第30話 ぶん殴った
「何を見ている! さっさと帰れ! ここは通行止めだ!」
防衛隊長が、偉そうに言い放つ。
聞き覚えのある声に、あの横柄な態度。懐かしさすら覚える。
ちらりとオルドへ視線を向けると、オルドも俺の顔を見つめ返していた。
『フェルレイド隊長、トラーグ砦に来たあの男ですよね?』と、オルドは声に出さないものの呆れたような表情でそう訴えかけてくる。
俺はただ静かに、コクリと頷いた。
さて、どうするか。
状況から考えて、十中八九、帝国軍は目の前の橋を使って攻め込んでくるはずだ。
そして、橋の手前にはシドニスの配下の兵士たちが少数で待機している。
……こいつら、帝国軍と内通しているな。
状況的に、そう考えて間違いはない。
だが証拠は無い。
ならば、確認するまでだ。
俺は防衛隊長に向かって、あえて軽く尋ねてみた。
「なあ。山の上から見えたんだが、この先から帝国軍が攻めてきているぞ?」
『帝国』。
その単語を出した瞬間、兵士たちの肩がわずかにビクっと跳ね上がった。
返答もなく、不自然な沈黙が落ちる。
やはり、帝国軍が接近している事実を知った上でここに居るわけだ。
だが、防衛隊長だけは態度が違った。
「帝国軍だとぉ? こんな所にいるはずが無かろう? いたとしても貴様らに関係がないことだ! さっさと、ここから消えねば逮捕するぞ!」
「逮捕? なぜ逮捕をするんだ? 俺たちはただ、この橋を渡ろうとしているだけなのに」
「ここは封鎖中だ! 見れば分かるだろうが! ……貴様ら、わざとやっているな?」
お、ばれたか。
俺たちの舐めた態度に苛立ったのか、防衛隊長が片腕を高く振り上げた。
「こいつらをひっ捕らえろ! 反逆者だ!」
「「「 はっ! 」」」
周りの兵士たちが、ぞろぞろと足音を立てて俺たちを囲む。
槍の穂先を、俺たちの顔の高さに合わせて威嚇してくる。
さて、手荒な真似をする前に確認しておくか。
「オルド、この兵士たちはどうなるかね?」
「そうですなぁ。領地に勝手に踏み込み、領主と領主代行に武器を構えて捕縛しようとしてますからな。それ相応の対応をしても問題無いかと」
「そうか。よし!」
思わずガッツポーズをしてしまった。
こちらの余裕な態度を見て、取り囲んでいる兵士たちが何事かと眉をひそめている。
「じゃあ、好き勝手にさせてもらうぞ! オルド!」
「いやいや、好き勝手にしていいわけじゃありませぬ! あっ! フェルレイド隊長!?」
オルドの言葉を待たずして、俺は開戦させてもらった。
といっても、剣は抜かない。
この程度の連中相手に剣を抜く必要はないし、生け捕りにして後から色々と吐かせないといけないからだ。
まず、目の前に突き出された槍の柄を素手で掴み、一気に距離を詰める。
槍は懐に入られると無力化してしまうのに、俺のすぐ目の前に槍を構えるのが悪い。
こいつら、威嚇には慣れているようだが、戦い方の基本すら身についていないようだ。
「なっ!?」
「悪いな!」
兵士が驚いて後ずさろうとするが、もう遅い。
——バキッ!
拳でアゴを打ち抜き、脳を揺らして気絶させる。これでまず一人。
「と、捕らえろ!」
周りの兵士たちが慌てて槍を動かそうとするが、案の定、密集しすぎて互いの槍がぶつかり合っている。
円陣で囲んで槍を構えてしまうと味方が邪魔になり、まともに槍など振れなくなるのだ。
実戦経験の少なさが痛いほどに露呈していた。戦い方が、そもそも成っていない。
一人、また一人と、隙だらけの顔面を殴り飛ばして地面に転がしていく。
背後では、オルドも同じように兵士たちを次々と無力化させていた。重い打撃音と短い悲鳴が重なる。
「こ、殺せ! たった二人だろうが!」
防衛隊長が後方でわめき散らしている。
声の方向は俺の左後ろ。歩幅にして8歩という距離か。
なら、目の前のこいつを利用させてもらうか。
俺は気絶して倒れかかってきた兵士の胸ぐらを掴んだ。
「よいしょっと!」
兵士の身体を力任せに持ち上げ、防衛隊長へと真っ直ぐ投げ飛ばす。
「おらぁ!!」
「うわぁぁ!?」
鎧を着た兵士の身体が宙を舞い、重い音を立てて激突した。
慌てふためいていた防衛隊長は避ける暇もなく、兵士の下敷きになって無様に地面へ倒れ込む。
「ど、どけ! 邪魔だ!」
気絶した兵士の重みに押さえつけられ、防衛隊長は手足をバタバタと動かしている。
俺はゆっくりと歩み寄り、その顔を上から覗き込んだ。
「重そうだな。どけるのを手伝ってやろうか?」
「ひっ!? き、貴様、こんなことをしたらタダでは済まんぞ!」
「そうかい? じゃ、こんな事をしたら、もっとヤバイことになるかな?」
俺は右の拳を握り込み、防衛隊長の顔面へ真っ直ぐ振り下ろした。
鈍い感触と共に、防衛隊長は気を失ってしまった。
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「おーい、そろそろ起きろ」
バケツに入れた水を、顔面へバシャっと浴びせかける。
縄で縛り上げた防衛隊長が、冷たい水に驚いて身をよじった。
「う……な!? これはどういうことだ!」
自分が縛られている状況に気づき、防衛隊長が激しく身体を動かす。
腕と足を太い縄で厳重に縛っているため、芋虫のように地面を這うことしかできない。
周りには、同じように縛り上げられた兵士たちが転がっている。
「やっと目を覚ましたな。ゆっくり寝れたか?」
「こんなことをして、自分がどうなるのか分かっているのか!」
「お主こそ、自分が何をしたか分かっているのか!!!」
隣に立つオルドが、空気を震わせるほどの巨大な怒声を張り上げた。
耳の奥がキーンと痛む。俺の鼓膜まで破れそうだ、いきなり大声を出すのはやめてほしいんだが。
「貴様。我が国の兵士でありながら、ルーファウス殿下に任命されたグレイウルフ領の領主。そして、このモノネリ領の領主代行である拙者に刃を向けるとは何事か!」
オルドの言葉を聞いて、防衛隊長がポカンと口を開けた。
「え……り、領主だと?!」
「左様! お主が刃を向けたのは正真正銘、グレイウルフ領の領主だ! それに、この場所はモノネリ領である! 視察に来てみれば勝手な蛮行をしおって、万死に値するぞ!」
オルドの厳しい追及に、防衛隊長とほかの兵士たちの顔色から、みるみる血の気が引いていった。




