第27話 逆賊シドニス
「フェルレイド隊長! いらっしゃいますか!?」
まだ朝焼けの時刻、家の外からものすごく大きな声が響く。
これほどの声量で俺を隊長と呼ぶ男なんて、一人しかいない。
隣地モノネリ領を治めるベルグラン卿の弟であり、かつてトラーグ砦でともに戦った傭兵仲間のオルドだ。
俺は急いで自室を飛び出し、家のドアを開けた。
朝日が目に眩しい。前に立つオルドは、肩を上下させて息を荒らげていた。
「どうしたオルド。そんなに慌てて」
俺は平静を装いながら、努めて落ち着いた声で尋ねた。
オルドがどれくらいの規模の報告しに来たのか、大体の予想はついているが。
「兄者の代わりに使者として参りました! 北の地より帝国軍が、こちらへ進軍しているとの話が舞い込んでおり、報告に参ったのです!」
「そうか。それよりもオルド。俺の言いたい事が分かるか?」
俺の問いかけに対し、オルドは口を大きく開けたまま一瞬ポカンと固まった。
しかし俺の視線を受けて意図を察したのか、オルドは一度目を閉じ、ふうっと大きく一息を吐き出した。
「……申し訳ございませぬ、フェルレイド隊長。トラーグ砦の時にいつも『危険な時こそ冷静でいろ』と言われておりましたのに……拙者としたことが……」
「ああ、焦りは禁物だ。とりあえず中に入ってくれ。詳しい状況を聞かせてもらおう」
事態の深刻さを鑑み、俺はセシルとルーアの二人を起こしに向かった。
二人を連れて居間へ戻り、四人で木製のテーブルを囲む。
全員の視線が、中央に座るオルドへと集中した。
「じゃあオルド、発端から聞こうか」
「はっ。まずは我々が以前守っていたトラーグ砦の陥落から話が始まります。あそこを打ち破った帝国軍が、こちらへ攻めて来ているのです!」
「トラーグ砦? ここから随分と北だよな?」
「そうなのです!」
俺たちが命がけで5年間も守り抜いたトラーグ砦は、このグレイウルフ領から遥かに北に位置している。
あの北の防衛線は本来、第二王子シドニス殿下が責任を持つべき領域だ。
一方で、王都から西側に位置するグレイウルフ領は第一王子ルーファウス殿下の管轄領域に当たる。
北側を落とした帝国軍が、わざわざ西側に進路を折って進軍してくる必要なんてどこにもないはずだ。
そんなルートをとれば、帝国軍自身が窮地に陥る。
オルドフィール国の北端にあるトラーグ砦を奪い、そこから西の領地へ直接向かおうにも、軍勢が進めるような整った道など存在しない。
道がないということは、途中に補給できる街や拠点もない悪路が延々と続くことを意味する。
険しい山々を越え、深い谷を渡り、森を切り開かねばならないのだ。
補給が必須の大軍勢が、街や砦を落として拠点を確保することもなく突き進むなど常識では考えられない無謀なルート。
途中で食料が尽きて自滅するのは目に見えている。
しかもだ。
西側のルーファウス殿下と北側のシドニス殿下から挟み撃ちに遭えば、いくら帝国軍が大勢であっても一溜まりもないはず。
どう考えても、帝国の行進経路はおかしすぎる。
だが、それと同時になぜ帝国の進路が変わった事を察したのかが疑問に思う。
「しかし、オルド。よくそんな場所から進軍してくると分かったな」
「はい。トラーグ砦が陥落した後、ルーファウス殿下が北の領地との境界に見張りを配置しておられたのです。万が一の事態に備えて、ということでございますな」
ほお、ルーファウス殿下の警戒心がぴったりと功を奏したというわけか。
なかなか鋭い洞察力じゃないか、ルーファウス殿下は。
「あの、オルドさん。私からも聞いていいですか?」
セシルがテーブルの上で両手をギュッと握りしめ、不安の混じった瞳でオルドを見つめていた。
「おお、セシル殿。何なりとお尋ねくだされ!」
「帝国軍は、どのくらいの日数でこちらへと来るのでしょうか?」
「わずかな情報しかございませぬが、おそらく一ヶ月はかかるでしょうな。トラーグ砦に守備兵を残さず一気に進軍している以上、かなりの大部隊でしょう。移動に時間がかかるのは避けられませぬ」
1ヵ月か……余裕があるように思えて、防衛の準備を整えるには決して長くはない時間だ。
しかも、奪い取ったトラーグ砦に守備兵すら配置しないという点がなおさら奇妙だ。
自らの退路を断って進軍してくるなんて、不自然極まりない。
……やっぱり、何かが引っかかる。
「それよりオルド。シドニス殿下からの使者の件で、何か進展はあったか?」
「ああ、フェルレイド隊長に依頼された『シドニス殿下からの使いを尾行する』件ですな!」
俺の元へ急な徴収を求めてきたシドニス殿下の使い。
あの意味不明な事態は、単なる徴収ではない事は分かりきっていた。
だからこそ、俺は無礼打ちもせず、泳がせている。
そして、その使者が今後どこに向かうのかをオルドを経て冒険者に依頼をしていたのだ。
「尾行の依頼をした冒険者が追跡中ですが、第一報によると、シドニス殿下の使いはオウデーンの街の北側から帰還したという事ですな。……あ、あれ?」
「そういうことだ。オルド」
俺は深く肩を落とし、は~っと溜息を吐き出した。
まったく、もしかしたら大きく面倒な事が起きたのかもしれない。
「ねえ、フェル。それってどういうこと?」
俺とオルドの会話に首をかしげるセシル。
セシルの顔をまっすぐ見つめ、俺は順を追って説明した。
「シドニス殿下の使者なら、帝国軍がトラーグ砦を落としたことなんて知っていて当然だ。その上でオウデーンの北側から帰還するなんて、危険すぎるルートだろ? 北の本領へ戻るつもりなら、一度王都側を経由し、安全な街道を通るのが普通なんだ」
「う、うん。たしかに、途中で帝国軍と遭遇したら危ないもんね」
「なのに、使者はわざわざその危険な北ルートを通って帰った。そこから導き出せる理由はいくつかある。使者は帝国軍と出くわさない安全な経路を知っているか、あるいは帝国軍と遭遇しても襲われない確約があるか、だ」
セシルは口元に手を当て、俺の説明を噛みしめるように深く考え込んだ。
やがてセシルは大きな目を見開き、はっと息を呑む。
「ねえフェル。それってさ……シドニス殿下が、帝国の味方をしているって事?」
セシルの口から飛び出した核心に対し、俺とオルドは同時に肩を落とした。
頭では理解していた事実だが、こうして言葉で指摘されると、より一層現実の重みがのしかかってくるからだ。
「そういうことだ、セシル。あくまで今の情報から推測できる範囲での話だけどね。完全に帝国の味方になった、とまでは言えないかもしれないし」
「完全には帝国の味方じゃないって、どういう意味?」
「たとえば、北の地を治めるシドニス殿下が帝国と裏で取引をしたとしよう。このグレイウルフ領を含むルーファウス殿下が治める西側への進軍ルートや物資の支援を提供する代わりに、自分の領地には手を出すなと約束を取り付けたとしたらどうだ? シドニス殿下にしてみれば、それは一時的な裏取引による休戦のつもりかもしれないが」
「ええええ!?」
セシルは驚きで目を丸くし、座っていた椅子から立ち上がりそうなほど大きな声を上げた。
「それって、ひどくない!? 同じオルドフィール国の人同士なのに!?」
「ああ、そうだったらまったく酷い話だ。もし事実ならな。だけどセシル、これはまだ俺とオルドの推測の段階なんだ。何か別の狙いがあるかもしれないから、まずは落ち着こう」
「そ、そうだけど……!」
悔しそうにするセシルを促しながらも、俺の心は冷静そのものだった。
過酷な戦場を渡り歩いてきた俺は、似たような醜悪な光景を嫌というほど目撃してきたのだ。
保身のために同盟を平気で反故にする貴族や、自らの領地さえ無事なら隣国の民が殺されても平気な顔をしている領主たちの姿を。
今回のシドニス殿下の行動も、結局は同じようなものだろう。
自分が守るべき北の防衛線を支えきれないと察し、帝国の刃を西側の第一王子ルーファウス殿下に向けさせた。
王位継承のライバルの戦力を削ぎつつ、己の領地を守る裏切りだ。
だが、たとえルーファウス殿下を追い詰めたとしても、他国の侵略を招き入れればオルドフィール王国全体の存立が脅かされる。
目先の利益に囚われた愚かな策だ。
もしこの推測が正解だったなら……シドニス殿下は自国を売った紛れもない逆賊だ。




