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第25話 はじめての入植者


 

「みんな、紹介する。こちらはグレイウルフ領に入植することになったイピカだ」

「あ……えと……イ、イピカです……」

「イピカちゃんはね、なんと魔法使いなんだよ! 火の魔法が使えるだって!」


 このグレイウルフ領に加わる新しい仲間を紹介するため、グルルとルーアを呼び集めていた。

 俺とセシルの紹介に、グルルとルーアが静かに聞いている。

 

 対するイピカは両手でローブの裾を強く握りしめ、ずっと下を向いていた。

 視線が定まらず、小さな肩が小刻みに震えている。極度の緊張を感じていると一目で分かる態度だ。


 俺がこれまでに会ってきた冒険者や傭兵たちは、初対面で舐められないようにわざと虚勢を張る者が多い。

 だからこそ、これほど分かりやすく怯えている人間を見るのは、新鮮な気分だった。

 

 おそらく、イピカは気の弱い性格なのだろう。

 

「よろしくなー! グルルだぞ!」

「よろしく、私はルーアだ」


 グルルが元気よく声を張り上げ、ルーアが落ち着いた声で続いて挨拶をする。

 イピカはビクッと体を跳ねさせながら、ペコペコと何度も頭を下げていた。

 

 その様子を見ながら、俺はふと大事な事を思い出した。

 ルーアが巨狼だという事実を、まだイピカに伝えていなかったのだ。

 

 気の弱そうなイピカが何も知らない状態でいきなり変身を見せたら、間違いなく取り乱すはず。

 後回しにしてトラブルになるより、今のうちに説明しておくべきだろう。


「なあイピカ。最初に言っておくけど、こっちのルーアは巨大な狼なんだ。いきなり狼になったら驚くだろうから、先に言っておくよ」

「え……狼、なんですか……?」


 イピカは困惑顔になり、俺とルーアを交互に見比べた。

 ルーアはそんなイピカの反応を気にする様子もなく、静かに語りかける。

 

「そうだ。今は人間の姿をまとっているが、私はフェンリル族でな。本来の姿は狼だ」


 イピカはさらに目を泳がせ、数歩あとずさりをする。

 

「……そ、そんなはず無いですよね? これって……新人へのいびり、ですか……?」

「いやいや、そんなつもりじゃないよ」


 俺は苦笑しながら、首を左右に振った。


 そりゃ信じられないよな。俺だって初めて見た時は驚いたし。

 ……となると信じて貰うとしたら、方法はひとつしかないな。


「なあルーア。ここで巨狼の姿になってもらえるか?」

「私は構わんが、いいのか?」

「ああ、そっちの方がイピカも信じられるだろ」

「そうか。ならば、そうしよう」


 ルーアが返事をした直後、その身体がみるみるうちに膨れ上がり、銀色の体毛に覆われた巨大な狼へと変わっていく。

 窓から差し込む陽の光を浴びて、銀の毛並みが光を反射している。


「ひ、人が狼に……?! ひええええ!?」

 

 イピカの悲鳴が部屋に響き渡る。

 そして……そのままバタリと床に倒れ込んでしまった。


「おい、イピカ!? 大丈夫か!?」


 俺は慌てて駆け寄ったが、イピカは気を失っていた。


 

 ——————



 気絶から起きたイピカに対し、俺たちは改めて事情を説明した。

 冷たい水を飲ませて落ち着かせると、イピカはなんとか現実を受け止め、ルーアが巨狼だと認識してくれたのだ。

 

 一息ついたイピカと、再びリビングへとやってきた。

 

「あの、フェルレイドさん……少しいいですか……?」

「ん、なんだい?」

「あの……ここの領地って、この家だけなんですか……?」

「うん、そうだよ。今のところはね」

「え……家が、ひとつだけの領地なんですか……」


 イピカは驚きのあまりか、目をぱちぱちと瞬きさせていた。

 無理もない。領地と聞いてやって来たら、ただの家が一軒あるだけなのだから。


「逆に言えば、イピカは周りを気にせず研究し放題じゃないかい?」


 俺がそう提案すると、イピカは申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「研究……あの、それは確かにありがたいんですけど……研究には魔石が必要になるんです……それを手に入れないといけなくて……」

「ああ、魔石か」


 魔石と聞いて、俺の頭にある記憶がよみがえった。

 少し前に、魔獣であるヴァルガノスを倒した時。


 ヴァルガノスの体内から巨大な魔石を収穫できたのだが、大きすぎて持ち運ぶのに苦労した。

 馬よりも大きく重いあの石は、ずっと家の裏の倉庫に放置したままになっている。

 

 使い道がなくて困っていたのだ。

 あの魔石をイピカに使ってもらうのが一番いいだろう。


「ちょうど余っている魔石があるからイピカにあげるよ」

「え……ま、魔石があまってる!? で、でも魔石って高価じゃないですか……! 小指の先くらいのちっちゃいのだって、すごい高価なんですよ……!? 私、そんな高価なものお金で払えませんし……」

「良いよ別に、余ってるから無料であげるから好きなだけ使ってくれ。家の裏の倉庫にあるから、取りに行こうか」

「へ……? 無料……?」


 俺は呆然とするイピカを連れて、家の裏手にある倉庫へと向かった。

 土の地面を踏みしめながら歩き、木製の倉庫の前に立つ。


「よいしょっと」


 倉庫の扉に力を込め、ギギギと音を立てて開け放つ。

 薄暗い倉庫の中には、少し冷たい空気が漂っていた。

 そして中央には、かすかに光を放つ巨大な魔石が鎮座している。

 

「イピカ。これって、魔石だよな?」

「へ……? ここここ、これって本物の魔石ですか……!? こんな巨大な物が……!?」


 イピカは目を丸くして、巨大な魔石を指差しながらガクガクと震えている。

 

「ちょっと大きすぎるか。じゃあ、使いやすくするね」


 俺は壁に立てかけてあった薪割り用の斧を手に取った。

 魔石の端に狙いを定め、力強く斧を振り下ろす。


 ガキンッ!


 硬い音が響き、握りこぶしくらいの魔石の欠片がごろりと落ちた。


「ちょちょちょ! こんな大きくて貴重な魔石を砕くなんて……!?」

 

 イピカは顔面を蒼白にさせ、フラフラと後ずさる。

 そして……そのまま、バタリと地面に倒れ込んだ。


「お、おいイピカ!? 大丈夫か!?」


 呼びかけても返事はない。

 イピカが、また気絶してしまった。



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