第24話 火起こしのプロ
ギルド内の併設された酒場のテーブルへ移動し、温かい料理を注文した。
目の前に置かれた料理を、ローブを着た子どもがガツガツと猛烈な勢いで口へ運んでいる。
この子ども、年齢はグルルと同じくらいだろうか。
汚れの目立つローブの隙間から覗く顔立ちを観察すると、どうやら女の子のようだ。
少女は皿の上の料理を一気に平らげると、木製のコップを掴んで水を勢いよく飲み干した。
コップが勢いよくテーブルに置かれ、カーンという音が響く。
「ぷはぁー!」
「少しは落ち着いたか?」
「あ……はい……」
空腹が満たされた途端、少女は小さくなってモジモジと指先を弄り始めた。
セシルが足をとられたお詫びも兼ねて食事を奢ったのだが、行き倒れるほどの空腹だったらしい。
俺とセシルは顔を見合わせ、軽く頷き合った。
「俺はフェルレイドだ」
「私はセシルっていうの。お名前を教えてくれるかな?」
俺たちの言葉を聞いた少女は、さらに身を縮こまらせ、今にも消え入りそうな蚊の泣くような声を絞り出した。
「え……えと……イ、イピカ……っていいます……」
「イピカちゃんっていうんだね! よろしくね!」
セシルが笑顔を見せると、イピカの手を力強く握りしめ、ぶんぶんと振り回し始めた。
相変わらずセシルの距離感の詰め方は急だ。グイグイいくんだよな……
豪快に手を振られたイピカは目を丸くし、「ヒイイイイ……!」と悲鳴のような声を漏らしていた。
逃げようとジタバタするイピカ。まるで、触れられる事にすら慣れていないような仕草だ。
「なあ、イピカ。どうしてギルドの中で行き倒れてたんだ?」
「い……いえ。その……私、魔法使いなんですけど……だれもパーティを組んでくれなくて……それで……食べるお金がなくて……」
俯いたまま、イピカはローブの裾をぎゅっと握りしめていて、やるせない思いが伝わってくる。
魔法使いという職業は本来、人気職だ。そもそも魔法を使える人間自体が少ないのだから。
いったい、どういうことだろうか。
「イピカちゃん、魔法使いなんだ!? すごいねー!」
「魔法使いなら、その希少性から、どこのパーティからも歓迎されるんじゃないのか?」
「それが……私、使える魔法が一種類だけで……全然、お役に立てないんです……魔力も少ないし……」
俺たちの反応を窺うように、上目遣いでちらりとこちらを見るイピカ。
だが俺たちが何も言わないでいると、すぐにまた視線を落としてしまった。
しかし理由が分かった。なるほど、そういうことか。
本来、冒険者パーティにおける魔法使いは、多種多様な属性や補助魔法を駆使して状況に対応することが求められる。
使える魔法の幅が広いほど、重宝されるのが現実だ。
単一の魔法しか使えないとなると、仲間を探すのも難しくなる。
おまけにイピカはまだ子どもだ。体力面での不安も大きく、前線に連れていきたがる者はいないだろう。
近頃は剣や槍も扱える魔法使いが増えている時代だしな。
それに、冒険者というのは常に死と隣り合わせの職業だ。
互いに命を預け合える実力がなければ、足を引っ張る事になる。
厳しいようだが、適当な気休めを言ってもイピカのためにはならないだろう。
だが、なぜそんな子供が逆境の状況で冒険者などをやっているのだろうか。
「イピカは、どうして冒険者をやってるんだ?」
「ほ、本当は……冒険者になりたいわけじゃないんです……魔法の修行をしているんですけど……生活費や……研究費用を稼がないといけなくて……」
子どもなのに、何やら苦労しているようだ。
以前知人の魔法使いから、触媒や魔術書の購入には莫大な費用がかかると聞いたことがある。
こんな子供が生きるために頑張っているのだ、応援したいのはやまやまだが……
だが、その時、俺の頭の中にひとつの閃きが走った。
「ちなみに、イピカが使える一種類の魔法っていうのは何なんだ?」
「えと……私、火の魔法しか……使えないんです……私、本当に役立たずで……」
消え入りそうな声で、イピカはそう答えた。
答えた後、イピカがすぐ肩を縮めて身構えている。
まるで、また役立たずと思われる事を確信しているような姿だった。
イピカ、使えるのは火の魔法だと言ったよな……?
即ち、火種や薪の質に関係なく、何もない空間から瞬時に火を生み出せるということだ。
グレイウルフ領にとって、求めていた能力そのもの。
……いた。こんな所に、探し求めていた火起こしのプロが!
「イピカ、それってすごい魔法じゃないか!」
「え……?!」
俺の返答にイピカが初めて、まっすぐに顔を上げた。
「イピカ! よければ俺たちの領地に来て暮らさないか!? 今、領民を募集中なんだ!」
「ひょぇっ!? な、何ですか急に……!?」
驚きで目を丸くしているイピカ。
しまった……いきなり本題を伝えてしまった。
これじゃ俺が不審者だ。ちゃんと最初から説明しなければ。
「うちの……グレイウルフ領は、乾いた薪がほとんど無いんだ。火打石じゃ火が付きにくくて、毎日苦労していてね。でもイピカの魔法なら、薪の状態なんて関係なく火が起こせるんだろう?」
「え……え? えっと……でも、それだけですよ……? 戦いでは全然役に立たなくて……本当に、それしか出来なくて……」
イピカはまた視線を落とし、首を左右に振った。
褒められた事自体が、信じられないという顔だ。
「戦えるかどうかは関係ない。俺たちが今、一番困ってる事を解決できる力を持っているんだ。それだけで十分すぎるくらいだよ」
「そ、そんなはずは……」
「あるよ!」
俺の言葉に被せるように、セシルが身を乗り出した。
「私、毎日火起こしで苦戦してるんだから! イピカちゃんが来てくれたら、本当に助かる! すごい事なんだよ、それ!」
まっすぐな目で言い切るセシルに、イピカは戸惑ったように視線を泳がせる。
それでも、その言葉を否定する言葉はもう出てこなかった。
かわりに、イピカの目にじわりと涙が浮かんでくる。
「私……本当に、必要とされてるんですか……?」
「もちろんだよ!」
俺はまっすぐにイピカの目を見て頷いた。
「イピカ、よければ俺たちの領地に来て、一緒に暮らさないか? イピカは魔法が使える自体が凄い事なんだ。住む場所と食事、あと研究に使えるか分からないけど部屋も用意できるよ」
「け、研究まで……!?」
イピカは何度か口を開きかけては閉じ、を繰り返した後、堪えきれなくなったようにぽろぽろと涙をこぼした。
「はい……お願い、します……私、人のお役に立てるんですね……」
小さな声だったが、イピカがはっきりとそう答えた。
セシルがすかさずイピカを抱きしめる。
今度はイピカも、逃げるようにはしなかった。




