! 我々をなんだと思っている!」
「文句を言うな。夜露をしのげて獣に食われないだけ感謝しやがれってんだよ」
俺は縛り上げた兵士たちを容赦なく引きずり起こし、倉庫のなかに次々と放り込んだ。
鍵をしっかりと締め、これで夜間の心配はなくなった。
「はぁ……少しは静かになったな」
倉庫の中では、まだ兵士達がギャーギャーと騒ぐ声が聞こえてきたが、それは聞かなかった事にしよう。
それから、二日が経過した。まだ帝国の動きは無い。
今日は空がどんよりとした曇り空に覆われ、周囲一帯には冷たい霧が立ち込めて視界がひどく悪くなっていた。
まだ昼前だというのに、夜のような薄暗さが辺りを支配している。
そして、俺が倉庫の異常がないか見回りをしていた時だった。
「……ん? 何の音だ?」
耳を澄ますと、微かに違和感のある音が聞こえてきた。
最初はただの風の音かと思ったが、違う。
それは、壊れた橋があった川の対岸から聞こえる音ではない。
なんと俺の背後側、グレイウルフ領やオウデーンの方向である逆側から聞こえてきたのだ。
「これは……馬の足音だな……」
霧の向こう、はるか遠くから、重く低い地響きのような音が静かに大量に響いてきている。
オルドたちがオウデーンから救援を呼ぶにしても、まだ早すぎる。こんな短期間で戻ってこられるはずがない。
まさか、帝国はどこかの川から侵入できる経路を探してきたのだろうか?
それにその足音はこちらを最大級に警戒し、微塵の油断もない動きをしているのがハッキリと伝わってくる。
「こちらに真っすぐ近づいてきているな……」
視界の悪い霧の向こうから、騎馬隊の重々しい足音が確実に近づいてくる。
さらに、それだけではなかった。
左右の深い森の中から、徒歩の者たちが音を立てぬよう、こちらを取り囲むようにじわじわと近づいてきているのが分かった。
しかも、かなり遠距離から見事な統率をもって包囲するように進んでいたに違いない。
中央からは本体の騎馬隊。左右からは徒歩の兵士たち、という所だろう。
進行には一切のよどみがない。まるで、あらかじめ俺の位置を把握した上での完璧な布陣だ。
俺は、既に大軍に囲まれていたのだ。
だが、こんな事を経験するのは今回が初めてではない。
物心つく前から戦場にいたのだ。こんな事態はしょっちゅうだ。
左右からは森から滲み寄る徒歩の兵士たち。
足音は消しているが、殺意を持った気配は消し切れていない。
中央には、主力である騎馬隊。
遠くからでも聞こえる振動は、かなりの量がいるはずだ。
背後は川。
逃げるなら、川を渡って対岸に行くべきだろう。
こちらの戦力は、この俺がひとりだけ。
このような場合、どうするのが正解か?
こんな事、考える必要すらない。
俺は馬鹿じゃないんだ。
それは……
敵の最高戦力である騎馬隊への中央突破だ。




