第22話 領民を増やそう!
「ベルグラン卿の判断と考え方は、領主として非常に勉強になります」
出された紅茶を一口飲み、俺は心からの感心を込めてベルグラン卿にそう伝えた。
するとベルグラン卿は驚いた顔を見せ、すぐに照れたように首を左右に振る。
「いえいえ、私としては力無き領主として出来る限りの事をしたまでです。フェルレイド殿のような剛腕も持っておりません故、生きるための些細で姑息な生き方ですよ」
「いえ、本当に尊敬します。俺も領主として、領民を守る為の努力をせねばと思いました」
そうだ。
グレイウルフ領の領主となった以上、俺には俺の領民を守る義務がある。それがどのような相手であれ、脅威は退けなければならない。
だが、武力で魔獣や盗賊を追い払うだけが領主の仕事ではないのだ。俺はベルグラン卿に備わる貴族としての複雑な人間関係を渡り歩く術や、領地を豊かにするための深い知識を持っているわけではない。
さらに俺は領主として周囲とどういった人間関係を築けばいいのか、考えなければならないのだ。
そういえば、関係といえば気になることが一つある。
「ベルグラン卿。その第一王子……ルーファウス殿下とお会いしていたんですよね?」
「ええ、そうです。といっても、提示報告をしに行ったらルーファウス殿下が、たまたまいらっしゃっただけですが」
「ということは、王都に行ったのですか? 随分、往復が早かったようですが」
「いえ、王都ではなく、ここから数日の距離にあるルーファウス殿下が治める城塞都市ルメーアに行ったのです。殿下が治める領地の領主は、定期的にそこで報告を行なっておりますので」
城塞都市ルメーア。
たしか、このオウデーンの街からさらに北へ進んだ場所にある都市だ。
分厚い石壁に囲まれた非常に大きく堅牢な都市だと冒険者時代に聞いた事はあるが、俺自身は行った事がない。
「なるほど。そういう事でしたか。しかし報告をする義務があるのですね」
「フェルレイド殿はしばらく報告もなさらないで平気だと思います。ルーファウス殿下も事情を把握しておりますので、まずは領地の開拓に専念してください。私も微力ながらご協力をさせていただきますので。ルーファウス殿下も、グレイウルフ領を頼むとおっしゃっておりましたよ」
「えっ、殿下にですか?」
「ええ、殿下もフェルレイド殿に期待しておりました。あのトラーグ砦を守り切った勇士ですからね」
ベルグラン卿は、ニコニコと穏やかな笑顔を浮かべて言う。
だが、王族から直々に期待されていると言われると、何やら話を大きくされているようにも感じる。
「砦と領地は違うのだなと痛感しています。砦は攻めて来た者を力づくで倒せばいいだけですが、領地となったら、なかなかに厄介な相手がいますからね。今回の第二王子の使い相手に起きた出来事といい」
「たしかに、そうですね……であれば、フェルレイド殿。領民を増やしてはいかがですか? 領地を栄えさせればよい人材も集まりやすいです。フェルレイド殿が直接対峙するよりも、苦手な交渉事を文官に相手させるなど色々な手法がありますよ」
「領民、ですか……」
俺は視線を横に向け、隣のソファに座るセシルを見た。
セシルも俺が守るべき大切な領民だ。だが、領民を増やすということは、それだけ俺が護る人間の数も増えるということを意味する。
いきなり何百人もの人間を抱え込むことは無理だろうが、グレイウルフ領に住みたいと願う人間を少しずつ迎えるのも悪くないかもしれない。
何せ、今はあの広大な土地に俺を含めて四人しかいないのだから。
「ええ、考えてみます。ご提案ありがとうございます。ベルグラン卿」
「いえいえ、何かありましたら何でも聞いてください。私は良き隣人のためなら喜んで協力しますから」
ベルグラン卿は、頼もしい笑顔でそう言ってくれた。
——————
ほどなくして、俺とセシルはオウデーンの街を発ちグレイウルフ領へと戻った。
俺は先ほどのベルグラン卿との対話で得た領民を増やす件について、さっそく皆と相談したかったのだ。
「セシル、ルーア、グルル。よく集まってくれた」
「いや、家だからそりゃ皆集まるけども……フェル、どうしたの? そんな真剣な顔して」
「今回は、皆に聞きたい事があるんだ」
木のテーブルを囲み、俺は三人に切り出した。
皆は不思議そうに首を傾げている。
「聞きたい事とは何だ? 何かあったというのか?」
ルーアが視線を向けて聞いてくる。
「うん。実はさ、このグレイウルフ領において領民を増やした方がいいと思ってね。といっても、むやみに人を増やすって意味じゃない。皆にとって、そして領地にとってお互いに良い関係を築ける人間を誘致できないかと思ってね」
「ふんふん」
セシルが身を乗り出し、興味深そうに頷く。
「でだ、そこで皆に聞きたいんだ。皆が今困っている事を解決できる人や、来てほしいと思う人ってどんな人がいるかな?」
俺の問いかけに、三人は目をパチクリとさせ、また揃って首を傾げた。
どうやら、いきなり聞かれてもピンとこないらしい。
「グルルは、何か困っている事はあるかい?」
「こまってることかぁ? うーん……ないぞぉ!」
グルルは屈託のない明るい笑顔で、元気いっぱいに応えた。
困っている事がないのは良いことだ。
「そうか。じゃあルーアは?」
「私もない。だが誰か来るとするならば、私が狼の姿となっても驚かない人間だと助かるな」
「確かに、そうだな」
ルーアは普段は人間の姿で過ごしているが、狩りに出かける時などは巨大な狼の姿となる。
俺たちは慣れているからどうってことないが、初見の人間は悲鳴を上げて逃げ出すだろう。
「セシルは何かあるかい?」
俺の言葉に、セシルは腕を組んで目を固くつむり真剣な表情で考え込んだ。
しばらくしてセシルがパッと勢いよく目を開き、口を開いた。
「困っている事は……火起こし!」
「……火起こし?」
「うん! 火をつけるのって、結構大変なんだよね。あれってもう少し簡単にならないかな?」
火起こし、か。
確かにグレイウルフ領には乾いた草や木が極端に少ない。拾ってきた木材を乾燥させるにも長い時間を費やしてしまう。
さらに料理や暖をとるために火を使う場面は毎日の生活で欠かせないから、セシルの言う事ももっともだ。
まあ、オウデーンの街の冒険者ギルドにでも行ってみるとするかな。
人材そのものが見つからなくても、何か火起こしについて便利な道具や良い情報が得られるかもしれない。
過酷な環境を生き抜く冒険者たちの野外知識は、決してあなどれないのだ。
しかし、初めての領民の募集条件が火起こし人材とは。
火起こしが極端に得意な人材なんて、果たしているのだろうか……?




