第26話 得意な事は?
「じゃあ……炎の魔石、作ります……! あの……危ないので、離れていてください……!」
イピカはそう言うと、石造りの暖炉の中に小石程度の大きさの魔石をそっと置いた。
俺たちが見守る中、イピカは真っ直ぐに魔石を見据え、小さな唇を動かして呪文を詠唱し始める。
「火よ! 我が魔式の呼び声に顕現せよ!」
イピカが唱えると、両手を高く上げて力強く叫んだ。その声に呼応し、魔石からボッと乾いた音を立てて赤い炎が噴き出す。
部屋の空気が、一瞬にして温かいものへと変わった。燃え盛る火の粉がパチパチと心地よい音を立てている。
「おおー! 火だ!」
「すごい!」
「おお、火だな」
「すごいなぁ!」
イピカの魔法に、歓声を上げてパチパチと拍手する俺たち。
だが、俺たちに背中を向けているイピカは微動だにしない。
両手を上げたポーズのまま、ピタリと静止しているのだ。
俺は少し不思議に思い、横からチラリとイピカの顔を覗き込む。
イピカはただ静かに、めちゃくちゃ嬉しそうに笑っていたのだ。
俺はイピカの背中に手を伸ばし、優しくトントンと叩いた。
「イピカ、ありがとう。これで俺たちの生活がぐっと楽になるよ」
「い、いえ……! これくらい、たいした事ないので……」
「そんな事ないよ!」
俺の後ろから大きな声で叫んだのは、セシルだ。
「これ、すごく便利じゃん! ボワっと簡単に火がつくなんて! 本当にありがとう!」
「……っ!」
セシルの真っ直ぐな言葉に、イピカは感慨深そうな表情を浮かべて息を呑んだ。
イピカは、今までこんな風に真っ直ぐ褒められた事がないのだろうか。
たしかに1種類の魔法しか使えない魔法使いという立場、魔石などの高価な研究費用の捻出、それに子ども特有の身体の弱さ。
それらを全て一人で抱え込み、さらに周りには使えない奴呼ばわりされてしまう環境に置かれていたのだ。
だとしたら、今まで相当つらかったに違いない。
イピカの大きな瞳に涙がじわっと溜まる。だが、イピカは泣き顔を見せまいとするように、その涙を指先でぐっと拭った。
「こ、この魔石……使い方をお教えしますね……! こうやって両手を当てて、『火よ、着け!』と言えば火がつきます。『火よ、消えろ!』と言えば消えますので」
「ええ?! そんな便利なの!? それって私にもできるかな?」
「は、はい……できます!」
セシルが前に出て両手を当てて試すと、イピカの教え通りに魔石から火がついたり消えたりしている。
そばにいたグルルも、ルーアも順番に試してみたが、皆うまく成功していた。
グルルが面白がってキャッキャッと何度も火を着けたり消したりしていると、見かねたルーアにピシャリと叱られている。
本当に、これは便利だな……
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「イピカ、この部屋を研究用に自由に使ってくれ」
「こ、こんな大きな部屋……本当にいいのですか……?」
「部屋は余ってるからね。見ての通り、家を大きく作りすぎてしまったからさ」
俺たちは現在、本当に大きな家に住んでいる。誰も使っていない空き部屋が余りに余っている現状だ。こういう時は有効活用すべきだろう。
「あ、ありがとうございます……!」
イピカは俺の言葉に、何度も深く頭を下げた。
「本当に気にする必要はないんだよ。……そうだ。イピカはこれから、どんな魔法の研究をするんだい?」
「え、えと……私は魔法というより……魔導調合薬とか魔道具を作ったりしたいんです……」
「魔導調合薬に魔道具? すごいじゃないか!」
俺が感心して褒めると、イピカは照れたように顔を赤くして目を泳がせた。
魔導調合薬も魔道具も、非常に高価で希少な代物だ。
冒険者として長く旅をしてきた俺でさえ、実物を見た事は数回しかない。
最近見た魔道具は、知り合いの魔法使いが自分のために作った指輪の魔道具だった。
指輪という小さな魔道具だけでも、大きな屋敷が軽く購入できるほどの価値がある物らしい。
「イピカ、魔石や素材が必要だったらいつでも言ってくれ。俺に手伝える事があったら協力するよ」
「い、いえ……! こんな私のために、そんな……悪いので……」
イピカ、自分に自信を失ってるなぁ……
遠慮がちな喋り方からも、その自信の無さが痛いほど伝わってきた。
言葉のひとつひとつを発するたびに、こちらの顔色や態度を窺っているのが分かる。
だが、俺は長年の経験から知っている。
こんな時は、『好きな事や得意な事について語ってもらう事』が、一番の自信につながるのだ。
「なあイピカ。イピカが好きな調合とか、得意な調合ってあるのかい?」
「へっ!? え、えと……『ポリンポーション』っていう薬を作るのが得意です……」
『ポリンポーション』……? 色々な街を渡り歩いてきた俺でも、今まで聞いた事もない名前だ。
「イピカ、その『ポリンポーション』ってどうやって作るんだ?」
俺の何気ない、その質問が引き金だった。
「は、はい! この薬をつくるのは簡単です! だれでも出来ます!」
イピカはパッと顔を上げ、早口でまくしたて始めた。
その喋り方は、いつものオドオドしたものではない。
「まずヴォルテ草の根を3束、必ず満月の夜に摘んだものでなければなりません。それにバリシム粉をひとつまみ、ウェルダム湖の深層水を2杯分。次にクリムゾンダスト……赤い岩塩ではなく、あくまでクリムゾンダストを少量加えたら、アムネリアの実の果汁を7滴、きっかり7滴です。6適でも8適でもありません! そこへゼファリン鉱石を粉末にしたものと、トゥルム獣の胆汁を混ぜます。臭いがキツいので注意が必要です。次にハルヴェの葉を乾燥させたものを砕いて入れますが、これは必ず南向きの斜面で育ったものを使ってください。北向きだと効果が半減しますので。それからニシェラ菌の胞子、オルドム蝶の鱗粉、エイヴァン樹脂を同量ずつ。ここで一度かき混ぜますが、必ず時計回りに13回です。ひと呼吸おいたら今度は古蒼水晶の削り粉を加えてムルガの苔、テリウム葉の灰、そして最後にフェンダ花の露をほんの1滴ずつ。仕上げにヴァルゴス金属の欠片を30分間浸して、取り出してから低温でゆっくり煮詰めます。……どうですかね?! たったこれだけで完成です!!!」
め、めっちゃ喋るじゃん!?
イピカは息を切らしながらも、興奮さめやらぬ表情で真っ直ぐに俺を見つめている。
その瞳には、強い光を宿していた。




