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第29話 あの男との再会



「あ、あれは……!?」


 オルドの驚愕の声に、俺も思わず言葉を失う。

 

 遥か遠く、森と平野の境目あたりに、黒い影の集団が密集して蠢いている。

 無数の兵士たちが足並みを揃えて進むことで、巨大な土煙が空高く巻き上がっているのだろう。

 

 間違いない。あれは帝国の軍勢だ。


「オルド、あれは帝国軍で間違いないよな?」

「間違いございませぬ! しかし、フェルレイド隊長……おかしいですぞ。もうあそこまで来ているというのは、あまりにも進軍が早すぎます!」

「ああ、俺もそう思う。それにあの位置は……」

「はい。すでにモノネリ領へと入り込んでいる位置ですな……!」


 俺たちは厳しい顔を見合わせ、二人して黙り込んだ。

 トラーグ砦を抜けたとしても、ここまで来るには通常もっと日数がかかるはずだ。


「オルド、このまま帝国が向かって来るであろう進路は分かるか?」

「そうですな……おそらく眼下に見える大きな川を渡り、モノネリ領の中心へと来るつもりでしょうか。いや、しかし……それはそれでおかしいですな……」


 オルドの視線の先を追うと、平野を分断するように太い川が流れていた。

 

「あの川か。幅も水量も相当なものだな」


 ここから見ても、水面が激しく波打っているのが分かる。

 浅瀬ならともかく、あの深さと流れでは馬も兵士も普通に渡ることなど不可能だ。


「ええ、あの川は大きく迂回するしかないほど深い川のはず。帝国は、いったいどのようにこちらへ渡るつもりなのでしょうか……」


 オルドが腕を組んで唸り声を上げる。


 俺は川の流れる先へと視線を滑らせていった。


「ん? あれはなんだ……?」

 

 川の先、森の切れ間に不自然な人工物が見えたのだ。

 川の両岸を繋ぐ、巨大な木の構造物。

 それは、橋だ。


「オルド。もしかして、あの橋を渡って来るつもりじゃないのか?」

「橋? いや、こんな僻地に橋など架かっているはずが……お、おお!? な、なんですかな、あの大きな橋は!?」


 オルドが目を丸くして身を乗り出す。

 この土地に詳しいオルド自身も、あんな橋の存在は知らないらしい。

 さらに目を凝らすと、その橋のたもとには小さな人影が幾つも動いているのが見えた。

 

 オルドも知らない、モノネリ領内に突如として現れた橋。そして謎の人影。

 あまりにも不自然だ。だが、ここで考えていても答えは出ない。


 ならば……直接見に行くしかないよな。

 

「オルド、あの橋まで降りるぞ!」

「は、はい! 承知いたしました!」


 俺たちは山の麓まで降りると馬を木に繋ぎ、足音を殺して森の中を進んだ。

 落ち葉を踏まないように慎重に歩を進め、橋の近くの茂みに身を潜める。

 

 葉の隙間から橋の周辺の様子を窺うと、そこには……予想外の光景が広がっていた。

 帝国軍の先遣隊かと思ったが、違う。


 橋の前に陣取っていたのは、見慣れたオルドフィール王国の鎧を身につけた兵士たちだったのだ。

 数はざっと五十人ほど。手には槍や剣を握り、周囲を警戒している。


「オルド、あれはモノネリ領の兵士か?」

「い、いえ……このような辺境に兵士が駐在しているなど、兄者からも聞いたことがありませぬ。それに、あんな大規模な橋をいつの間に架けたというのでしょうか……」

「ふーん。考えても分からないなら、直接聞いてみるか」

「フェ、フェルレイド隊長!?」


 慌てるオルドを置いて、俺は迷わず木陰から足を踏み出した。

 隠れる理由もない。俺は堂々と真っ直ぐに、兵士たちへとずかずかと歩み寄っていった。


「おい、貴様! 止まれ!」


 俺の姿に気づいた若い兵士が、警戒した声で槍の穂先をこちらへ向けた。


「あんた、オルドフィールの兵士だよな? なんでこんな辺境の森に居るんだ?」

「質問しているのはこちらだ! 貴様こそ、こんなところで何をしている! それ以上近づくな!」


 兵士が殺気立って怒鳴り声を上げた。

 その騒ぎを聞きつけたのか、橋の奥に張られた天幕から一人の男が姿を現した。


「騒々しいぞ! 貴様ら、何をしている! 一般人を近づけるなと命令したはずだろうが!」

 

 男は苛立った様子で兵士たちを叱りつけた。


 その声と、光を反射する無駄に立派な鎧を見た瞬間。

 俺の記憶の底で何かがカチリと音を立てる。


 ……見覚えがある顔だ。


 五年間の死闘を終えた俺たちに向かって小汚い連中と言い放ち、鼻で笑った高慢な男。

 トラーグ砦で俺たちと交代した、王都正規軍の防衛隊長。

 間違いなく、あの男だ。


 俺の頭の中で、様々な疑問が一気に形を持ち始める。

 なぜ最前線のトラーグ砦にいたはずの防衛隊長が、こんな後方のモノネリ領の橋に居るのか。

 

 俺はじっと、男の顔を見据えた。

 防衛隊長と目が合ったが、防衛隊長はすぐに視線を外して若い兵士を神経質に叱り飛ばしていた。

 

 防衛隊長は俺の顔を見ても、まるで反応していない。

 向こうは傭兵の顔など、まるっきり覚えていないようだ。

 

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